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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第五章 牙姫襲来
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エピローグ⑩

「今日からお世話になります、サザです。よろしくお願いします」


 怪物騒ぎの翌日。

 ワンダー診療所の居間で、エプロンを纏ったサザが挨拶を終えると、診療所の面々から拍手が起こった。


「ようこそ、ワンダー診療所へ。改めて、俺が所長のゼット・ワンダーだ。これからよろしく頼む」

「はい。こちらこそ、お世話になります」

「私はアンジュよ」

「僕はコーシェです」

「まさか貴女は、コーシェ薬師?!」

「あ、はい……そうです、よ?」


 驚愕するサザに、女性と間違われたコーシェがダメージを受けていた。

 それを苦笑しながら眺めるサァフと、その隣に立つアルファやファングの前に、サザが立った。


「これからもよろしくね、姉さん」

「おう」


 姉妹の挨拶はあっさりとしていたが、二人にとっては十分だった。


「アルファちゃんも、これからよろしくね」

「うん!」

「それと……」

「ファング・ディメンションですわ」

「よろしく、ファングちゃん」


 まだ幼さのある二人に、サザは微笑みかけた。


「ところでアルファちゃんとファングちゃんは、どんな仕事をするの?」

「色々とお手伝いをするよー」

「私は裏方を主にさせていただくことになる予定ですわ」

「そっかぁ」


 言いながら、サザは二人の頭へ手を伸ばしたが、ファングはひらりと身をかわした。


「それでは、私は早速、家屋の掃除をさせていただきますわ」

「あぁ、おしい……」


 きびきびとした動きで去りゆくファングを名残惜しそうに見送りながらも、サザはアルファの頭を撫でる手を止めない。


「サザさん?」

「アルファちゃんの髪の毛、さらさらしてて気持ちいい……なにこれ、ふわふわしてる……」


 徐々に言葉と目の輝きが怪しくなっていくサザの異変に気が付いたのは、アルファ以外の全員だった。


「えと、サザ……さん? 何をしているのかしら?」

「え? アルファちゃんが可愛いので、つい撫でたくなりまして」

「何だか息が荒くないですか?」

「そんなことないですよ」

「ちょっとサァフ、アンタの妹、どうなってるの?」


 アンジュから非難染みた声を向けられたサァフは、「あー」と頭を掻きながら、サザへと近づいた。


「おいサザ、もうその辺にしておけ。アルファも困ってるだろ」


 サザの肩に手をかけようとしたサァフだったが、次の瞬間、いつの間にか振りかえったサザに抱きしめられていた。

 驚異的な動体視力を持つアルファをして、サザの動きは目を見張るものがあった。

 そして、アンジュとコーシェの目には、いつの間にかサァフが妹に抱きしめられ、頭をぐりぐりと撫でられているようにしか見えなかった。

 体格はどちらもあまり変わりがないようだったが、背丈は妹のサザの方が少し高いようだった。そして、サァフが為す術もなく逃げ出せずにいることから、力の方もサザが勝っているらしい。


「ぉ、おい、サザお前な!」

「姉さんも可愛いですよ。うんと可愛いです」

「そういうのはヤメろ、こら、昨日は何もしてこなかったくせに! そういうの止めたんじゃなかったのかよ!」

「数年ぶりの姉さん……あの頃よりも綺麗になったけれど、可愛さはそのままなんて……やっぱり姉さんは最高……」

「アルファが見てる前でやめろこらー!!」

「お前らー、近所迷惑になるからほどほどになー」


 徹頭徹尾、生温かな目で見守っていたゼットはサザとサァフへ軽い調子で釘を刺すと、完全に置いてけぼりのアンジュとコーシェを連れて部屋を出た。


「あ、アイツらぁ……助けてから行けよ。アルファ、ちょっと助けてくれ!」

「アルファちゃんも一緒に? ここは、天国?」


 サァフからは助けを求められているが、姉妹が仲良くじゃれついているだけのようだし。


「じゃあ、私も用事があるからー」


 アルファは、笑顔で踵を返し、鶏たちの世話をするために裏庭へと去って行った。

 決して、見捨てた訳ではないと心の中で言い訳をしながら。


「おぉいアルファ、お前もくぁぁぁぁぁ!!!」

「姉さん、可愛いわ姉さん」


 こうして、騒がしくも、平穏な時間が、ワンダー診療所の中を流れていった。




MMMMM




 その光景を、入口の方で立っていたミスロは、腕を組んで見守っていた。

 サザとサァフを診療所まで護送したのは彼女だった。


 裏庭へと出ていくアルファの姿に、十年前、赤子だった頃が重なる。


 流星が降り注ぎ、天を突いて立ち昇った巨大な光の柱が、ラトゥス王国を照らしたあの日。

 光の柱の根元にあった洞窟で、惑い苦しむ赤い鎧の騎士と、無邪気に彼へと笑いかける赤子を、自分の一言が何もかもを変えたあの日。

 アルファと名付けた赤子は、父親となった青年の腕の中から、笑いかけてくれた、あの時から、自分の大切な存在となっていた。


 もうすっかり大きくなって、年頃の少女そのもので毎日を全力で生きている姿に、ミスロは口元が綻ぶのを抑えられなかった。


「おつかれさま」


 用事が終わったのか、ゼットが近づいて来た。

 そして、徐に手にしていた小包を手渡してきた。


「コーシェのハーブクッキーだ。それと、ドーナツも入れてある」

「感謝する」


 この男は、十年前から何も変わらない。

 唯一無二の顔立ちで、自分よりも年下に見える、背の高い、ずっと年上の青年。

 ミスロが知る中で間違いなく最高の医者で、分け隔てなく時に厳しく、時に優しく、そして親しい者にはお調子者の一面を見せてくれる人で。


 ミスロが知っている、最高の騎士の一人だ。


「ん? どうかしたのか?」

「私も、お前に感謝しているぞ」


 踵を返す直前に見えたゼットは、少し目を丸くしていた。

 その反応に少しだけ気分を良くして、ミスロはワンダー診療所を後にした。


お読みいただきありがとうございます。

ゼットの身長は188㎝、ミスロで172㎝です。


長くなりましたが、第五章エピローグは今回で終わりです。

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