29.最終ラウンド
帳が溶けて消えていく。
星々のようにギラついていた棘がゆっくりと落ちていく。運がよく、俺の元へは落ちて来ることはなく被害は受けなかった。
空を真っ暗に染める程の暗雲。
さっきよりも広い空間は、先程の幻想的な雰囲気はなかった。ただただ冷たい雨が勢いよく降り注いでいる。
突然、降り始めた豪雨が砂鉄を流していった。
突然、自由になる身。
冷たい雨が火照った体を冷静にさせてくれた。
「全くあの子ったら。こんな大雨じゃ、砂鉄を操れないわよ。」
目に映る建物の屋上に灯りがある。こんな豪雨にも関わらず、燃え盛る炎が屋上に存在している。消えない炎が暗闇に一筋の光を見せてくれた。
今倒すべきはベラトリクス。
「最終ラウンドと行こうか――。」
これが最後の時間だ。これ以上は存在しない。なぜなら、その時には俺はもう死んでいるからだ。ボロボロの体が俺自身にそう言っていた。
彼女は砂に置いた手をそこから離しては、俺の方に向けて右手を向ける。
いつの間にか彼女の目の前にいた。
そして、いつの間にか吹き飛ばされていた。雨と砂鉄の混じった泥が服を汚させる。
一度、唾と共に血を吐いた。
頭が空っぽだ。何も考えていない。それでも目的は忘れていない。ただ、非効率的な思考が一切ない、不思議な状態だ。所謂、ゾーンという状態か。
これはゾーンのようでゾーンではない。
ゾーンよりももっと、さらに向こう側の状態。普通なら俺は俺の視点でしかない。今は神の視点――第三の視点から俺も含めて状況を把握しているみたいだ。
それのお陰だろうか、敵の些細な動きすら見逃さず、さらに少し未来の動きすら予測てられる。
またもや、いつの間にか彼女の目の前にいた。そして、俺は彼女に顔面に蹴りを入れた後、背後へと吹き飛ばされた。顔面が硬すぎて蹴りを入れた俺の方が痛みを感じる。
ふと真下にある敵の使っていた棘が目に入る。考えるよりも先に足が動いていた。俺はその棘に足をかけていた。
そして、右手を天に向けて掲げた。俺の武器を集合させるためだ。もちろん、四つのニードルがそこに集まり、俺の拳にセットされた。これでニードルアームの完成。後は彼女に一撃をお見舞いするだけだ。
黒い雲が雨をひっきりなしに落としていく。
雷鳴が轟く。
相変わらず屋上にある炎は消えることはない。
「周りがやけに静かだな。」
一瞬の凪。そのように感じた。
彼女との位置が鮮明に見えてくる。
落雷が俺の掲げるニードルアームに飛来した。
当たりが黄色に染まっては元に戻る。
右腕は自然の雷を受け、その雷をそのまま帯電させている。
《A――アンペア――》瞬足の移動。
第三の目が、俺に教えてくれる。その時、先程まで俺のいた位置と、彼女のいる位置の間に黄色い線が現れたということを。
彼女の右腕を掴んだ。
手を離せば真後ろに吹き飛ばされてしまう。体を吹き飛ばそうととても重い重力が後ろ向きにかかっている。普通ならこの握った左手をパッと離されてしまいそうだが、今はそんなことなかった。
火事場の馬鹿力――。俺の左手は彼女の右腕を掴んで離さない。そして、俺の右手には雷を纏ったニードルアームが存在している。
《V――ボルト――》一撃必殺の攻撃が胸を穿つ。
電気を纏った打撃攻撃。俺の技の中で唯一の威力を誇る攻撃。そこに、威力を先端に集中させる鋭い武器であるニードルアームと、偶然、そこに落ちた落雷が重なり、さらなる攻撃力を生む。
「力」×速さ=パワー
俺は左手を離した。だからと言って吹き飛ばされることはなかった。
俺の右腕が彼女の体を貫通していた。
「あたしの……敗北ね。一つ教えてちょうだい。科学って生活を、全てを豊かにしてくれる代物よね。それの何が悪かったのかしら?」
さっきまでの景色が消えた。
ただ当たり前のように臭う雨の匂い。砂へと落ちる雨の音。そして、目の前にいるベラトリクス。
「便利だからじゃないか。便利なものは悪事にも便利だ。」
「つまり、使い手次第ってことね。その言い分だと、あたしの研究も使ってくれる人次第では悪い事じゃないってことだけど、それでいい?」
「いいんじゃない? 使い方さえ正しければ素晴らしいと思う。排出システムも機械化整形もそれを有難いと思う人達は沢山いるからな。まあ、言えるのは、お前は科学を間違った方向に使ったんだ。『金』なんかに溺れずに『科学』に没頭しとけば、雷の国で名誉市民になってたんじゃないか?」
強い雨が体温を奪っていく。
雨音ばかりが響いていく。
「貴方との会話はこれで終いにするわ。最後に、勝者の貴方に餞別を上げてあげるわ。」
彼女が俺の体に触れた。しかし、何も起こらない。何をしたのだろうか。
「あたしにとっては貴方にかかってた魔法を解いて上げただけだけど、貴方にとってはまるで魔法にかかったように思うかもね。」
意味深な言葉を浮かべては俺との会話を終わらせた。俺の体には何も起きていない……。何の話だったんだろうか。
突然、彼女は空を見上げた。
何かを独りで話しているような気がする。
一体、彼女には何が見えているのだろうか。
「お兄ちゃん。今から行くからね。褒めて、あたしね、お兄ちゃんの代わりに、完成させたんだよ。それに、科学でみんなを――」そこで独りの会話が途切れていた。
それがこの戦いの終わりを示していた。
その場に倒れ込む体。降りしきる大雨。真っ黒の砂。濡れていく身体。
どっと疲れが襲ってきた。
もうこれ以上は動けなさそうだ。
◆
瞼を閉じてるから、目の前が真っ暗だ。
その状況で今の感覚を感じ取っていこう。
俺は横たわっている。そこは地面ではない気がする。砂利や小石、コンクリートの感覚は一切ない。それどころか、ふんわりと包み込むような雲みたいな場所にいる気がする。沈み過ぎず、浮きすぎない場所だ。
俺の上には何かが乗っている。重くはないけど、重みを感じる。軽い何かが沢山乗って重みになっているのだ。
挟まれているんだ。俺の皮膚が温かいと叫んでいる。
思わず見開いた。そこは真っ白な天井しか瞳には映らなかった。「ここは?」
瞬きを繰り返す。
無理やり動こうと思ったが、体が重い。そんな状態で俺の上にかかっているものを取り除けない。
何回か瞬きを繰り返した後に一人、視界に入ってきた。
「やったー。目を覚ました!」
カシェルだった。彼女は俺が目を覚ましたことを大声で張り上げ、メイサやイクリール、ミルファク、リベル達がそこへとやって来た。
ひとまず上半身だけ上げて貰った。
「五日間も寝たきりだったんだよ。」
ようやくそこがどこなのか把握した。ここは救護室だ。さっきまで感じていた重みは布団だったのだ。少し前の記憶は俺がベラトリクスを殺した所。つまり、その後の俺は気を失っていた訳だ。
「生きてて良かった~」と大泣きしながら抱きつかれた。そんなカシェルは無理やり剥がされていく。
抱きつかれた衝撃で腹の部分が傷んでくる。穴が空いている感覚がある。痛みの感覚しか感じない程、痛い。
「少年が眠っている間に、フウライボウは壊滅したよ。一夜で社長と重要ポストの人達が消えたからな。」
その言葉を聞いて、一人で安心した。雷の国のスパイとして3分の1の任務を達成できたからだ。
「ルグニテ君も亡くなったんだよね。だから、アトラ君が寝てる間に、その報告しに、魚の家に行ってきたんだ。」
そうか、彼もまた戦いに敗れ死んだのか。特段に名残惜しいなどがある訳ではない。その結末をただ普通に耳に入れた。
「ちゃんと楽しく過ごしてたよ。ニグル君はリーダーとして頑張ってたし。あ、ニグル君から報告があるって……」と続き「おもちゃ箱に入ってた黒丸君は穴が空いて壊れたから捨てたって。やっぱり駒とかけん玉とか尖ったおもちゃがある所に入れてたら穴も空いちゃうよね」と言う。追伸で「他の黒丸君はまだ捨ててないらしいよ」と加えられた。
どうでもいい。
すごくどうでも良かった。
「じゃあっ、アトラ君も起きたことだし、このお菓子、みんなで食べようよっ。」
「待て。それはアトラ少年へのお見舞いの品で君が食べるものじゃない。」
とても静かなイメージのあった救護室だったが、何故だろうか、とっても騒がしい気がする。カシェルを中心にドタバタと展開されていく騒々しい時間。
「しっかし、お前、良かったなぁ。気絶してて。」
「あ、酷い。何で、そんなこと言えるの?」
「いやいや、意識あると、手術中に死なない程度で拷問されるんだわ。最終的には治してくれるけど、麻酔なしでわざわざ痛いことされて喜ばれるんだぜ? アトラの野郎、気絶してんだから、そんなことにも気付きもしないなんてラッキーじゃねぇか。」
「不謹慎過ぎるの!」
手術中は身体に影響が出ない程度で敢えて人体を傷付けられたりするらしい。で、手術でそれすら治す努力はしてくれるらしい。いや、拷問か。因みに、手術に携わって人体について触れるようになったからとかそこで苦しむ様子を見てきたから拷問が好きになったのか、それとも元々拷問が好きでその一環で人体について興味があり、それにより人体及び医療に詳しくなって救護係に選ばれたのか、それは分からないらしい。まさに卵が先か鶏が先かみたいな感じだ。
「あっ、カシェルの食べるやつ!」
「それ、アトラ少年のなんだがな……。」
俺のいない話の輪が広がっていく。
「ちょっと……静かに過ごしたいな。」
そんな言葉は、その騒がしい雰囲気にかき消されてしまった。
◆
静かな救護室に一人の客来。
背もたれを上げて前を見る。俺の目線の先には丸椅子に大きく股を開いて座るイクリールの姿があった。
彼は「時間を取らせてすまねぇ」とひとまず言葉を入れた。
「実は聞きてぇことがあんだよ。カシェルに聞いたが分からねぇって言ってた。お前さんなら分かるかも知れねぇ。」
一体、彼は何を聞きたいのだろうか。
彼は手をラフな場所で組んで置いていた。彼はどこか意味深長な表情をしている。
「なあ、メイサって何者なんだ?」
ここで【シェルタンからの一言】
ベラトリクスが死んだ!
国が荒れた原因だったから清々する。
任務が一つ完了したな。良かったな、アトラ。こっちはこっちで勝手に祝杯を上げておくぜ!




