エピローグ⑨
ααααα
たくさんの声が聞こえた気がして、アルファは目を覚ました。
まだまだ夜の静かさが続く自室で、何か嫌な夢を見そうだった、とアルファは不安な気持ちになって隣へ視線を向けたが、そこには誰もいなかった。
最近、ずっと一緒に眠っていたサァフが、駐屯地でサザと一緒にいることを思い出して、アルファは息を小さく吐いた。
このまま眠ってもいいが、どうしてか不安な気持ちはぬぐえず、すぐにそれは言葉にできない恐怖となった。
何が怖いのかも自分でわからないまま、アルファは布団に潜りこむが、目を瞑ると、また自分を呼ぶ声が聞こえそうな気がして、ついに跳ね起きた。
ベッドから抜け出して、そっと自室から出ると、すぐ目の前の部屋の扉を叩こうとして、やめた。また、その隣の部屋にも目を移したが、顔を背けた。
お姉ちゃんやファングの邪魔になるかも、と考えた直後、階下から水の流れる音が聞こえてきた。
父が水でも飲んでいるのかもしれないと思い、階段を降りたアルファを、予想通り、そこにはゼットの姿があった。
彼はアルファに気が付くと、手を布巾で拭って、近寄ってきた。
「どうした?」
「えと……」
怖い夢を見たから、誰かと一緒にいたい、なんて言いだすのが恥ずかしくなり、アルファは黙りこくってしまった。
ゼットは優しい眼差しで、続きをいつまでも待っている。
やがて、アルファが意を決して顔を上げ、
「そ、その! 久しぶりに、パパと一緒に寝てあげてもいいかなーって思って!」
「ん?」
「ほ、ほら! サァフお姉ちゃんがサザさんと再会できて、今は駐屯地で一緒に寝てるでしょ? 私は最近サァフお姉ちゃんと一緒に寝ていたけれど、パパはずっとずっと一人だったでし、寂しいかなーって考えたの!」
首を傾げるゼットに、アルファは自分の心の中がどうかバレませんようにと焦りながら、もっともらしい理由を捻り出し、大げさな身振り手振りでそれらしく伝えた。
「だから、今日は一緒に寝てあげる!」
アルファがむすんっと胸を張ると、ゼットは目を丸くしたが、すぐに口元を綻ばせた。
「そうだな。日の出までまだ時間はあるし、折角だから、久々に一緒に寝てもらおうかな」
「えー? もー、しょうがないなー」
お姉さんぶりながら、アルファはゼットの手を取った。
「じゃ、今日は私の部屋で寝よっ!」
「俺が入ったら狭くないか?」
「大丈夫だよ!」
その後、アルファは、数年ぶりのゼットの腕枕をしてもらった。
「腕、痺れない?」
「痺れねえよ。もう寝なさい。待ちに待った休日だろ?」
「……うん!」
怖さも不安もさっぱりと忘れたアルファが再び寝入ったのは、すぐのことだった。
彼女が目を覚ますまでに見た夢は、リリアンやミスロ、アンジュたちと一緒に、診療所で楽しく過ごしている、穏やかな日常風景であった。
寝付いたアルファを眺めながら、ゼットは空いている方の手で、アルファの背中を軽く軽く叩いてやっていた。
「なぁ、ヴァンドラ」
アルファを起こさないような声で、ゼットが私の名を呼んだ。
「ファングが言うには、もう一人ウチの弟子が来ているらしんだが、どこかわかるか?」
わかるが、どうして私がやらねばならない。分身を宇宙中に放っているのだから、自分で探せばいい。
「色々と制約があるだろう?」
その制約を着けた本人がさっき取り下げたぞ。
「俺からの依頼ってことで」
依頼と言えば何でも通ると思うなよ。
「ワッフルとバニラアイスを昼食のデザートに着ける」
そんなもので釣られると思うな。
だが、偶然にも、それらしき人物を見かけることがあるかもしれない。
その場合でも、その報酬はもらえるのだろうな?
「あぁ、わかってる。ちゃんとデザートは用意する」
ゼットは苦笑すると、それから空がうっすらと白み始めるまで、アルファの寝顔を眺めながら過ごしていたのだった。
さて、私はまんまと奴の口車に乗せられてしまったが、約束は守る奴だ。
報酬の甘味への期待が高まる中、私は早速、世界中へ広げている監視網に、怪しい動きをしている人物が映っていないかを確認し始めた。
AAAAA
海の波が打ち寄せる浜から、砂の荒野は続いていた。
草木一本も生えていないが、ぽつりと、人口建築物の跡が岩山のように砂から顔を出している。
雨や潮風などに晒され続け、補修を長く受けてこなかったため大部分が破損し、崩れ落ちているため、旅人がこれをもし見たとしても、不思議な形の岩くらいにしか認識しないだろう。と言っても、この地に旅人が訪れることは、決してないだろう。
ここは、忘れ去られた街。
そこは誰も知らない場所。
ラトゥスの存在する大陸から、海を遠く隔てた先にある大陸の、とある沿岸部に存在する太古の遺跡。
きっとこの地に誰かが来る頃には、この遺跡の風化はさらに進み、未知の建造物だと知られる前に消え去ってしまうのだろう。
しかし。
この遺跡に、神々の思惑や予想さえも乗り越えて、この世界の誰よりも早くたどり着いた者がいた。
その不敵な人物は遺跡の奥から、容赦なく照りつける陽光の下へと出てくると、大きく背伸びをした。
クセのないセミロングの黒髪と、黒茶色の瞳。彫のない幼く見える顔立ちに対して、背丈はそこそこある。
少女のようにも、少年のようにも見える旅装束の人物は、直視すれば目を損傷するほどの太陽光をものともせず、空を見上げた。
そして、ふと、何かに気が付いて。
「少し遅れると伝えてください」
そう言うと、まるで幻のように、その姿を忽然と消したのだった。




