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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第五章 牙姫襲来
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エピローグ⑧

 夜明け前、ワンダー診療所の応接間で、自ら淡く光るシューと、机を挟んで座る、澄まし顔でカップに口をつけるファング、その隣で居心地が悪そうにしているゼットの姿がった。


「……助けてくれて、ありがとう」


 先に口を開いたのは、シューだ。


「二人がいなかったら……全部終わっていたわ。本当に感謝しかない」

「恐縮ですわ」


 静かに答えるファング。

 そこには、何の感情も乗っていない。


「何事もなくて、何よりでした」


 対してゼットは、本当に良かったと、シューへ笑いかけた。

 そこには、慈愛と敬意があった。

 ファングはチラッとゼットを横目でにらむと、カップを机の上のソーサーに置いた。


「私はこれで失礼いたします。おやすみなさいませ」


 言い終わると、使った食器を流し台へ運んでから、ファングは二階へと音もなく上がって行った。


 その様子を見送ったゼットを、シューはバツが悪そうにしながらも、視線を向け続けていた。


「……昼間、あの子の言った通りだったわ」


 ぽつりと彼女の口からこぼれたのは、昨日の昼間、ファングがシューと、その姉であるフィナへ語った事についてだった。


「アンタたちからもらった、あの映像……あんな事になっているなんて、思ってもみなかった……うぅん、考えないようにしていた」


 ゼットは表情を崩さず、口も出さず、シューの言葉へと耳を傾けていた。


「この世界を守るために……って思っていたけれど、私は、自分のことばかりで、敵討ちのことばかり考えていた。今でも、特にあの逆さをやっつけてやりたいって気持ちはあるけれど……そのために、この世界や、他所の世界を危険に晒して言い訳じゃないものね」


 シューは小さく息を吐いて、まっすぐにゼットを見つめた。


「今更だけど、アンタへの邪神残党の追撃を、依頼するわ」

「申し訳ありませんが、承ることはできません」


 静かなゼットの拒否に、シューは呻きながら上半身を仰け反らせるが、すぐに食って掛かるように、前のめりになった。


「ちょっと、何で断るのよ! やっぱり、怒ってるの?」

「いえ、怒っていませんよ」

「だったらどうして? 今更、虫が良すぎるから?」

「いえ、それも違います」

「じゃあ何でよぉっ!」


 どこか神秘的な気配は崩れ去り、見た目の年相応……にしては少し幼い反応を見せたシューを、ゼットは生暖かい目で見守っている。

 彼は椅子から立ち上がると、シューのカップに新しく茶を継ぎ足し、彼女の前へと置いた。


「実は、この件に私たちの仲間で関わっている者がいまして。その者が一番危険に晒されている次元を中心に回ってくれていたので、そこと、この世界以外に残党は現れないようになっているのです」

「は、はぁ?! 何それ。アンタたちの他に、関わっているギルフェンセィアがいたの?!」

「はい。私も予想はしていましたが、ファングからの情報で、それは確実なものとなりました」


 ゼットは座り直すと、自分のカップに口をつけた。


「ですから、貴女やラトゥス様からの追加依頼の通り、この次元の、この星で、奴らの残党本勢力を迎え撃ちます」

「わ、私は敵本部へ行ってきて欲しいって新しく依頼したいんだけれど……」

「それに関してなんですが……」


 ゼットは、若干の申し訳なさをにじませながら、顔と視線を僅かにシューから逸らした。


「その、先の件の仲間がですね……自分が最初に赴いた世界以外はもう大丈夫だから、私はここで敵を迎え撃ってほしい、と申してきまして」

「え、いや、私、依頼主の妹なんだけれど……そっちよりも仲間の言葉を優先する気?!」

「それに関してなのですが……十年前にも申し上げたように、依頼主はラトゥス様なのです。ある程度までの話であれば問題ないのですが、そう言った依頼はラトゥス様以外からは受け入れられないんです」

「嘘つきなさい! アンタ、臨時依頼をお兄様たちや他のお姉様たちからも受けているじゃない!」

「これに関してはもう決定事項でして」

「なーにが決定事項よ!! やっぱりアンタ怒ってるんじゃない!!!」

「怒っていませんよ」

「嘘こけぇー!!」


 シューが喚き騒ぐが、二階のアルファたちが目覚めることはない。

 私と女神が張った結界の中なのだから、当然と言えば当然の話ではある。


 言いたいことを言い切ったらしく、シューは静かになり、姿勢を正した。


「もういいわ。どれだけ言っても聞いてもらえないのでしょうし。で……残党の本勢力って、正直どんなものかしら?」

「正直に申し上げますと、十年前の勢力よりは弱いでしょう」

「私やお姉様たちだけで勝てる?」

「無理です」


 理由も告げない、しかし確信の籠ったゼットの言葉に、シューは眉を潜めた。


「十年前のアイツらよりも弱いんでしょ?」

「えぇ。女王がいないだけで、戦力差は天と地ほどに変わりますから」

「……つまり、それ以外は……」

「むしろ、あの時よりも、配下たちの総合戦力は強いでしょう」

「いや、アンタにとってはそいつらが加わったところで全く問題ないでしょうが」

「それは否定しません」

「コイツ……」

「事実ですから。ともかく、我々は、この地で奴らを迎え撃ちます。もちろん、ミスロたちを含めた、この星の命たちには被害が及ぶことのないようにしながら」

「ぐぅ……でも、今夜だってミスロたちを巻き込んだじゃない!」

「その辺りにぬかりはありません。そして、何百年後かに現れるであろうダンジョンや魔物、魔族に対する技術や心構えの構築を、彼女たちはこれまでの経験から行うのですから、あながち無駄という訳でもありません。むしろ……そいつらよりも、今の敵の方が余程恐ろしい」

「し……正気なの?」

「それも含めて全部覚悟した上で、十年前にあのような事を申されたのでしょう?」


 穏やかさの中に、言葉にしがたい圧迫感を覚えて、シューは口を噤んだ。


「大丈夫です。弟子たちを育てた時は、もっと酷い環境へ放り込むことも少なくなかったですから」

「アンタたちとウチの(ミスロ)たちを比べないでくれる?!」


 荒っぽく立ち上がり、踵を返したシューの背中に、ゼットは穏やかに声をかけた。


「ところで、この世界にあの子と私が留まって、よかったことがあります」


 シューは足を止めるが、振り返らない。


「無垢なたくさんの命と、サァフとサザが明日を迎えられたことです」

「……あんまり、調子に乗らないでよね!」


 急いだ口調で言い捨て、シューは姿を消した。

 彼女が消え、暗くなった部屋で、ゼットは肩を竦めると、カップを片づけ始めた。




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