16.天使の子
「あれ?」ポケットから一枚の紙を取り出す。
丁寧に折り畳まれたノートの切れ端を畳んだ紙。それを広げていく。
そのページにノリか何かで貼り付けられた緑色の色つき折り紙。そこにはお世辞にも綺麗とは言えないが、丁寧な文字で『すぐに遊びに戻ってきて』と書かれていた。
「そんな早いスパンで遊びに行ったらママが困っちゃうよ。ってか、直に困るっぽいこと言ってたしね。」
「君が来ると子ども達がすぐに君に甘えちゃうから困るって話だね。君なしでの生活するに当たって、新たな生活ルールの割り当てに子ども達が慣れないといけないらしいからね。こればかりは仕方ない。」
「そだね。けど、こうして書いてくれるのは嬉しいよねっ。本当は気持ちに答えたいのよ、ね~。」
たった一枚の紙でも、心は大きく揺れ動かされる。幸せのゲージはたったそれだけでも増えてくれるんだ。見てるこちらも、貰いほっこり、してしまいそうだ。
「でも、不思議なのよね。どうしてカシェルじゃなくて、メイサちゃんに紙を渡したんだろう。」
「いや、渡されたのではなく、勝手に入れられてたんだが……。」
彼女は手紙を両手で持って上に掲げた。不思議そうな顔をしてそれを見ていた。
さっきから、う~ん、と言う表情を浮かべている。
「もっと不思議なのは、これ書いたの、文字的にスミス君な気がするのよね。スミス君はこんなことする子じゃない気がしたんだけどな~。」
訝しい表情が続いている。
「スミス君ってどんな子だい?」
「ガーネちゃんの最後の別れの挨拶を代表してた子だよ。」
昨日の光景を思い出していく。
確か「食事の時に話しかけにきた子じゃないか」と思う。それを聞いて「あー、あの子か」と思い出したようだ。
確かに、ガーネへの誕生日会をしてる裏で、折り紙に文字を書き、紙に貼り、それを密かに紙を入れるようなことをするような子には見えなかった。もっと真面目な子に見えた。ただ人は見かけにはよらないとは言うものの、カシェルが訝しむのなら、そうなのだろう。
「スミス君の気持ちには答えたいんだけど、みんなの生活リズムを壊すことに繋がってしまうし、けど、ここまでしてお願いしてくれてるし、いやいや……。」彼女は一人で自問自答していた。
迷いに迷って、自分では抜けられなくなっている。
その時俺は、本来の上司から貰った言葉を思い出していた。その言葉を投げかけるにはまたとないチャンスだな。
「なあ、俺にはさ、大切にしてる言葉があるんだ。」
二人が耳を傾けてくれている。
「決断する時に迷うな。どうしようもない後悔ってもんは、いつだって覚悟なく迷って決断した時」と言い、「これがその言葉なんだ。迷ってる時こそ覚悟決めて決めなきゃいけない。ウジウジと迷って何もしないってのも、それも一つの選択肢で、本当に何もしないのを選ぶのであれば、ウジウジとグダるんじゃなくて、迷わずそれを選べばいい。大事なのは迷わずに決断することなんだ」と締めくくった。
二人は頷いていた。
しかし、振り返っていくと、今の言葉は少し長いな、とも思う。だから、「決断する時は迷うな! ってことさ」と要約した。
「迷わずに決める……か。」彼女は一旦空を見上げた。
少しすると「決めた!」と言って正面を見た。
モヤのかかった表情は消え去り、すっと晴天のような表情をしていた。
「ママには本当に申し訳ないけど、遊びに行く!」
晴れやかな笑みに、俺らも釣られて少し微笑んだ。
そんな俺らの元へルグニテがやってきた。
相変わらず暗い雰囲気を漂わせている。
「話がある」と切り出し、「今日を持って、二人は一人前の王直兵とする」と伝えてきた。
あまりの急な展開に頭が着いていかない。
「本当は忠誠の儀に伝えようと思ったが、伝えそびれたから言った。これよりルグはお前らの指導者ではなく同僚だ。」
こんないきなりの展開だが、目線が急に同じになったみたいだ。
「ただ、元指導者として囁かなプレゼントを送ってやる。有難く貰っておけ。」
彼は一台のビデオカメラを渡してきた。重さ的には重すぎず扱いやすそうだ。
「とても高価なんだ。大切に扱え。バッテリーすらも貴重だから、無駄遣いもするな。」
どこか高圧的だ。
彼は補足で値段もネチネチと伝えてきた。それを聞くと、気持ち的にだろうか、このビデオカメラがとっても重くなった気がする。重すぎて扱いにくそうだ。
どうしてそんなに高価なんだ、雷の国では、と思ったが、電気を発電することが貴重な国であることを思い出し、余計に重みを感じてしまった。
俺らは座っていて彼は立っている。それ故に見下すような構図になっていて、どこか高圧的な雰囲気が醸し出されている。
「少し聞こえたが、お前らだけの初仕事は魚の家か――。」
いや、仕事関係なく、遊びに行くんだけどな。とっても申し訳ない気持ちになっていく。
「行くならば、行く前にアレを書いといた方がいい。」彼はレインコートのポケットに手を突っ込んだ。
「アレ?」
「ああ。魚の家に行く前に……。遺書を書いとけよ。」
いや、遊びに行くだけなんだが、と突っ込むことは止めた。流石に遊びに行きます、とは言えるはずもない。
「"大人になれない病"の真相を解き明かしに行くんだろ――」
午前中にも彼は何か知ってそうな事を言っていた。やっぱり何か知っているのだろうか。
彼の表情には優しさとか慈しみとかそういう温かみという気持ちはない。しかし無表情でもなく、どこか怪しい雰囲気を醸し出していた。
「覚悟しておけよ。」
その言葉が何故だか重く放たれたような気がした。
そのままそそくさとその場を去っていった。
その言葉に少し戸惑いつつも、それを確かようとする気持ちは湧かなかった。
◆
柵門の前へとやってきた。
「誰か着いてきてる?」とカシェルは言う。しかし、すぐに「気の所為かも」と言った。
彼女は羽の能力によって、広範囲で人の存在を感知できる。一定の強さを持った――例えばタリタみたいな――例外はいるものの、彼女が気の所為と言ったのならば気の所為だろう。俺らじゃ確認しようもない。
門を開き、中へと入る。
暫く進むと、子ども達が気づいて近寄ってきた。無邪気にはしゃぎながらやって来る姿が微笑ましい。「お姉ちゃん」と笑顔で言い放っている姿はどこか可愛らしい。
「そうだ。お姉ちゃん。ここにね、新しい家族が増えたんだよ。」一人の男の子がそう言うと、他の子が「ルシェちゃんって言うんだ」「二歳だよ」「お姉ちゃんにそっくりなの」と矢継ぎ早に言っていく。
人気者の彼女の周りはすっかり騒ぎの中心となっていた。
もちろん、その状況にシスターが気付かない訳もなく、急ぎ早でこちらへと来た。彼女は小さな女の子を抱いていた。
「この子がそのルシェちゃんだよ。」
指がさされていた。その方向はシスターの胸の方、そこに抱かれた小さなの女の子だった。薄い緑色の短い髪。何よりも白い羽――俺の手のひらぐらいの大きさの翼が印象的だった。本当に彼女にそっくりだ。
「まったく……。また来られたのですか。本当にカシェルちゃんは……。」
「ごめんなさい。どうしてもみんなと遊びたくて来ちゃいました。てへっ。」
「今回だけにしてくださいね。」
それに対して「はい!」と笑顔で返事をしていた。相変わらずのカシェルに手を焼いている。
当の本人はすぐに別の話題に切り替えた。
「新しい子が来たのね?」
「えぇ。可愛い子でしょう。」
可愛い寝顔姿が愛らしい。
その姿を見て、「ママ、少しだけその子を借りていい?」と聞いた。「どうしたの?」と当たり前のように返された。
「天使族の儀をやろうと思って。本当は一歳になるまでに、沢山の天使がやってあげるのが習わしだけどね。それでもやらないよりもマシだと思うの。ね、いいでしょ。」
「分かりましたわ。けど、落とさないように気をつけてね。」
胸の中にいたその子をゆっくりとカシェルに預ける。彼女はそのルシェを抱いた。太陽の光で反射して見えた透明な翼がその子を包んでいるように見える。
ゆっくりと優しく包んでいる空間。彼女は目を瞑って「堕ちることなきように――。エンジュ」と唱えた。その間にもその子は眠っている。
彼女は「ありがとう」と言って、優しくゆっくりとその子を返した。まだ夢の中にいるようだ。
「本っ当に可愛い! この姿をいつまでも見ていたいよね。」
ふと、そんなことを呟いたカシェルが何かを閃いた。
「そうだ。ねぇ、みんなのことビデオで撮っていい?」
ビデオを取り出して、みんなを撮り出した。
もちろん、可愛い天使の子も記録に入れ込んだ。
ほのぼのとした時間が過ぎていく。
すぐにチャイムの音が鳴り響いた。
「さあ、お遊びの時間は終わりです。昼ごはんの支度をしましょう。」
それを聞いていた子は元気よく「はい」と返事をして、家に向かって走っていく。それを見て「はいはい。気をつけてね」とシスターが優しく語りかけていた。
「みなさんも良かったらどうぞ。わたくし達は昼の準備をするので、先にハウスに戻っていますね。」
慌ただしくみんながハウスへと駆けていく。
そんな中、一人だけ家とは別方向、俺らの方に向かって走ってくる人影。その子どもは年長組のスミスだった。
「手紙通り来てくれたんだね。とても感謝するよ。」
優しい瞳で彼を見ていた。
「昼ごはんを食べ終わったら、そのビデオを使ったいい遊びを思いついたんだ。それで一緒に遊んでくれないかい?」
遊びの誘いに「いいよ」と彼女が言う。それに同調して「同じく」と続けた。
彼もまた家へと戻っていく。
「あたしらはゆっくり行こうか。彼らが新しいルールに適応するためにもね。」
急に広く感じた庭をゆっくりと踏みしめた。
カシェルはいつも以上に満面の笑みを浮かべていた。
「まさか自分以外の天使族が生きてるなんて夢にも思わなかったよ。」笑顔を振りまいた後に、「あの子も"大人になれない病"なのかな。もし自身が大人になれないのを知って、躍起になって堕ちてしまわないか心配ね」と暗さのない不安な気持ちを吐き出す。
「すまない。一つ気になったんだが、堕ちるってなんだ?」「それ、俺も気になった。」
「天使族はね、極悪非道な行いをすると羽が黒くなっちゃうの。そうなることを『堕ちる』って言うのよ。そして、堕ちた天使は堕天使って呼ばれて、二度と天使に戻ることは出来ないの。」
さっきの空気感が一瞬にして変わった。
「天使族と堕天使は古くからの習わしというか暗黙のルールというか、全く違う種族として考えることになってるんだ。ルシェちゃんには堕天使になって欲しくないんだよね。もう二度と――。」口をパクパクと動かしているから続きがあるはずだが、そこから先は聞こえなかった。
どこか哀しいような虚しいような、そんな横顔がチラリと見えたような気がした。
どこかその話題がタブーな気がして、俺らから触れることが出来なかった。
ほんのちょっとの沈黙。
突然、彼女が立ち止まった。そして、雲が敷き渡る空を見上げていた。
思わず「突然どうしたんだ?」と口から溢れ出た。
「考え事をしてたんだ。ルシェちゃんって二歳だって言ってた。と言うことは、二年前に産まれたってことだよね?」
「まあ、そうだな。」
「天使族が滅亡したのが四年前なんだよね……。」
そうすると、何かがおかしい気がする。メイサはその違和感にすぐに気づいて言いたいことを察したようだ。
「つまり、天使族は滅亡したと思っていたけど、君と同じく偶然生き延びた天使が約三年前には生きていた可能性があるってことか。」
なるほど。カシェルみたいな生き残りがまだいるかも知れないという事実があるのか。その考察に思わず頷いてしまった。
カシェルは「なるほど~。そんなこと思いつかなかったよ」と驚いていた。
ん、驚いていた? いや、何で驚いているんだ。
「凄いよ、メイサちゃん。もしかしたら、いつか生き残った仲間に会えるのかぁ。想像したら楽しくなってきそう。」
「え、違ったのかい。」
「うん。その間、カシェルは何してたっけなぁ~って。」
思わず「それだけ?」と聞くと「それだけ」とこだまする。それだけかい。思わずツッコミたくなった。
「カシェル以外にも生き残ってた同胞が……。まあ、期待し過ぎるのも良くないよね。」
どういう事だろうか。
「どうしてだい?」
「天使じゃなくて堕天使が産んだ可能性があるじゃん。正直、堕天使の子どもは白か黒かなんて知らないし。」
彼女はその意図に気付いたよつだ。
「なるほどな、生き延びた天使族じゃなくて、それとは違う種族とされている堕天使が親という可能性があるということか。」
そんなことを話している内に、食事を取る部屋まで着いてしまった。
◆
「ルールは簡単。今から僕らは一時間の間に家の中に七体の"黒丸君"を隠す。そのヒントととなる映像を七体分撮るから、そのヒントをもとにして見つけ出してくれ。」
黒丸君とは人形のことだった。ほぼ真っ黒な丸型で目は真っ白のデカ瞳だった。どこか愛らしくない独特な雰囲気があるが、可愛いかと言われたら、ちょっとだけは可愛いのかな、と思えるぐらいだ。まさに黒くて丸い存在だ。
「探す時間は一時間半。それまでに全ての黒丸君を探し出せればお姉ちゃん達三人の勝ち。探し出せられなければ僕らの負け。ルールは分かった?」
とってもわかりやすいルールだ。単純に隠された物を探す宝探しゲームと一緒である。違う所は探す側にヒントがあるということだ。
「じゃあ、僕達は今から隠すから、一時間は外で他の子達と遊んできなよ。隠し終えたら玄関に行くから、そこで待ち合わせね。」
スミスの瞳はとても真っ直ぐを向いている。それほど真剣にこのゲームに力を入れているということだろう。隣にいるノープはニヤッと笑顔を浮かべている。
俺の少年心に火がつきそうだ。
ひとまず準備のため、俺らは外に出た。
「ねぇ、縄跳びしようよ。何回飛べるか競おうよ。」ヤペオシカが縄跳びに誘ってきた。
承諾した後、彼は「見てて」と言って、縄を跳んでいく。60回近く跳んでいた。
それを見たスオフェやレビルがやって来て、縄を跳んだが、20回にも届いていなかった。
「じゃあ、お兄さんの番ね!」
そう言って、とっても長い麻縄の縄を渡してくれた。いや、これ大縄跳びの縄で、10人以上で跳ぶための縄だから。
「それで跳ぶんじゃないの?」と首を傾げていた。
いや、そんな訳あるか、と突っ込んでしまった。
「代わりにカシェルが跳ぶね」とその縄を手に持つと、縄の両端が浮き出して横に張った。縄が勝手に動き出して無尽蔵に縄を回していく。その真ん中ではカシェルが空中で寝そべりながら、体を伸ばしていた。
空中で漂う彼女は何もしずに跳んだ回数だけが増えていく。
「何なんだ、この状況……。」
「アトラ君。普通の縄跳びだよ。」
「それ、縄跳びと呼べなくないか。というか縄跳びの必要あるか?」
「必要あるよ~。これでも羽を動かす訓練になるんだから。アトラ君もやってみる?」
「できるかぁ!」と思わず突っ込んでしまった。
縄跳びの他にも二人で二つの縄を持って待機し、その縄を後ろ向きで見ていない子がその縄を上から跨ぐか、真ん中を潜るか、下を這いずるか選んで、縄に当たらないように進むゲームも行った。
そんな遊びをしている中、突然ホイッスルの音が鳴り響いた。
ピュイー。
子ども達が一斉に家に向かっていく。
もちろん、俺らもそこへ行くと、そこには涙を流しているシスターがいた。
そして涙汲みながらに「ノープ君は"大人になれない病"を発症してお亡くなりになりました」と伝えた。
その悲しみは連鎖し、瞬く間に感染し、その周辺は号泣で包まれた。
俺とメイサ以外はみんな涙に濡れていた。
いたたまれない空気感と共に、シスターや子ども達は慣れた手順でノープとの通夜の準備を進めていった。
みんながみんな、悲しそうに廊下を進んでいく。
ただ、一人だけ、スミスだけは反対側へと進んでいった。そして、俺らの前に立った。
「これは返すよ。それとノープ君が頑張って隠した黒丸君もあるから、絶対に何処にあるか見つけだしてね。」
渡されたビデオカメラ。
彼はみんなと同じ方向へと進んでいった。
◆
俺らには成すことはない。
重い足取りで門を出た。
一歩。二歩。……十歩。……二十歩。そこぐらいで足を止めた。見知った顔の男が目の前にいたからだ。
「どうして……ここにいるんだ?」
「いるも何も、朝から着いてきていたじゃないか。ただ、気づいていないと思うけど。」
魚のピアスが怪しく揺れた。
目の前のルグニテは鮮やかに微笑んでいた。
今日は【アケル・ナルからの一言】
ストーカーは駄目なことは考えれば分かることだがね。だがね、ストーカーしてる人はそれをストーカーだと思っていないもんだがね。恐いんだがね。




