17.行方不明の黒丸君
「泣いてるのか。目元が真っ赤。クソダセェな。一つぐらい死んだ所で大泣きし過――」
さっきまで涙で腫れた赤色の哀しい顔を見せていたカシェルの顔は、もはや怒りを含む赤色に変わっていたように見えた。
ルグニテの襟元を掴み、後ろの大木に押し付ける。
「あんたに何が分かるの。」
「どうせ明明後日にはまた一つ消えるだろ。お前……もう、それに慣れてるんじゃないのか。」
急いで近寄る。
彼女の顔は見たこともない表情をしていた。
思いっきり横に振られて投げられている。地べたの木の葉を撒き散らして倒れていた。
「乱暴な女だな」と立ち上がった。
「さっきの話、リオちゃんの最後の誕生日のことだよね。あの家について何をどこまで知ってんのよ。」
彼は変わらない不気味な笑みを浮かべている。
「さぁな。乱暴な奴らに教えられる情報はないんだ。頭を下げて乞うのなら教えてやらんでもないなぁ。」
ふと彼女の手元が見えた。握り拳が震えている。
「こっちから願い下げよ。」
その二人の会話から突然俺らの方に流れが振られた。「ごめん、アトラ君にメイサちゃん。これからアイツのこと、無視して。」
意固地になった彼女の瞳はどこか殺気に溢れているような気もした。
「どうせすぐに情報が欲しくなるさ。」
魚のイヤリングが嫌に揺れている。
「最後に一つ教えてやるよ。今日の死は、知られてはいけない禁忌に触れたから死んだ。以上だ。」
彼は瞬く間に目線からいなくなった。
やはり、それなりに鍛えられているのか移動の速度が速いみたいだ。
しかし、知られてはいけない禁忌とはなんだろうか。とても気になってしまう。
不穏な風が木の葉を撒き散らす。
いたたまれない空気の中、誰も口を開けず無言で王都へと戻っていた。
◆
噴水が見えるベンチに俺らは腰掛けた。
隣では「ああ、思い出すとイライラする」と言って、噴水に頭を突っ込んでいた。濡れた髪が体へと滴り落ちて濡らしている。
ノープが死ぬ前に撮ったビデオ。内容は単なる宝探しゲームの一環でしかないものの、彼の最後の行いを無駄にしたくはない。
「本当は、それアイツに貰ったヤツだからぶっ壊してやりたいのよ」怒り心頭だが、「けど、みんなの思い出が残ってるし、ノープ君達の映像もあるし、壊せない」と葛藤して一人ダメージを受けていた。
「ムカつく!」と今度は頭だけじゃなく、全身で噴水にダイブした。
偶然通りかかった国兵が物凄く驚いている。まあ、そうなるのも仕方ない。
彼女は「さっきよりかはすっきりした」と言った。俺から見ても冷静にはなったんじゃないだろうか。
「では、映像を見ようか、少年。」
俺はビデオカメラのボタンを押して、録画データをいじっていく。タイトルの題材が「行方不明の黒丸君」と書かれているためどれがその録画なのか分かりやすい。
さて、7つの黒丸君、最初の映像は、紺色の背景に浮き出た黄色い線がある。少しずつズームアウトしていくことで模様になっているのが分かるが、どこかはさっぱり分からない。盾と台風の渦を合わせたような絵柄にも見える。
「これはハウスの大広間の扉だよっ。」
なるほど。大広間の扉に隠されているのか。扉を開いた時にその裏にあった時、扉を開きっぱなしにしたら見つからない場合がある。とても考えられた隠し場所だと感心する。
次はぶら下がった電灯の映像だ。幾つかのライトと天井しか見えない。唯一、それ以外に黒丸君が糸で吊られている。
「ここは大広間の天井だね。」
見あげなければ見つかることは無い。とても良い隠し場所だと思う。
次はタイルに囲まれた丸裸の床だ。
「これは子ども達が暴れてた時にタイルが外れちゃった場所かも。二つあるんだけど、その内の一つだね。」
なるほど。剥がれた地形を上手く隠し場所にしたのか。
今度の映像も似たようなタイルと壁に囲まれた床だった。
「もう一つの場所も隠し場所なのね。これ、二つとも大広間にあるの。」
「いや、ほとんど大広間じゃないか。7分の4が大広間にあるってどういうこと!?」
次の映像はようやく違う場所かも知れない。見えるのは青色を基調にし、そこに星マークや宇宙っぽいマークが貼られた箱に見える。
「流石に大広間じゃないよな……。」
「うん。これは、多分男児用おもちゃ箱だと思うから、おもちゃ部屋だと思うよ。」
その次は真っ黒の背景に、可愛い豚のマスコットがある。
「これはリオちゃんがお気に入りでずっと持っている鞄だわ。持ち運んでいる可能性があるから、まずはリオちゃんを探さなきゃだね。」
そして、最後の動画。何故だかこれが一番、群を抜いて長い。
覚悟してそれを押した。
そこは図書館だ。入り口側の隅にある本棚。その本棚の五段目、六段目の本を取っていく。ノープの腕と本と本棚だけが映っている。高い場所にあるので小さな子どもだと大変そうな作業だ。
そこに持ち手が見える。それを持って回転させることができた。回転していく本棚。その先には木にしか見えない金庫があり、そこを開くとハンドルが出てきた。
ハンドルが回される。その仕組みでその本棚の隣にある壁に付けられていた足元付近の本棚と、飾られた本のジャンルとその場所を示す地図、それと午後13:00から17:00までと書かれた立て札が横に移動していた。
「図書館にこんな所があるなんて知らなかったよ。」
横に移動したことで顕になる扉。そこは鍵が掛けられていた。
手元のみを映し出した映像は、鍵を使って扉を開けた。その中は階段となっており、下へと降りることができた。
長い階段を降りていく。
一階分だけじゃない。さらに下へと続く道。その先にあったのは、開けた部屋だった。
横には鉄製の本棚。正面には青白く光るパソコンと、横に広い大きな機械が存在していた。また、機械の横にはカプセルのようなものが不気味な青色で発光している。
魚の家のコンセプトか魚型のキーホルダーみたいなものが機械に幾つか掛けられている。そして、そのキーホルダーを見たことがある。誰かがピアスでつけていたような……。
「何……これ?」
音は聞こえない、というか録音機能がないから仕方ない。
そんな時、急に画面が床を映す。音はなくてもはっきりと急いでいる状況ということを伝えてくれる。
激しく揺れ動く床だけを映す画面。
そして、地面に強く放り投げられた。画面の先は階段を映している。ゆっくりと映像は移動していき、息を殺しているスミスが画面を覗いていた。そして、画面が階段下を映す。
「嘘……。」
瞳を閉じて、もはや画面越しでも息をしていない姿のノープが映っていた。
ゆっくりと階段を登っていく映像。
階段を登りきり、図書館へと戻り、外に待機していたと思われるリオとニグルによって図書館の入り口が開けられた所で映像が終わった。
「何……これ。」
予期もせぬ、とても闇深い映像に、思わず息を殺していた。
「故意に……殺されてる?」
何も言えない。
何故だかほんの少しだけ汗が出る。
無言が続いてしまう。
「こんにちは。アトラさん。カシェルさん。一つお願いしてもよろしいでしょうか。」
そんな無言を破ってくれたのは急に現れたおじさんの見た目の国兵だった。
「ルグニテさんが言うには、お二方が持っているビデオの映像を見ると、いいもの見れると言われたのですが……。」
彼に嘘偽りはなさそうだ。しかし、映像は何ら特別なものを映していない。どうしてルグニテはそんなことを言ったのか。どこか謎が残る。
横を見て顔を確認する。
ビデオカメラのカシェルが撮ったみんなの映像を見せてあげた。
彼が見始めていく。
突然、カメラを取り上げては抱きしめた。まさかの行動に身構えかけた。その時、彼は何故か膝から崩れ落ちて、泣き始めたのだ。
その年齢にしてはみっともない、そんな泣き方だった。
あまりの突然な出来事に驚きを隠せない。
「ケフェオス……ケフェオスが生きてたんだ」と呟き始めた。
そんなおじさんの喚き声を聞いて駆け寄ったのはルグニテだった。
「泣き声が聞こえるから来てみたが、やっぱり君たちだったか……。」
そこにいた国兵は立ち上がり、感謝を俺らやルグニテに反芻しながら言い放つ。
そんな姿に無常ながらも、彼はどこか冷たい目を浮かべていた。
「残念だけど、ケフェオス君は死んだよ。気づいているだろう、その子がケフェオスじゃないことぐらい。」
どういうことが分からない。何を話しているのだろうか。
その場に取り残された俺らは、追いつくためにも国兵にどういうことか聞いた。
「俺の息子は昔、"風の神隠し"に会ってしまいいなくなってしまいました。そんな時、その映像にはそんな懐かしい息子の姿が映ってたんです。」
「普通に考えれば、年齢が違うから別人と気付くはずだ。まあ、遺伝子は受け継いではいる。」
「例え違うとでも、長年夢見た息子の姿が拝めるのなら、わたくしはそれだけで幸せです。本当は生きてて欲しかった。でも、孫がいてくれたんだろ? この時間はかけがえのない時間です。みなさん、ありがとうございました。」
彼が立ち去ろうとした。
「それ、やるよ。大事な映像が入ってるんだろ。」
「申し訳ないよ。それに、その映像をいつまでも見て、過去に囚われてしまったら、何もできなくなってしまいそうです。この国の盾となり、駒となる我々国兵がそんな私用を挟んではなりません。ただ、それでもこの私用である一時はとっても幸せでした。この時間は……このご恩は一生忘れません。」
その国兵は去っていった。
そんな後ろ姿を見て「まあ、不正解なんだがな」と呟いていた。
今度は目線をこちら側に向けた。
「今から話そうと思うが、確か、天使君はルグとは口を聞かないと言っていたっけな。無視したければ、立ち去ってもいいし、耳元でも塞いでたらどうだ?」
「何なのコイツ!」炎が見えたような気がした。
どうして彼があの国兵を俺らの元へと行かせたのか、あのやり取りは何だったのか、詳しくは分かり得なかった。「今さっきのやり取りはどういうことか、分からなかった。教えて欲しい」と素直に聞いた。
「アトラ君は誰かさんと違って素直でいいね。」
横を見た。もはや顔の表情がよく分からないことになっている。
「いいよ。教えてあげる。"風の神隠し"は聞いたことがあるかな。他にも、"風拐い"や"霧隠れ"だとか色々な呼び方がされてる事件。一纏めに言うと、『風の国の行方不明事件』のことさ。」
「ああ。食堂でそういう事件があることは聞いたことがある。」
「さっきの彼はそれによって息子を失った。そして、それにそっくりな子が魚の家にいた。端的に言おうか、魚の家は『行方不明事件』に一枚絡んでいるってことだ。」
その衝撃的な事実に空いた口が塞がらない。チラッと横を見たが、カシェルもまたその衝撃的な事実を聞き入っていた。
「これで、お前らはあの孤児院を無視出来なくなった。単なる育ちの家とか仲間の家とか、そんな見方ではない。これからは『行方不明事件』の容疑がある場所として、王直兵の立場による見方になるんだ。事件性の無視なんて出来ないだろう。」
前髪が揺れて、怪しい瞳が印象的に見えた。
「じゃあ、あの図書館から通じる謎の部屋もその事件と何らかの関係性があるということか……」と頭を整理するために呟いた。
「そこまで知っていたのか……。じゃあ、このプレゼントは不要だったな。」
彼は折り畳まれた紙を落とした。
それを拾って広げる。それは家の見取り図だった。
「もしかして魚の家の――」「正解、見取り図だ。」
パッと見は不思議のない見取り図に見えるがよく見ると、不思議な空間が空いている。
「一階のキッチンの向かい側や二階の図書館横に謎のスペースがあるだろ? それが秘密の地下室のヒントになっているんだよ。」
手描きで描かれたそれはどこか精密性すら感じさせた。
「さて、カシェル君にはビデオカメラをあげたが、アトラ君にはまだだったな。これをやろう。」
俺は、彼の付けている魚のイヤリング――ピアスと全く同じようなものを渡された。
「耳につけてもいい。そのヒレを押して、回すと鍵が出る。あの家のマスターキーだ。図書館の壁にある扉を開けることもできる。鍵として使ってもいい。上手に活用することだな。」
そんなことを言って、俺らを残して行ってしまった。
だが、疑問は消えない。
それどころか増えてしまった。
「どうしてあの家の地図や鍵を持っているんだろう……」という謎が増えてしまったのだ。
まさかの喧嘩腰!?【シェルタンからの一言】
口喧嘩……喧嘩は同レベルの人じゃないと起きないからなぁ。あ~、ついでに言うと、手が出たり、陰口してたりするのは自分はその人よりも弱いって証明だよな。




