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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
エピローグ
91/91

それは遠い昔の物語

 昔、昔、まだ魔物たちが現れていなかった頃。

 ラトゥスという王国に、宇宙の彼方から悪い神様たちがやってきて世界を征服しようとしていたので、善い女神様たちと騎士たちは力を合わせて戦っていました。

 悪い神様たちは善い女神様たちによってその力を大きく封印されていましたが、元々とても強かったので、女神様も騎士も抵抗するだけで精いっぱいでした。

 どんどん押し寄せてくる悪い神様の軍団を前に、女神様と騎士たちは圧倒されながら、傷つきながらも、諦めずに戦い続けました。

 大切な人と、皆が住まう世界を守るために、折れそうになる心を奮い立たせ、絶対にここから先は通さないぞと、強い意志で抗い続けていた、ある日の事。


 暁色の鎧を纏った騎士とその弟子たちが現れ、女神様と騎士たちに加勢したのです。


 彼らは、女神様たちでさえ苦戦していた悪い神様たちを瞬く間もなく、いともたやすく倒してしまいました。

 そして、暁色の鎧の騎士が悪い神様の王様を倒して、囚われていた赤ん坊を救い出しました。

 その子は、悪い神様の王様の娘でした。

 女神様たちは赤ん坊を殺せと、暁色の鎧の騎士に言いました。悪い神様たちの後を継いだ赤ん坊が大きくなって、世界がまた危機に陥る事を恐れたからです。


 けれども、暁色の鎧の騎士はそれができませんでした。

 老若男女関係なく、悪い神様たちを倒してきた彼でも、何も知らない赤ん坊を殺すことは躊躇われたのです。

 苦悩する彼を助けたのは、女神様と一緒に戦っていた騎士の一人で、ミスロという少女でした。


 ミスロは悩める騎士に、赤ん坊を育ててはどうでしょう、と助言をしました。

 暁色の鎧の騎士はその助言を聞いて、すっかり迷いが晴れ、赤ん坊を自分の娘として育てることにしました。

 女神様たちは反対しましたが、彼と弟子たちの強い決意に折れ、ならミスロが自分たちの代表として赤ん坊の教育に携わることを条件を出しました。


 こうして、英雄たちとミスロは、すやすやと眠る娘を大切に育て始めました。

 娘は、英雄たちの故郷の言葉で、始まりを意味する、アルファと名付けられ、温かな人たちに囲まれ、何も知らされないまま、幸せな人生を送ったのでした。




「……めでたし、めでたし」


 キングサイズのベッドの端に腰掛けている赤髪の少女は、ゆっくりと本を閉じた。

 それから、ベッドに潜りこんでいる、二人の幼子へ振り返った。

 五歳ほどだろう。顔が少し似ている、茶髪の少女と、黒髪の少女は、掛布団を顎のすぐしたまで掛けながら、自分たちよりも二回りほど年上らしき赤髪の少女を見ている。


「まだお眠ではありませんか?」

「うん」

「ねぇフレア、そのあと、おひめさまはどうしたの?」


 フレアと呼ばれた年上の少女は、そうですね、と前置きしてから、


「英雄が育てたのですから、きっととても優しく、正しい女性になったでしょう。ですから、女神様たちにも認められて、神様の仲間入りを果たしたのではないでしょうか」

「おひめさまは、めがみさまになったのー?」

「すっごーい」


 少女二人はますます興奮してしまい、眠気はしばらくやってきそうにもなかった。

 フレアは本を横に置くと、枕元へと移動した。


「お二人とも、早く寝ないと、お母上たちに怒られてしまいますよ?」

「かあさまたちに? やだー」

「えー、でもぜんぜんねむたくないよー」

「それでしたら、お歌はどうでしょうか?」


 フレアの提案に、少女たちは喜んで飛び付いた。


「フレアのおうたすきー」

「おねがーい」

「わかりました。それでは、僭越ながら……」


 子どもの寝室にしては広く、天井が高い部屋に、フレアの歌声が静かに広がった。


 それは、大切な人を、何気なくも優しく見守り、愛している誰かの歌だった。


 どこかしっとりとしながらも、強く抱きしめられているような心地がする歌を聞いた少女たちは、その途中ですっかり寝入ってしまった。

 フレアは歌い終ると、本を抱いて音もなく立ち上がり、灯りを消して部屋を出た。


 素朴な中にも洗練された造りをした、夜の城の廊下へ出ると、茶髪の少女を大人に成長させたような美しい婦人と出くわした。

 フレアが恭しく一礼しようとするのを止めると、婦人は閉じられた子どもたちの寝室を見やった。


「二人は寝ちゃった?」

「はい、ぐっすりと」

「女神様の絵本を読み聞かせられて?」


 婦人はフレアの腕の中の本に目を落とし、何かに気が付いたように笑った。


「子守唄を歌ってあげたのね」

「はい」

「なるほど、アレなら確かに、どれだけ元気でヤンチャでも、ぐっすりと寝ちゃうわねぇ」


 私もそうだったから、と付け足して、婦人はフレアの手を取った。


「ねぇ、よかったら私にも歌ってくれない? 実は寝付けなくて、困っていたのよ」


 一児の母となって少し変わったように見えても、まだまだ甘えん坊なところがある婦人に、フレアは何も言わずに頷いた。

「じゃ、決まりね! わーい、フレアの子守唄なんて何年ぶりかしらー?」


 婦人はスキップをし出しそうなほど、楽しそうに声を弾ませながら歩き出した。

 手を引かれるフレアは、自分よりも頭二つ分以上高い、少女のような婦人の後ろ姿を見上げ、その目を柔らかく細めた。


「でも、あの子守唄って、私やルーちゃんが歌っても、あの子たちは眠ってくれない時があるのよねぇ。フレアだけよ、あの子たちをちゃんと寝かしつけられるのは」

「恐縮ですが、代々お仕えしているので、その経験が活きているのでしょう」

「なるほど! よっ、さっすが王国最年長! 皆のお母さん!」

「国母は貴女たちですよ?」

「そう言う意味じゃないわよ。私たちや母様にお父様、お婆様、曾お婆様って、ずぅっと育てて来てくれている人って事よ」

「なるほど」


 やがて、婦人の寝室に到着すると、また少しだけ談笑して、婦人はベッドに入った。


「おやすみなさい、フレア」

「はい、おやすみなさい」


 椅子を近くに持ってきて座ったフレアが、先ほど少女たちへ同じ歌を歌う。

 そして、一分もしないうちに眠りについた婦人へ、娘を見守る母親そのものの瞳を向けたフレアは、少しの物音も立てずに部屋を出た。


 フレアは廊下を歩きながら、先ほどの婦人を思い返して、それはそうだと心の中で独りごちる。

 自分が歌う歌は、ラトゥス王国の女神と騎士の伝説に出てくる、邪神を倒した最強の騎士が、邪神の娘を寝かしつけるために歌っていたものだ。

 その歌詞やメロディーは、ラトゥス王国でも確かなものは残っておらず、解明されている部分をラトゥス王家とユーフィッド家が口伝しているにとどまっている。


 それをフレアは全て知っている。完璧に再現しているからこそ、聞いた者をたちまちに、寝かしつけることができる。

 昔、この歌を知る者から教わったからだった。


 夜空を想わせる美しい黒髪と、深紅の瞳を持った、愛らしい女神に。


 思い出し、フレアはふと、廊下の窓から空を見上げる。

 星々が瞬き、月が浮かぶ、天の海が広がっていた。


「……明日はレセの伝説にするか」


 独り言をつぶやくと、ついにフレアは、自室へと戻って行った。




FFFFF




 ある場所で、ある青年夫婦が、珍しい客人をもてなしていた。

 夜空のような黒髪と深紅の目を持つ、まだ幼さの面影がある美しい少女は、夫婦としばらく談笑し、二人が出してくれた茶と菓子をたまにつまんで、ゆったりとした時間を楽しんでいた。


「――その歌を聞いて、私は一つも夜泣きをすることなかったらしいんです。ですから、私を育ててくれた方々もそれを見ていたので、父から歌を教わって、子育てをしていました。私も、何人かに教えましたね」

「なるほど。よろしければ、後で私たちにも教えていただけませんか?」

「喜んで」


 ふと、少女の視線が、壁に掛けられている額縁に収められている、写真たちへ向かう。

 夫婦も視線を追って、夫の方が「あぁ」と声を漏らした。


「私の大切な思い出です」

「……話には聞いています。貴方たちには、多大なご迷惑をおかけしました」


 少女が頭を下げようとするのを、夫の方が慌てて手で制した。


「お止め下さい。貴女が悪い訳ではないでしょう」

「私も無関係ではないのです。だって、貴方たちが異世界へ行ってしまったのは……」


 夫婦は顔を見合わせるが、すぐに笑みを浮かべ合う。

 そこには、目の前の少女への気遣いと、優しさがあった。


「確かに驚きましたが、悪い事ばかりではありませんでした」

「そうですよ。この人、昔はどこか影があったのに、帰ってきてから、すっかり表裏なく明るくなったんですから」

「それは、まぁ置いておくとして」


 夫が苦笑し、目を丸くする少女へと微笑みかけた。


「そう言うことです。私の仲間も、知り会った人たちも、きっと我々と同じ事を口にするでしょう。そして、私を助けてくれた女神様たちも、貴女の事を一度も悪く言ったことはありませんでしたし」

「そう、なのですか?」

「はい。私に貴女の事を聞かせてくれた時も、泣いていたくらいに、貴女の事を気にしていました。全部終わった時は、貴女のことを祝福していたんですよ?」


 少女はしばらく夫婦の事を見ていたが、やがて目の端に溜まった水滴に気が付いて、指の背で拭いながら、笑った。


「ありがとう」

「いえ」


 夫の温かい眼差しに、少女は首を傾げた。


「あの、どうかされたのですか?」

「いいえ、優しいままだな、と思いまして。……昔、貴女に会った事があるんですが……覚えていますか?」

「えぇ、覚えていますよ。貴方の事も、メイプルちゃんも、エルナさんやセイジュさんの事も、全部覚えていますよ」


 写真をもう一度見て、そこに写っている懐かしい顔ぶれに、彼女はしっかりと頷いた。


「ところで、晴樹さんは、私の父の事を、どこまでご存じだったのですか?」

「また少し長い話になりますが、よろしいでしょうか?」

「えぇ。晴樹さんたちの方はどうでしょうか?」

「私たちは大丈夫ですよ。この人は締切が近いですが」

「もうすぐ終わりなんで気にしないでください。こほん、それでは――――」


 少女は自分の記憶の中にある、大切な青年を思いだしながら、耳を傾ける。


(また会いたいな……パパ)




ZZZZZ




 どこかで、懐かしい少女の声が聞こえてきた気がして、明後日の方角を振り仰いだ。


「……気のせい……な訳ないか」


 一人ごちると、赤い鎧のギルフェンセィアは、目の前へと向き直る。

 宙に浮かぶ、太陽のように眩く輝く、巨大な虹色の球体の奥で、何かが蠢いている。人類を含めた多数の生物には悍ましく聞こえる声で、自らへと挑もうとする不届き者を笑っている。

 それは、心ある者が、邪悪と呼ぶ存在、そのものであった。


「俺の名前……? 俺はギルフェンセィア」


 鎧がその名をつぶやくと、不敵に笑っていた闇の化身の気配が、苦しげなものへと変わった。


「ギルフェンセィア三号、ゼット・ワンダーだ!」


 太陽のように輝くマフラーが、闇の放つ光の中でも一際輝き、ギルフェンセィアは深紅の閃光となった。

 その直後、無限の闇が宇宙から跡形もなく消え去った。




〈G〉〈G〉〈G〉〈G〉〈G〉




 どこかで、誰かが、闇へと抗い、もがき、絶望を突き付けられながらも、僅かな勇気を胸に、善き未来を目指そうとするとき。

 その者の前に、彼らは現れる。


 自分たちを救ってくれた女神の命を受け、彼女の代行者として数々の次元と世界をまたにかけて戦う者たち。

 その名を一度口にするだけで、聞かせるだけで、邪悪は退き、善なる者は勇気を得る。


 彼らは、ギルフェンセィア。

 機械仕掛けの勇者である。


 そして、その勇者たちが歌う歌は、邪悪を祓い清め、泣きじゃくるどんな者も癒し、温かな眠りへと誘う。

 それを知る者たちはそれを、こう呼んだ。


 天使の子守唄。



お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたのであれば、幸いです。


これにて、機構のギルフェンセィア 天使の子守歌、終了と相成ります。


これから少しばかり、彼女たちのお話に付き合っていただければ、

と一番最初のプロローグで書きましたが、これだけ時間がかかってしまいました。


改めて、お読みいただき、ありがとうございました。

それでは、また別の作品でお会いしましょう。

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