30.均衡を破壊する者
3章開幕
イクリールから問われるメイサの正体。正直に言うと俺にも分からない。しかし、それを知られると均衡を破壊する者疑惑が浮上して狙われるかも知れない。現に、それが原因で因習村が狙われた事がある。
「お前らがベラトリクスと戦ってる間、ワイとメイサはルグニテと戦ってたんや。不甲斐ねぇが、俺は歯が立たなかった。言い訳にゃなるが、雨で技すら繰り出せなかった。だが、メイサは雨の中、確か、炎を繰り出した――技《精進》を繰り出したんよ。繰り出された炎はルグニテを焼き、それを消そうと躍起になったアイツは豪雨を降らせた。それでも消えへんかった。あの炎は。」
ふと、ベラトリクス戦を思い出した。砂鉄に捕らわれて絶体絶命の危機に降り出した大雨によって俺は救われた。その話から、その雨はルグニテが原因だと判明した。
あの時、あの暗闇の中、屋上で見た炎はメイサの技で燃やされているルグニテだったのか。
「俺が不甲斐ねぇだけかも知れねぇ。日々鍛錬を精進して頑張りゃいつかはワイも使えるかも知れねぇが……やっぱ根本がなぁ。ワイの能力で繰り出される炎とメイサの炎は違った気がすんだよ。ワレは風で炎を操り、炎を増幅させる。んで、火元が無けりゃ技は使えねぇし、雨に濡れりゃ技は消える。だがな、メイサは何か違う気がすんだ。炎自体を繰り出したっつうか、そもそも雨に濡れようと関係ない程の凄まじい炎のような――」と言ってる最中に、来客が来てしまった。
「その話、詳しく聞かせて貰おうか。」
来客したのはリベルだった。
彼は来ると否や、そこにいたイクリールを連れて去っていった。
何やら胸騒ぎがする。
ズキッ。脇腹が痛し。その気持ちに蓋をして今日は眠りに着いた。
◆
体が重い。そんな重さを腕の力だけで何とかしていく。ようやくベッドの端に辿り着いた。そこから床に向けて足を下ろして、立つ。が、すぐに足が崩れてしまった。
ずっと横向きに寝ていたから体が二足歩行に慣れないのだ。ぐっと来る重力と体重がいきなり足に不可としてかかる。当たり前のように立っていた日々が嘘のように立てなくなるのだ。
だからと言って、立ち歩くことが出来なければ生活に支障を来す。ベッドによじ登り、今度は手でベッドを杖代わりにし、体重を支える。そして、一歩出す。何度か繰り返す内に慣れ始めてきた。
右足を出して、左足を出した。何と、歩ける。
もう一度やってみよう。「右足を出して、左足を出すと……歩ける。凄い大発見だ。」
その日はリハビリに時間を費やし、次の日には普通に歩けるようになった。多分、走ることも出来るだろう。
メリディアナからは「戦うなど激しい運動は控えないと傷が広がりますよ~♪」と言われてしまった。それもそうだ。まだ傷口を閉じただけで完璧には治っていないのだから。
久しぶりに王宮を散歩する。
二階の窓から街の様子を眺めた。前も見たデモの行進が行われている。群雄行進。その姿はメブスタ達が現役の頃と同等ぐらいに盛り上がっていた。
デモを率いていたメブスタはもう表舞台には出られないだろう。ベラトリクスはもういないから操られることもない。一時期、デモは落ち着いていた。それなのにデモは前のような活気を取り戻していた。
リハビリがてらの散歩道。一度、救護室のベッドへと戻った。
ふらふらと紙のような物が宙を漂っている。それが、俺のベッドに落下した。
紙は折りたたまれていた。それを広げると、紙に一枚色つき折り紙が貼られていた。そこには『メイサが王直兵に狙われた。正門近くで身を隠してる』と書かれていた。
そんな紙を見たら形振り構っていられない。
俺は急いで王宮の正門へと向かった。
◆
折り紙で折られた矢印が空中で浮いている。きっと折り紙の裏に透明な羽がくっついているのだろう。そして、それが俺への道標になっていた。
デモ隊が門を挟んで大勢そこにいる。
本当はそこへと行きたくないが、近寄ってしまう道を進んだ。そして、その付近にある花垣に隠れた所に身を隠す。もちろん、そこには俺を呼んだ二人がいた。
「なるほど。ここに来るためにはデモ隊の前を通らなきゃならないから、追われないってことか」と感服した。
「手短に説明する。あたしは均衡を破壊する者の疑いがかけられている。今朝、王様はあたしを処分することを決めた。もうここにはいられなさそうだ。」
「で、逃げ出したの。このまま逃げ出す予定だけど、アトラ君も来る?」
俺は「ああ」と頷いた。
しかし、「逃げる場所なんてあるのか?」と茂みの向こう側のデモ隊を想像しながら言い放った。
「分かんないけど、因習村なら、きっと。」
プランは何も無い。それでも因習村に逃げ込むことにした。
カサカサと音がなる。
茂みの壁を突き破ってイクリールがやって来た。当たり前のように、葉っぱなどが服全体に付いている。「あーいたいた。」
彼は俺らの近くに来るとヤンキー座りをした。
「てめぇら逃げんだろ? 正直な所、俺は少し悔やんでんだ。こう見えて嘘はつけねぇ性格でな。アンタの能力の事をチクっちまった。そんでこんな事になっちまったんだ。だからと言って、俺はお前らに付いていくつもりもねぇ。俺ァ、ブレずに王様サイドだ。」
その言葉を聞いて身構えた。彼は「安心しろ」と言って、俺の緊張を解こうとしていた。
「今は危害は加えねぇ。それどころかちっとばかり助けてやろうってんだ。逃げんだろ? まずここから出なきゃならねぇよなぁ? だが、すぐ目の前ではデモ行進で逃げれねぇ。んだ。俺が一芝居うってやる。演技は苦手なんだ、上手くやれよ。」
彼は懐からライターを取り出した。
「俺がそこでお前ぇらに当てねぇように大技を放つ。それを見りゃ、デモ隊の奴らも異変に気付いてお前らへの攻撃の矛先は収まるんじゃねぇかって話だ。」
俺はその意見に賛同した、他二人もそれを受け入れるようだ。
「もう一つ、いい事を教えてやんよ。メイサを追う部隊として三人の王直兵が狙ってくるだろう。」
「三人?」
「ああ。リベルとセルバンとタリタだ。」
その三人から逃げ切らないといけないらしい。
「セルバンは必ず狭い小道で戦え。セルバンはなぁ、技が広範囲かつ高威力なんだが、それが仇となって自慢の大技が使えねぇはずだ。街を壊しちまうからな。それさえ気を付ければ逃げ切れるはずだ。リベルも同様だ。拘束技は厄介だが、広範囲が仇となす。一番厄介なんはタリタなんだ。いいか、タリタには気を付けろ。俺が生きていた中で、王宮内で、アイツ以上の努力家を誰一人も知らねぇ。アイツのなぁ、その努力量と成長率は計り知れねぇ。あまり戦うと部が悪ぃ気がすんぞ。」
いい情報を得た。しかし、タリタが一番の努力家……。あのいつも眠そうな顔をしている姿を思い浮かべてもそんなイメージが全く湧かない。一応、頭の片隅にだけ入れておこう。
彼は草を突き抜けて進んだ。
俺たちは回り道をして逃げる仕草をした。
「見つけたぜ。始末対象。」
彼がライターを取り出した。付けられる火。その火は炎となりて、ドラゴンのような形になっていく。
《神喰殺音・地獄減忌霧》
炎は赤い光となって周りに広がっていく。熱さは感じない。ただの赤光が広がっていく。
地面に棘一つ。そこから連鎖的に棘が三つ。俺はそれらを磁力で跳んでいく。カシェルはメイサを抱き抱えて飛んでいく。門を飛び越えて、屋根の上へと着地できた。
棘は回収してから屋根を走って、飛び移って進んでいく。
「ひとまず北門に行けば良いよね。」
「ああ、そこから因習村へ、だな。」
横腹をグサッと刺さる痛み。誰かから刺されたか。いや、刺すような人間は周りにはいなかった。よく見ると、包帯の巻かれた傷痕が傷んでいる。
「大丈夫?」
「ああ、気にすんな。」
この痛みの原因は、まだ安静にしなければいけない期間なのに思いっきり動いたからだ。こればかりは仕方ない。目の前のすべきことに身を投じて痛みを紛らわすしかない。
ひとまず何も無かったことを装って、目的地まで進む。
門に近づくと門兵とは違った見た事後あるような後ろ姿がある。その姿が表を向いた。
「やはり、逃げるとなると、ここを使うよな。」
リベルだった。待ち伏せされていたのだ。
「小道に逃げるぞ。」
《風の重力》その技は誰にも当たらなかった。
彼は「逃がさん」と走って追ってきた。
右に左にと適当に路地を進む。
そこにフードを被った怪しい存在が手招きしている。カシェルを先頭にその人物に着いていった。その人が進む独特なルートでリベルを撒き、マンホールから下水道へと進むルートを使って何とか逃げ切ることができた。
「何があったの。詳しく教えて。」
とても暗いトーンで話す女の声だった。フードがとられた。そこからピンクの髪が見えた。メブスタだった。
ふと、彼女は突然、屈んで頭を抱えては悲鳴のようなものを響かせた。そして、息を切らしながら、自らの腕を持っていたナイフで何度も刺していく。赤い血が垂れていった。
「ね、ねぇ、大丈夫?」
「……。気にしないで。いつものことなの。痛みで誤魔化せるから問題ない。」
彼女の瞳は暗かった。とてもダークな雰囲気に包まれていた。
◆
たった一回しか来ていないのに懐かしいような感覚すら覚えさせる。そんな騒がしい雰囲気が広がる夜。
酒を持ってワイワイと大声で話す人達。上半身筋肉剥き出しの男や深くフードを被り誰か分からない人まで沢山の人がそこで飲み食いしている。
「これがこの国の地図さ。」
俺らはギルドから地図を貰った。それを渡したルクバーが「これからも僕達はデモを引き続き行っていく。その合間に逃げるといいよ」と優しく微笑んでいた。
地図に視線を落とす。
真ん中に王都がある。北西に因習村がある。元々はそこに行く予定だったが、そこが危険性が高いと判断した。リベルに待ち伏せされたのだ、そう思わざるを得ない。
他の候補を見ていく。西側には雪の土地が広がる。東側は北東側は森と洞窟を抜けた先に砂漠、その先に台地が広がっている。まるでダンジョンのような冒険に相応しい感じがする。また、南東方向の奥地には天使族の村の跡地がある。「ここはやめた方がいいよ」とカシェルが止めた。
南に出てすぐの所は試験で会場になった場所だ。因みに、西口から出て南に下っていった先にビーチのような場所があり、そこに魚の家が建っていた。「魚の家、オススメだよ」とお墨付きがある。
ひとまず「南方向に進もうか」と提案した所、賛成多数で可決された。ひとまず逃げることが最優先だ。
ルクバーがジュースを持って、机の上へと置いた。
「君たちの苦労をお察しするよ。せっかく王直兵になれたのに、追われる身になるなんてね。これも王様の命令だよね?」
それについて俺らは首を真っ直ぐ縦に動かした。
葡萄の炭酸飲料がシュワシュワと音を鳴らしていく。
「この国は間違っているんだ。僕は許せないんだ。努力しても報われず、ただ搾取されるだけ。それなのにのうのうとそんな僕ら普通の民を踏みつけながら過ごす王や貴族がさ……。彼らは知る由もないのさ、惨い仕打ちを受けたメブスタさんも我が兄も。その痛みを知ろうとすらしない。あまりにも民が報われない、報われ無さすぎるんだ。」
彼は持っていたお酒をグイッと飲んだ。
「だから、変えるんだ。一人一人の力は羽虫の如きでも、国民が束となれば国を変えられる竜になれることを証明して見せるんだ。」
力説する眼鏡越しの瞳はとても真っ直ぐ向けられていた。
「僕達こそが正義なんだ!」
彼の発言がギルドの中に響いた。それを聞いた人々がさらに場を盛り上げていく。
フードを深く被った男が彼の背後へと近づいてきた。
「運命は歯車と言い表されることが多い。その歯車は何れ錆びる。そして歪みとなって動かなくなる。そこに新進気鋭の歯車が噛み合わさることで今までの秩序は敗れ、新たな運命へと変わりゆく。」
聞いたことがある声だった。
その男はフードをパサッと取った。リベルの顔が現れる。
「まだ、その時ではない。時を待て。今、君たちの正義を振りかざすとて、無駄死にするだけだ。」
「今やらなければ二度とチャンスは来ない。今やるしかないんだ。」
二人の雰囲気はどこか違うものを感じた。情熱的な赤いオーラとどこか静けさが残る青紫色のオーラがぶつかる。赤と青紫が混ざり合いまるでファジーネーブルのような色のオーラが広がっていく。それを見たメブスタが逃げるように席を外していった。
「君は正義と悪について考えたことがあるかい。君達にとって、我々王宮の人間は悪なのだろう。しかし、王宮側からしたら反乱を起こそうと考えている、そう思われる行動をしている君たちこそが悪だと考えられている。」
「何を言っているんだ。僕の大切な人を拷問にかけたアンタらが悪じゃない訳がないだろ。」
透き通った瞳で見つめ直していた。
「子どもの頃、特に"ダメ"と言われたことに反抗心を持ち、その"ダメ"の修正のために強要する躾に執着する。逆に、良いとされ肯定される事には積極的になる。そして、日々の何気ない生活を常識とし、身近な人達の特に何の前触れのない言動を見て、良いか悪いかを判断していく。そうやって善悪を知らぬ間に覚え、大人になってそれが『正義』なのだと錯覚する。」
「何が言いたいんだ?」
「だが、人によって『正義』の解釈は違う。善悪の価値観なぞ、教育、立場、環境、関わる人、知見、僅かな違いで簡単に変わっていく。似たような正義とて、重要性の大小は違う。そう正義は人の数だけ存在するのだ。つまり、正義を押し付けている奴は、それ即ち、自分の生き様を押し付けているだけのことだ。」
「それは王宮側だってそうだろ? アンタらの間違った正義を押し付けて我慢させてきてるだけ。僕達は理解したんだ。それは間違っているんだと。」
「もちろん、その通りだ。多種多様な正義を統一するためには誰かが一人押し付けなければならない。やむを得んことだ。」
睨み合ったその間にはバチバチと火花が散っている。
「俺自身は君達を悪とは見ていない。だが、王様は違う。今度は『悪』について、だ。自分自身や大切な人の命や尊厳、生活、そして『正義』を脅かすものを『悪』だと考えていく。」
「本当に……何が言いたいんだ?」
「王様にとっては君達のデモは踏襲してきた『正義』を、地位――つまり尊厳や生活を、脅かす存在だ。あの方にとっては君達は巨悪なのだ。君たちは多種多様な正義をまとめるためにやむを得ないルールを壊す者であり、そのルールを守るためという大義名分がある。つまり、だ。正義と正義のぶつかり合いなのだ。どちらかが引くか負けるかがなければ終わることの無い争いになる。そして、長く続く程エスカレートしていく。」
彼は冷たく「このままだと死人が出る。今は出た拳を下ろすんだ」と諭していったのだった。
それに対抗して「もう無理だ。僕達は限界なんだ」と返していた。
お互いがお互いに会話が平行線を辿る。
そこへまたもやフードを被った人間がやって来た。メブスタだった。
「ようやく終われる。あたしは死にたくても死ねなかった。とても辛くて死にたくても、大切なギルドのみんなが頭に浮かんで死にきれなかった。本当に耐えきれない日々だったのよ。」
意味不明な事を言う、という顔を作ったリベルが横を向いた。
「けど、それもようやく今日で終われる。辛い日々にさよならできる。ようやく死んで救われる。だって、あたし、みんなの為になら捧げられるもの。みんな、今までありがとう。」
彼女は彼の袖を掴んだ。
ちらりとダイナマイトみたいな物が見えたような気がした。いや、気のせいだろう。そう思おう。
ふと、俺の手はルクバーに掴まれその場から立ち去る羽目になった。俺たちやギルドにいた人達が外に避難する。カシェルらも同じく動揺を隠せていない。
星々が夜空を照らしている。
神秘的な夜空の下で轟く爆発の轟音。強烈な圧がかかっていく。
ギルドの建物は全開し、屋根や壁は真下へと落ちた。もうそこには一人以外何も無い。まさに無の場所と化したのだ。個室席もなくなった。バーもなくなった。メブスタもなくなった。
壁側、つまり端に立っているリベル。
あの位置にいて、そこにいるのはおかしい。と思ったが、真後ろに能力をかければ可能だと気付いた。そして、その建物には大きな風の圧力が円上に存在していた。爆発のあった箇所が真下へと穴を広げていた。
つまり――あの爆発はただギルドという建物を破壊しただけの自爆ということになる。
「勢いよく後ろ側に能力を使ったから、思いきり腰を打ってしまった。」
夜空の下で、何もなくなった土地にぽてりと立つ彼はこちらを見ながら「とても……痛いな」と言い放った。
ここは【シェルタンからの一言】
現実は厳しい。それでも逃げずに立ち向かえる奴は尊敬されるし、逃げて甘えたり威張ったりしてる奴は蔑まれる。俺はメブスタのことを尊敬するぜ。




