27.「ふふっ。カシェルだよ!」
刀が振られる。それを華麗に舞って躱していく。力強く剣を振るい剛を制す戦いと、翼で鮮やかに舞い柔を施す戦い。ただし、攻撃手段を持たなかった後者が圧倒的に不利だった。
ふわり、風のよう。
攻撃の隙間を縫って、彼の懐へと飛び、顎へ膝でアッパーを食らわせた。
一回転した後、腹に向けて思いっきり押すが、全くと言っていい程、吹き飛ばせていない。
「重すぎない? 300kgはあるじゃん。」
「失敬な。そんなにない。」
「じゃあ、295kg。」
「違うな!」
モニターを見ながら、たった5kgなんて変わらないよ、と突っ込みたくなった。十単位で考えるだろ、とツッコミたい。
「294kgだ!」
変わらないじゃん。全くもって変わらないじゃん。真剣で緊迫した雰囲気のはずだが、彼らにはそんな空気を読めるような人達ではない。
ルマクが剣を重ねて頭頂部に添えた。
そのまま頭突きをしながら突進していく。
《アイアンヘッド》
剣持ち頭突きは、空を飛ぶカシェルに悠々と避けられた。位置が逆になる。彼は窓ガラスがあるT字路の縦部分と横部分が重なる位置。彼女はシャッターまで長く伸びた一本道の廊下があるT字の縦部分の真ん中にいる。
「叩き落とす!」
すぐに踵を返して走り出す。捉えた敵に近づいたぐらいで床を思いっきり蹴り上げ天井に向かって跳ぶ。
彼女は羽休めなのか床にいた。そこを視界に捉えている。
そして、何をしているのか二本の刀を重ねて、その持ち手部分を臀部へと持っていき、おしりで挟み込んだ。
彼は空中で何回転もし始めた。
彼女のいた場所に向かって回転しながら落ちていく。
《アイアンテール》
おしりで持った二重の刀が床を抉った。その反動で上へと跳んだ刀をタイミングよくキャッチしていた。また、カシェルは攻撃を受ける前に後ろへと後退したため当たらなかった。
んな、馬鹿な。刀をおしりではさんで戦うなんて馬鹿馬鹿しすぎる。そんな変な人達居る訳……いたわ。
「ちょこまかと逃げやがって……。だが、羽の能力は見事だ。いいな、その能力。」
彼は真剣な表情を浮かべる。刀の先が向けられていた。
「お前を……貰おう!」
「ごめんなさい。今彼氏は募集してないの。」ペコリと真っ直ぐ頭を下げられていた。
何やってんの、こいつら二人。命懸けの戦いのはずだよな。モニター越しで見てるこちらがもどかしい。
彼は磁力を使って背中に刀の柄部分をくっつけた。それを左右対称につけた。まるで刀の翼……とでも言いたいのか?
《鋼の翼》
そんな、嘘だろ。ふざけているようにしか見えない。命懸けのはずの戦いで遊んでもいるのか?
彼は一時的に四足歩行となり、相手に近づくと否や回転しながら突撃していった。異次元の速さで回転することで、まるでドリルのように進んでいく。回転するそれに当たる床は削れていた。
「うわっ」とその攻撃を避けたつもりがギリギリの所で当たる。服に鉄でできた繊維があるためか、切られずに吹き飛ばされただけで終わった。そのまま羽を使って体勢を戻して足で着地していた。
またもや位置が逆になった。
ふざけているようにしか見えなかったが、その攻撃は相当強いことがわかった。威力は高い一方でスピードは無いものの、とても避けにくい。
「カシェルも武器を使うしかないね。」
彼女は何か武器を隠し持っていたのだろうか。
窓ガラスを突き破って武器が飛んできた。外に羽をつけた武器を待機させていたのだろう。
その武器とは柄杓だった。
剣みたく棒を持ち、丸い桶部分を先端に添える。
「必殺、柄杓アタック!」
そう叫んで振り落とされた柄杓は二本の刀によって、微塵もないあられもない姿へと変えられたら。バラバラとなったそれが床へと落ちる。
「唯一の武器を破壊するなんて、やるじゃん!」
いや、柄杓でどう戦うつもりだったんだ?
彼女もまた変な雰囲気の渦中にいて、それに溶け込んでいる。
「だったら」と言って、窓ガラスに向けて走り出した。敵に背を向ける。
「逃がさん!」
追いかけようとするルマク。そんな時、彼女はすぐに振り返った。そして空中で足を伸ばして真横に向かって落下していくように進んでいく。進めば進むほど加速する。
ドロップキック――。
強烈なドロップキックがお見舞いされる。それには思わず彼も少しだけではあるが吹き飛ばされかけた。
「戦いにくい奴め。なら、これで隙でも作ってやる。」
彼は一つの剣を弦楽器に見立て、弦を弾くかのようにもう一つの剣を弓に見立てて引いていく。
《金属音》
耳を塞ぎたくなるような不快な音が鳴り響く。不快すぎる音楽が鳴り響いていく。なんかのメロディだが、最後の最後で音程が外れる。違和感から耳を塞ぎたい。
モニターを見ると彼女は耳を塞いでいた。
《バレットパンチ》
左腕から放たれる見えない速度のジャブ。クリーンヒットをしたが、威力は低そうだ。
ある意味、攻撃するチャンスでもあった。
彼女は少しだけ浮いて、片足を胸に抱えた。そして、彼の顔面に向けて真っ直ぐに伸びる。
それと同時に彼の拳が振るわれた。
《コメットパンチ》
顔面に蹴られるのと同時に放たれた右ストレート。威力は先程よりも高めだが、空中に浮いているカシェルは攻撃と共に後退していき、あまり致命傷を受けていないように見える。
戦いでの手法の一つで、攻撃を受ける時にわざと後ろに後退すると言うものがある。逆に攻撃の時にぶつかりに行くと、攻撃のベクトルと逆方向のベクトルがぶつかり合って大きな衝突エネルギーを産んでしまう。それが大きなダメージとなる。何もしないで立っている場合は、攻撃の衝突が直に受けてしまう。しかし、敢えて攻撃のベクトルと同じ方向に後退することで、勢いは流れていき、衝突のエネルギーが大幅に減る。カシェルはこの原理よりダメージを少なくしていたのだ。
まだ戦いは終わっていない。
彼は独特な構えをした。両腕を真っ直ぐ伸ばす。それぞれ持っている剣を正面が盾になるようにそれぞれ反時計回りに素早く回していった。残像によって作られる二つの円が彼の目の前にできていく。
二つの円は彼の真正面の位置で交差して衝突し合った。カン、と言う音と共に鉄屑が空中に漂っていく。
回転する剣から零れ落ちる鉄屑が徐々に空中でくっつき始める。磁力によってくっついているのだと察した。
灰色に光る塊が現れ始めた。
「これが必殺技。俺様のな。」
そんな鉄屑の塊が正面に放たれた。波動のようなエネルギーが纏っているようにも見える。
《ラスターカノン》
そして、その攻撃はカシェルに衝突した。
推測でしかないが羽でガードはしたのだろう。だが、その防御は虚しく、彼女はそのまま後ろの壁に吹き飛ばされ、打ち付けられた。
壁に打ち付けられた衝撃で、壁の上に設置された窓ガラスが破れていた。それがその技の凄まじい威力を表していた。
彼女はその場に座り尽くしていた。もはや満身創痍の状態だ。次の瞬間、血反吐が飛び出た。もう動けそうにもない。
「終わらせてやる。」
彼は剣を右手の指に入れていく。人差し指と中指の間で刀を握り、中指と薬指で刀を握る。まさに二本の長い鉤爪とでも言えるだろう。
長い爪が地面を切りつけながら、彼は獲物を捉えた様子で思いっきり走っていった。
刀の先からは火花が散っている。
このままではカシェルは死んでしまう。
しかし、当の本人はもう動けない様子だった。
《メタルクロー》
ザンッ。
振られた刀。その二本の鉤爪は床を切り裂いた。
「羽結び。上手く行ってよかった~。」
床には蛍光灯で揺らりと見えた羽。そこに羽が結んであるのがチラリと見えた。彼はその羽に足元を取られてしまったのだ。片足が急に止まったことで、さっきまでの走り込んだ勢い――エネルギーだけが独りでに進み、彼を空中へと浮かせていったのだ。また、バランスを崩して刀の振るわれた軌道が真下に変わった。
彼はその勢いのまま空中に放り投げられ、窓ガラスを突き破る。そして、窓の向こう、六階から地面まで何も無い空間へと体を投げられていった。
「カシェルはね、負ける気ないのよ。」
ルマクの姿は外の世界へと向かいモニターからは消えていった。
――――――
「流石に六階から落ちたら一溜りもないわね。ルマクちゃんはとってもいい子だったわ。とても残念――。」
モニターに映ったその場所において、シャッターが上がっていく。「勝利したカシェルさんへの選別ね。」
死んだと思っていた友人ルマクが生きていた。しかし、生きていることを知った間際、立場的に戦う事になって、俺の仲間に殺された。こんなに複雑な気持ちは感じたことは今までになかった。
それでも、俺は瞼を閉じて、開いた。
モニターが移り変わる。
メイサとルグニテ、及びイクリールは屋上にいるらしい。因みにイクリールは武器のライターを壊され、体はズタボロでその場に倒れ込んでいた。メイサが少しずつ追い込まれていく。
「ルグ君の方はいい結果で終わりそうね。」
そんな時に、俺らのいる部屋に新たな客人が来た。
カシェルだった。
「まさかルマクちゃんを破るなんて。想定外だわ。」
「アトラ君を放して!」
俺は今、磁力による圧力で壁に打ち付けられて動けない。今はカシェルに任せるしかなかった。
「それよりも面白いことを教えてあげる。アトラ君を救う必要はないのよ。」
「どういうこと?」
「知ってる? アトラ君は雷の国の人間よ。風の国の裏切り者。救う必要なんてないんじゃない?」
ついに俺の秘密がバレてしまった。もしかしたら、このまま彼女も敵に回して始末されてしまうかもな、と俺は瞼を閉じた。
「やっぱ、そうだったんだ。」
その言葉を聞いて、思わず目を見開いた。彼女は優しい笑みを浮かべていた。
「だと思ったんだー。メブスタちゃんとギルドで女子会したことがあったじゃん?」女子会を開いた覚えはない。
「そこでね、あれ? もしかして、とは思ったんだよねー。で、アトラ君とメイサちゃんの家にお泊まり会をした時に、電池のないビデオを流していてそこで確信したのよ。」
その時から、彼女は俺がスパイだということを知っていて、秘密にしてくれたのか。感謝の気持ちが溢れ出しそうだ。
「じゃあ、どうしてスパイのこの子を殺さないの?」
彼女は純粋無垢に答えていく。「だって、仲間だから。それ以外に理由なんていらなくない?」
「あら、そう。じゃあ、いいわ。このままそこで潰されていく様子を傍観しといて。」
内蔵が潰されていく。さっきまではまだ感じてなかった内蔵のイメージが、今では脳裏に強く思い浮かばれる。
突然、フリーになった左腕を適当に振り始めた。そして、その謎の動きは終わった。
「えっ、何これ。動けない。それに、どうして羽の位置が分かるの?」
「風の国の人達はあたしには勝てないのよ。だって、貴女達みんな排出システムを受けてるでしょ。排出システムの次いでにあたしのボタン一つで身動きできないシステムも知らない内に入っているから。」
つまり、雷の国出身の俺は動けても風の国出身の彼女は動けない。
「それと、あたしの目はね、赤外線センサーと熱感知センサーがあるの。透明でも見逃さないわよ。」
ふと王直兵の一次試験を思い出した。そこでメブスタは暗闇にも関わらず自由自在に動いていた。その時のようなシステムも彼女は持っているのだろう。
「ルマクちゃんはね、とても大切な子だったのよ。そんな大切な子を殺した貴女には、同じ絶望を感じて欲しいのよ」と言い、さらに暗いトーンで「そこで仲間が圧死するのを見ときなさい」と言い放っていた。
それと同時に、息が苦しくなる。ペチャンコになりそうだ。
死ぬかと思った途端、一気に空気が入ってきた。
締め付けるものは何も無い。押されている感覚などない。何も圧力が加わらないふわりとした空間。
ギンギラと輝く彩られた空間はそこにはなく、夕暮れに染まりかけた鮮やかな空間がそこにはある。雲一つない――とは言い過ぎだが、それに近い程の晴天が見える。
多分、重力というものが俺を落下させていく。
俺は七階から鮮やかな空へと放り投げられたのだ。敗北の色はまだ一色しか塗られていない。
このまま落ちればタダでは済まない。一度冷静にならないといけない。
俺は下に向かって、ニードルアームを放つ。地面に衝突する瞬間。ニードルアームを基軸に磁力で反発し合い衝突のダメージを減らした。
何とか無事に地面に着いた。
そこは真っ黒な砂が敷き渡り。棘のついたオブジェが立ち並ぶ敷地だった。
ベラトリクスが七階から落ちてきた。よく見えなかったが、地面近くでふわりと浮いたような気がした。きっと同じ雷の国の人間として、磁力を使って衝突のダメージを減らしたのだろう。
黒の地面の上に俺達は対面した。
死ぬか生きるかのまさに決闘。最初の戦い――つまり、第一ラウンドは俺の負けだ。だが、まだチャンスはある。
「第二ラウンドと行こうか。」
ずぎゃん【シェルタンからの一言】
自分のことは棚に上げて、自分がやられたら怒りを向けるって、人として終わっていないか?




