25.冷静沈着な参謀
「飛び降りよう!」
そんな無茶苦茶な提案でも受け入れるしかなかった。「心配しないで。羽を使えば落下で怪我することもないよ!」と念押ししてくれた。
勇気を持って一階へとダイブする。
床付近でふわりと浮いた。
「すげぇな。これがありゃ、どこからでも降りれるじゃねぇか。」
「無理無理。自分一人ならいいけど、他の人は一階分までが限界だよ。」
羽のお陰で何とか一階へと降りれた。そこでモタモタしている余裕はない。ひとまず裏口から外へと出た。
扉を開いて、その先の門を飛び越える。
二階の階段から人が降りてきた。
「ひとまず逃げんぞ」と森の中へと向かおうとした時、一つの影が手招きをした。その人の導きに導かれて森の中へと進んでいった。
後ろを振り向くと、ただの木の囁だけが聞こえた。追っ手はきていないようだ。
「騒がしい方に来てみたと思ったら、お前らがいるんだよな。何をやっているんだ?」とルグニテが言い放つ。
それに対して「てめぇこそ何でここにいんだよ」と返されていた。
何故か「ちっ」と舌打ちの後に「誰のために来てると思う? こっちは、お前らの援軍として来ているんだ」と嫌味を垂れ流していた。
イクリールが広げた地図を見て「どうして見取り図なんかあるんだ?」と疑問を呟いてくれた。俺もそれは気になっていた。しかし、それに対して何も返答はなかった。
「もう侵入できねぇなぁ。振り出しに戻っちまったぜ。」
「今すぐなら、この道で侵入できる。従業員が初めから指示されていたかのようにスムーズに君たちのいた武器工場へと向かっていたのが見えていた。その反対の方からなら、侵入できる可能性はありそうじゃないか?」
地図の矢印は武器工場から建物へと侵入するようになっていたが、提案ではその真逆の方向から侵入する案だった。
何もしないよりかはまだマシということで、急ぎ足で反対の方向となる土地へと向かった。
錆び付いた門から敷地に侵入する。
真っ黒な砂で埋め尽くされた平地だった。建物に向かう道を区別するためか、等間隔に並んだオブジェが一列、間を挟んで一列並んでいる。そのオブジェの間が道となっているのだと分かる。
真っ黒の砂はよく見ると砂鉄だった。つまり、そこは砂鉄で埋め尽くされた庭ということになる。
不気味にもオブシェは頭は俺の武器と殆ど似ている鉄の棘であった。違う所としては四つに分裂しないことや真ん中に穴が空いていない所だろう。流石に俺の武器みたいに作ってる訳がない。それと、俺の武器よりも大きさがあった。
オブジェに囲まれた道を避けて進んでいくと、建物が見えてきた。そこから、正門の裏を覗く。そこには裏口があった。しかし、門番がそこに立っている。
やっぱり無謀だったか――。
「問題なさそうだ。」
突然、裏口の付近に小さな雨が降る。三階程度の高さの位置に小さく存在している雨雲には違和感しかない。そこに立っていた門番も突然の雨に驚いている。
「彼らには気絶して貰う。」
傘が取り出され、水溜まりに石杖が触れた。ビリビリという効果音と共に、門番らは倒れ込んでしまった。
麻痺だ。
痺れているのだろう。
申し訳ないが、倒れた門番を後目に、裏口から建物に侵入した。
「ルグに着いて来い。さっきの見取り図も頭に入っている。」
「何、しゃしゃり出てんだよ。」
「ルグの異名を知らないか。王直兵では、冷静沈着な参謀という名で知られていると思っていた。参謀の指示は聞けないのか?」
イクリールに代わり、ルグニテが先頭を走っていく。非常階段を急いで駆け上がる。七階まではすぐに辿り着けた。
非常階段から本棟に行けるシャッターのような扉がある。
が、扉は閉ざされていた。
「一階だけ降りよう。」
六階へと戻っていき、本棟への扉に手をかけると、そこはゆっくりと空いていった。
目の前の廊下、その奥にエレベーターや階段があることが見えた。
「あそこからなら上へと行けそうだ。推測でしかないが、そこならシャッターも閉じないだろうな。」
俺らは奥に向かって走っていった。
そんな時に突然鳴り出した警告音と、目の先で降りていくシャッター。このままじゃ行く手を塞がれてしまう。「急がないと!」
今度は俺らが先頭になった。
先に下へと潜って、攻撃して隙間を作ればいいんだ。
ふと背後から俺らの近くに手が伸びてメイサを掴んだ。「待て、それは罠だ!」とイクリールが叫んでいた。
思わず振り返る。
イクリールに手を捕まれて手繰り寄せられたメイサと、ニヤリと笑うルグニテ。そんな三人と俺らの間にシャッターが急速に降りた。
ガシャン、と鳴り響く。
先へ進むための道をシャッターで閉ざされた。戻るための道もシャッターで閉ざされた。さらに、分断までさせられた。
ガシャンと音が鳴り響き、「すまねぇ」とシャッター越しで叫ばれた。
正直、どういう状況があまり把握できていない。
「おかしいと思ってたんだ。あの夜に突然、気を失った時、何故か雨が降ってきてたんだ。ワイの能力柄、雨には敏感でよぉ。あの夜は雨の空気はしてなかったんだわ。もしかしてだが、ここまでのあらすじも全部、てめぇが思い浮かべた通りなんか? ああ? 冷静沈着な参謀……ルグニテさんよぉ?」
「気づくのが遅いね。お前らの後をつけて、お前を気絶させ、そこらの国兵を始末しとい――」「てめぇ、まさか国兵を殺したんか。」
怒号が響くが、すぐにシャッターに何かが強くぶつかる音が鳴り響いた。そして、「ぐはっ」という声が漏れていた。
「邪魔だから消したよ」とルグニテの暗い声が聞こえてきた。
「根性ねぇから、辿り着けてねぇんじゃなかったんかよ。くそっ。」
「お前の持ってる見取り図も、ウヌク・アルハイの部屋にあったと王様に献上して、そこから参謀として矢印を書き込んだものを、上を経由してお前に渡した。」
今度は壁にぶつかる音とメイサの唸り声だ。押されたか蹴られたかで壁にぶつかったんだろうと思う。
「そして、作戦ではお前とアトラやカシェルとを分断する事になっていた。思わぬ従者がくっついてきたが無問題だ。雑魚が一人ぐらい増減した所で何も変わらない。ルグがお前らを口封じに始末し、アトラやカシェルはフウライボウの秘密兵器が始末する。」
つまり、ここにも敵が来るということだ。
「て、てめぇ、タダで済むと思うなよ。」
そこで悲鳴が聞こえてきた。どう耳を澄ましてもイクリールの唸り声にしか聞こえなかった。
「勝てると思ってるの? お前の能力、雨が降ってると使えないだろ。ルグは雨を自由に降らせられるんだぜ。で、どう勝つんだ?」
またしても唸り声。
「てめぇ、どうして俺らを裏切りやがった?」
その声はとても辛そうに、はぁはぁ、と息を切らしながら放たれていた。
「裏切った? 裏切ったつもりはない。ルグは元々フウライボウの人間だ。言い換えれば、内通者ってことになるな。」
思わずポケットから紙を取り出した。『王直兵の中に、フウライボウの内通者がいる。気を付けろ』と書かれたその紙はルグニテの事を示していたのだ。
「おい、メイサっつーたな。逃げろ。ここはワイが根性で何とかしたる。アトラ、カシェル。てめぇらはてめぇらの問題を解決しとけ。こっちはワイに任せたれや!」
「口だけは達者のようだ。安心しろ。一人も取り残さない。」
シャッター越しの会話がそこで終わった。
シャッターで挟まれたこの廊下は、左に曲がる道があった。その先に待ち構えているのだろう。
「ねぇ、アトラ君。そこの窓を壊してくれない?」
廊下の左手は下半身程度まで壁があり、上半身程度からは窓ガラスで埋め尽くされている。
俺は思いっきり蹴り飛ばして、窓ガラスの一枚を蹴り破った。
「この下の階にも同じ窓ガラスがあるよね。そこに降りて、そこから七階に上がればいいと思うんだ!」
名案だった。
「カシェルを信じて! ウチも後で行くから!」
息を吸った。
息を吐いた。
深呼吸は完了。後は飛び込むだけだ。
助走をつけて、窓ガラスにダイブした。六階から見渡す景色。割れたガラスの破片が太陽の光をギラギラと反射している。そんな光を取り入れた街並みが明るく元気に瞳の中に映っていた。
そのまま真下に落下する。
羽が俺の軌道を変えて、五階の窓ガラスに向かって進ませる。パリン、と窓ガラスを破って下の階に辿り着いた。そこはシャッターも降りていない。
「無事に着けた。カシェルも降りてこいよ。」
「ごめん、行けそうになさそう。敵が来た。先行ってて!」
その言葉を背に、俺は先に行くことにした。本当はメイサの方も気にはなる。だが、イクリールの任せたれやの言葉を信じることにした。
非常階段ではない階段の方へと向かう。
武運を祈りながら、床を蹴り飛ばしていく。
◆
部屋の入り口は少しだけ豪勢な感じがした。
建物の七階。扉を開けるとそこはさらに豪勢な空間が広がっていた。赤い絨毯や煌びやかな装飾、絵画、どれをとっても豪華という言葉が出てくる。
クルリと回転する椅子。そこにはベラトリクスが足を組みながら座っていた。
「あら。何のようかしら?」
その答えは一つしかなかった。この状況下においても、元々背負っている任務においても一つの答えしか出ない。
「お前を……殺しに来た。」
「あら、野蛮ね。けど、嫌いじゃないわよ、威勢がいい子。」
彼女は立ち上がり、机を避けて俺の対面に来た。彼女は机の上に軽く座った。
棘を拳に装着。
それと同時に彼女は右腕を俺の方に真っ直ぐ向けていた。
「戦いは始まっているものね。挨拶代わりに攻撃するのが礼儀だったかしら?」
突然、俺は吸い込まれるように彼女の右手付近に来ていた。いつの間にか、離れていた距離がすぐ目の前になっていた。
「ドーン。」
今度は衝撃波のような重みが加わって、後ろへと吹き飛ばされた。転げながら出入口の扉付近へと飛ばされる。
「磁力か……。」
その攻撃の仕組みのトリックはすぐに分かった。風の国の能力は千差万別ということを知り始めた一方、雷の国の能力は似たり寄ったりになりがちなのだ。もちろん俺も同じ磁力に関する能力を使える。だからこそ、すぐに仕組みを解明できた。
「ええ、凄いじゃない。あたしの能力は磁力を付与するものよ。S極で引き寄せて、N極で反発する。たったそれだけよ。」
ひとまず一気に殴り込む。
棘の着いた拳を振りかぶりながら進む。
いつの間にか彼女の目の前にいた。何も出来ずに俺は左拳で腹を殴られた。とても重すぎる一撃に唾を吐いてしまった。
殴る、というのは動作に二段階必要だ。
一つ目は準備。殴るためには振りかぶらなければならない。
二つ目はタイミングよく振るう。タイミングを見計らって拳を振るう必要がある。そのタイミングが会うことで威力が生まれる。タイミングが合わなければ、威力が出ないどころか、空しく空を切るだけになる。
この場合、準備は出来ても、タイミングがよく分からないため、振るうことが出来ない。いつどのタイミングで吸い寄せられるかが分かれば殴れもするが、パッと突然目の前に瞬間移動していたら殴れもしない。
殴るようの右腕を掴まれた。
人間のような柔らかい感触だが、何故だか人間とは思えない程、冷たすぎる。
「まだまだヒヨッコね。可愛いわ。」
横に振り投げられて壁へと打ち付けられる。あまりの衝突の痛さに声が出てしまった。
コツコツ。
コツコツ。
ゆっくりと近づいてくる。
彼女が右腕を伸ばしてきた。
「ここでゆっくりと他の戦局でも眺めましょう。」
強烈な磁力が反発して、壁にめり込ませていく。俺と彼女の間には空間があった。それが近づけば近づく程、押し潰されていく。
あまりの反発力に身動きができなかった。
変な音がしてきた。よく見ると、部屋の真ん中の天井からモニターシートのようなものが降りて広がってきたのだ。それが、向きを変えて俺の方を向く。
ピッ、という音と共に映像が付いた。
モニターには走り回るメイサとそれを追いかけるルグニテがいた。そこから流れる音が臨場感を湧き上がらせる。
「こちらはもう終わりそうね。イクリール君、もう気絶してるもの。後は、鬼ごっこだけど、もう屋上以外は封鎖しちゃったのよねぇ。」
目を白目にしているイクリールがいた。が、すぐに目に色が宿った。立ち上がり、二人を追う。
「あら、凄い根性ね。」
鬼ごっこのような状況で、少しずつ追い込まれているのが分かる。
「そうそう、ルグちゃんはいい子なのよ。あの子ね、初めは奴隷だったの。日雇い奴隷を転々とした所でウチにやって来た。奴隷待遇の日々が当然だったのよね、可愛がって迎え入れたら懐いちゃったわ。それも実力があるから王直兵にも慣れたし。フウライボウに国家情報を得るための橋渡しもしてくれる頼もしい一員になってくれたのよ。」
そう言えば、魚の家で実験が成功した後、彼は売られたんだっけ。その後、最終的にフウライボウに買い取られていたのか。
「奴隷って何なんだ?」率直な疑問が出てきた。
「知らないのね。国家ぐるみの闇よ。世間には風の神隠しなんて言われてるけど、実際は単なる人攫い。それを国家単位で行ってるわ。カストレ君が主導してるんじゃないかしら?」
行方不明事件。その主犯格はカストレだったのか。知りたい情報が増えた。
「その様子だと、知らなかったのね。あたしも風の神隠しに一枚噛んでるから知っているだけだから、普通じゃ知り得ないのかもね。」
行方不明事件は彼女も関わっているようだ。何故かとてつもない闇を感じる。
「そうそう、話を戻すけど、ルグちゃん、貴方たちに感謝してたのよ。あの子は魚の家を憎んでいたの。けど、フウライボウが関わっているからって手を出さなかった。可愛いでしょ? そんな時、貴方達がそこに乗り込んでくれた。相当嬉しかったみたいね、手紙から嬉しさが溢れていたわ。」
ルグニテはそんな葛藤があって、魚の家に手を出せなかったのか。彼について知らないことが埋められていく。
「ウヌク・アルハイ君が死んだ時は責任を感じてたわね。戦う素振りをしながらサポートをしてたけど、結局、殺すサポートをしてしまったって、悔やんでいたわ。」
思い返せば、雨を降らせて電気を繰り出した。それがリベルを吹き飛ばした帯電する水の波動に繋がった。メリディアナの時は無駄だと言いながら仕方がなく雨を降らした。凍らされるとは思いもしなかったのだろう。振り返れば納得もできる事象だった。
「ようやく挽回できるって息巻いてるのよ。」
突然、モニターから違う映像が流れた。
カシェルの姿が見える。また、声も聞こえてきた。
シャッターで閉じられた廊下。あの場所から左に曲がった廊下もまたある程度の場所でシャッターで封じられている。まさにT字のフィールドと言うべきだろうか。
カシェルの相手はフウライボウの秘密兵器だと言う。そんな彼は刀を二本持っていた。腰に鞘が二つある。つまり二刀流だ。
年齢は16歳。髪はツンツンとした白い髪。10歳の頃の趣味は体を動かすこと。野球やサッカー、バスケ、バレーなど大抵のスポーツは上手に出来るし、得意であった。また、好きなことは鬼ごっことバトルごっこ。好きな食べ物はハンバーグ。嫌いな食べ物はナス。ナスの独特な苦味と柔らかい食感が駄目らしい。10歳までの学力は平均以下。まあ低い。その分、運動できるから、それでカバーしてい……いや、できてはいない。言葉は足らないことも多く、言葉数は少ない。倒置法をよく使う。好きなゲームはアクションゲーム。それが俺の知っている秘密兵器と言われている彼の情報だった。
そんな彼の名前は――。
俺は彼の名前をいつの間にか呟いていた。「ルマク――?」
ずばり【アケル・ナルからの一言】
一線越えてるんだがね……。許されないんだがね。




