28."2nd BOSS"『ベラトリクス』
彼女はしゃがんで両手を下ろし、黒い砂に触れていた。
そんな彼女に狙いを定め、棘を放つ。
俺と彼女の間に現れる黒い壁。下の砂が流動的に移動して、壁を作り出したのだ。
《ヨグソトース》
全てのオブジェが崩れていく。縦列に並ぶ十六個のオブジェ、それが左右あり、計三十二。細い黒い砂がオブジェの先に着いた棘を運んでいく。細く伸びていくように見える棘。下から砂が押し出していて、まるで棘がついた触手が動いているかのように見える。
高く伸びたそれらが俺に狙いを定めて突撃してきた。
意識さえすれば避けられる。何度も何度も回避をし続けた。そして、全ての攻撃が止んだ。その頃には、彼女との距離が相当空いてしまった。
「あたしを楽しませてみなさい。」
自身げのある声が聞こえた。
《フェンリル》
俺の目の前に現れる巨大な二匹の巨大過ぎる狼。上の歯十八、下の歯十八の牙が鋭く光る。真っ黒に染まる狼は全てが黒い砂でできていた。
「なるほどな。砂鉄のフィールドだからか。」
この現象について説明出来そうだ。ここは砂鉄の庭で大量の砂鉄がある。彼女は磁波によってこの砂鉄を操って、目の前の現象を作り出しているのだ。庭のオブジェだった棘が殺意を見せていた。
「いつまで耐え切れるかしらね?」
ひとまず放った俺のニードルだけは磁力で回収した。
狼が駆け巡り喰らおうとしてくる。その尾には砂が付随していた。
ガブリ。それが空を喰らう。俺は分割したニードルを足場にして跳んで回避。もう一匹がカブリ。それは分割したニードルを喰らう。
残るニードルは二つ。一つを使って前へと飛ぶ。今ならがら空きだ。
「そんなに甘くはないわ。」
砂の方が俺よりも早かったみたいだ。俺の前に再び狼が立ち塞がる。さらにもう眼前に来ては鋭く光る牙で喰らおうとしてきた。
思わず最後の棘を使って後ろ側へと跳んで回避。ひとまず四つのニードルは回収した。ただ、振り出しに戻った。敵までの距離が空いている。
《ヤマタノオロチ》
狼は砂のようにサラッと消えた。今度は上二本、下二本の歯を持った蛇が八匹現れる。どれもが俺を喰らおうと狙っている。
くねくねと宙を進む蛇。ひとまず一匹目の噛みつきを避け、二匹目、三匹目も避ける。流石に四匹目はニードルの反発で何とか空中に跳んで避けるハメになった。
五匹目が真後ろから襲ってくる。もうすぐそこにいた。棘で逃げるには近すぎる。流石に避けきれない。
《Ω――オーム――》
分割した棘を盾にする。そこから放たれる磁力で攻撃の勢いを弱める。まさに防御専用の技だ。
六匹目と七匹目が同時に襲う。ニードルの反発で何とか避けた。が、八匹目が真上で待ち伏せしていた。
「やべぇ。」
思いっきり真下へと打ち付けられた。いや、打ち付けるようにした、という方が正しい。喰われるかと思ったが、歯に使用されていたのが鉄の棘だったため、俺の武器同様に反発が使用できた。
それが分かれば幾分か楽になりそうだ。
《フェンリル》
再び立ち塞がる巨大狼。
喰らおうとするそれのタイミングを見計らって真下をすり抜ける。棘を集めて、狼にニードルパンチを決めた。
が、砂の存在には効果が無いようだ。
《アザトース》
狼が極大クジラに変わる。クジラに俺の手が入っている。宇宙のように何もない空間に手を突っ込んだかのような感じだ。さらには、手が抜けない。
クジラが倒れてきた。まるでそこは海のようだ。目は開けない。言うなれば宇宙とでも言えるかも知れない。
感触だけを頼りに棘を基軸にし、
《A――アンペア――》
俺は砂鉄の海を抜け出した。高く跳んでいる。
《ヨルムンガンド》
今度は巨大で大口な蛇が真下に現れた。その口を見ると、びっしりと棘が敷き詰められている。言うなれば棘トラップ。
まあ……「効かねぇよ」と俺はその棘の上に少し間を開けて立った。磁力のお陰で棘の餌食にはならずな済んでいる。
彼女の棘を利用して跳んでは、前へと向かう。
《ケルベロス》
今度は先程の狼だとは思うが、何故かその狼の顔が三つある。上から進めばどれかの狼に喰われるだろう。ならば下を潜ればいい。
ニードルの反発で勢いを付けて股をくぐる。
彼女との差は相当近くなった。
その差は後――。
いつの間にか彼女との差は手を伸ばせば届く範囲にいた。思わず「は?」と漏らしてしまったが、すぐにしてやられたと思った。
唐突に吹き飛ばされていた。地面が砂のお陰で痛みはない。
ベラトリクスの怒涛の砂鉄を操った攻撃に気を奪われていて、本来の磁力で近づけて遠ざける技を疎かに考えてしまっていた。
また距離が開く。だが、さっきよりかはまだマシではある。
俺の周りに浮き始める棘が先端に着いた柱。それが五つある。だが、どれも柱と地面とを砂で繋げている。さらに、柱の先端がこちらを狙っている。
砂が流動的に動いてくれたため、さっきまで埋まっていた俺の武器を磁力で回収できた。ひとまずこの四回の反発移動で避けきるしかない。
《神の柱・後光》
まず《イザナギ》と呼ばれた最初の攻撃は簡単に避けられたと思った。刺さった位置から中に入っていた棘と共に新たな柱が突き出してきた。唐突な攻撃に思わず一つ棘を使って上に逃げる。また、飛び出た柱からさらなる柱が飛び出していく。棘先は足元で蹴り出せば、逃げる基盤にできる。四回目の追撃、五回目の追撃の追撃を敵の棘を利用して逃げる。
今度は《イザナミ》と呼ばれた柱だ。今度は柱が突撃する時に、中から五本の棘が飛び出してきた。まるで六本槍のような歪な柱だった。勢いよく飛んでくるそれを反発に使うのは難しい。ここは躊躇うことなく、ニードルを利用して避ける。
次は《ツクヨミ》の柱。それは放たれた途端に破裂して、中から五つの柱が飛び出してきた。さらに《スサノオ》と呼ばれる柱も放たれた。こちらは柱に棘がついており、棘棍棒のような形になっている。それで振り落とそうとしてきたのだ。
隙が見えた。
このタイミングで真上に。俺は攻撃の隙間を縫って、自前のニードルで真上へと跳んだ。下をチラと覗くと攻撃は外れている。
よし、何とか避けられている。
《アマテラス》
俺の丁度真上に位置する真っ直ぐ伸びる柱だった。
非常に「まずい」状況だ。
今、俺は空中で横になっている。この状況では反発移動ができない。足に棘が来るようにしなければならないが、棘は下にしか落とせず真横には投げられない。体勢を変えるには時間がない。
よくよく見るとその柱はさっきまでの柱よりもさらに極太だった。流石にこれはヤバイ。
当たり前のように落ちてきた。
逃げるが駄目なら、守るだけだ。棘を構える。
《Ω――オーム――》
落下していく俺は、柱と棘防御との反発もあってとても早く落下した。そこに追い討ちをかけるように柱が落ちる。
串刺しにならないためには、何とかこれで守りきるしかない。
グサッ――。
俺の腹を抉る棘。幾ら鉄の繊維を使っていようと、その攻撃には耐えられまい。棘が服を破り、俺は腹から血を流した。
唯一の救いは先程の防御――磁力反発のお陰で軌道がズレたこと。そのお陰で、真っ直ぐ串刺しになり胴体泣き別れになることはなく、被害を腹の横だけに留めた。
それでも大ダメージには変わらない。
ひとまず立ち上がる。この傷のせいで長くは戦え無さそうだ。
相手はちょっとだけ離れた場所にい――。いつの間にか彼女は目の前にいて、俺は思いっきり腹を殴られていた。次は腕をスイングして、傷口に塩を塗ってきた。
景色が歪みかけた。この声にならない痛みは何なのだろうか。
そして、攻撃の「チャンス……」かと思いきや、いつの間にか吹き飛ばされて距離を離されていた。
立ち眩みしそうだ。
《フェンリル》
再び二匹の巨大狼が立ち塞がる。
鋭い牙をギラつかせ喰らおうと飛びかかる。高く高く磁力も使って跳んでいく。
《ヤマタノオロチ》
今度は八つの蛇が襲ってくる。
一匹、二匹、三匹、四匹。それらの牙を利用して何とか空中で身を動かして攻撃を避ける。次は五匹目……。しかし、一瞬の攻防の中でそれを見失ってしまった。
ガブリ。背中の脊髄から手一つ分離れた左右の位置を鋭く噛む。激痛が走る。そのまま砂鉄の蛇のなすがままに地面に叩き付けられてしまった。衝突した砂が零れ落ちている。
《ニャルラトホテプ》
蛇はスライムのようなものに変わり、それに捕まっている。他の砂も集まってきて、下半身を全て覆っていった。上半身も埋まる。手足は動かせず、ただ残された首より上で様子を見ることしかできない。
俺を中心にドーム上の天井が形成されていく。
光が閉ざされていく。
もう激痛に慣れてしまって痛みを感じない。立ち眩みがある。体が少しずつ体温を消費していくのが分かる。もう気を失わずに立っているのですら精一杯だ。
俺は完成されたドームの中で埋まっていた。身動きは取れない。真っ暗闇の中でギラつく棘。天井には棘が疎らにくっついていた。まるで星々を見ているかのようにそれらは輝いていた。
まさに星々の輝く夜空の下。
慣れてしまえば体の違和感もない。
「おい。諦めるのか。」
どこからか声が聞こえる。
白髪の男。彼はルマクだった。
「何もせずに負けるなど面白くない。何かして負けりゃいい。一矢報いてやらねぇとつまらねぇ。」
彼は顎を上に上げて「だろ?」と言うと、風に揺らめくようにして消えていった。
「大丈夫。アトラならきっと大丈夫よ。」
優しい声。村の滅亡の時に会えなくなってしまった母だった。
「信じてる。アトラなら大丈夫だって、信じてるよ。」
包み込むような声。同じく会えなくなってしまった父だった。
二人して笑顔で俺に微笑みかけてくれた。
二人は同じように揺らめくように消えた。ただ、不思議と心に力が宿っていくような気がした。
「人間はのぅ、不思議なもんじゃ。火事場の馬鹿力という言葉があるように、力が無くなっていてもピンチだと思いもよらぬ力を発揮できることがあるんじゃ。まだ、終わっとらんのぅ。」
今度は、プリマお婆さんだ。
「少年。まだ終わりじゃないだろ?」
「うん。カシェル達は信じてるから。まだ戦えるってね。」
メイサにカシェルもやって来た。三人とも風に揺らめき消える。
「使い古された言葉には、使い古されるぐらいの言霊があるんだ。ということで、先輩からこんな言葉をお伝えしよう。何か成功を治めた奴は行動をした奴だ。行動しなきゃ成功なんて掴めない。」
今度は雷の国の先輩がやってきた。
「行動しても何も得られなかったら、だと? それでも諦めずに行動すればいい。行動すれば必ず成功に繋がるという保証は一切ないが、もしかしたら、最後の最後で成功するかもしれない。なら、そんな奇跡に賭けてみればいいと思うんだ。」
彼の姿も消えた。
そこにはもう人の気配など微塵も感じさせない閉鎖された暗闇の中。体は動かせず上には棘がギラギラと見える。
それでも、
「まだ終わっては無いよな。死ぬまで勝利に賭ける以外有り得ないよな……。」
今見てきたルマクも親もプリマお婆さんも仲間も、先輩も、全ては俺の脳裏が見せていたマヤカシ。走馬燈という現象が、勝手に大切な人達のイメージを作り出していた。
「ったく、情けないな。俺は。何、脳内の人達にこんな言葉、言わせてんだ。」
ふと、頬を伝う水滴。
雨か……。
雨だ。




