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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第一章 ワンダー診療所へようこそ!
9/91

chapter8


 翌日、アルファはリリアンと一緒に大広場へとやってきた。

 大道芸という娯楽を求めた人々で埋まっているが、昨日にはなかった大きな舞台が作られており、遠くからでも見物できようになっていた。


「もう少し早く来ればよかったね」

「諦めるにはまだ早いわアルファちゃん」


 二人は周囲に建てられた屋台でリンゴ飴を買うと、他の人にぶつからないルートを探しながら、どうにかこうにか近くでみることのできる場所へと出ることができた。最前列の少し斜め前あたりだが、楽しめないことはない。クラスメイトや他の子どもたちも、二人と同じように出来るだけ前へと出てきていた。時折目が合うので、手を振って挨拶を交わす。


「あれ、ミルシャ?」

「あら、奇遇ですわねアルファさん」


 ふと隣へ視線を向けるのと同タイミングで人混みの中から顔を出したミルシャに、アルファがほんの少しだけ驚いた。遅れて顔を出した取り巻きの少女が小さく会釈してきたので、アルファたちも頭を下げる。


「ミルシャたちも見に来たんだ」

「えぇ。本当はもう少し早く来たかったのだけれど……まぁいいわ」


 取り巻きの少女からリンゴ飴を受け取ったミルシャは、流れるような動作で布かれた布の上に腰を下ろした。

 アルファたちもその隣に座ると、取り巻きの少女も反対側に陣取った。


「でもミルシャ、前にサーカスや芝居なんて平民の娯楽だーって言ってなかったっけ?」

「えぇ、言いましたわ」

「じゃあ何で来たの?」

「あら、私が平民の娯楽を見てはいけないのかしら?」

「ぇー……」


 アルファは何だか釈然としない視線をミルシャへ向けるが、彼女はそれを無視しながらリンゴ飴を齧り、「あら、平民のおやつも悪くないわね」と笑っていた。

 それから間もなく、昨日広告をしていたピエロが舞台に飛びあがり、辺りに歓声が巻き起こった。


「老若男女、紳士淑女の皆さま、大変お待たせいたしました! これより、当一座によるサーカスを始めさせていただきたいと思います!!」

「始まったわ!」

「昨日の玉投げ、またやるのかなぁ?」

「お二人とも、お静かに……まぁ、凄い!」


 興奮と喜びにあふれたアルファたちが見守る中、ピエロが玉乗りをしながら玉投げを始め、歓声が湧きおこる。

 アスカスの街で、楽しい夢ような時間が幕を開けたのだった。



               ααααα



 猛獣使いの火の輪潜りや玉転がしの後、踊り子と数名の楽師が舞台に上がり、観客たちの歓声が一際上がる。男性が多いのはご愛嬌という奴か。

 そこへ、出番を終えたほかの団員たちが舞台の下に現れ、彼らを代表するようにピエロが前へ躍り出る。


「さぁさ、我々と共に踊っていただける方はいらっしゃいませんでしょうか? 特に私は踊りが下手故、エスコートしてくださる方がいらっしゃればなおのこと嬉しいのですが」


 そう言われて、恥ずかしがる者、意気揚々と前へと出る者と様々な反応が観客たちの間で見られ、最終的にピエロだけが一人残ってしまった。もちろんこれは演技で、手を伸ばそうとして他の団員たちが出てきた客を捕まえてしまう。それを見て、観客たちも苦笑を漏らす。


「あぁ、どうか私と踊ってくださる方はいらっしゃらないだろうかぁ? あ、ちょっと待って! 待ってってばぁ!」


 いかにも哀れな声を出すピエロを無視して、楽師たちが演奏を始めようとするのを必死に止める姿が、また笑いを誘う。

 その時、ピエロに一人の少女が歩み寄った。

 アルファだった。


「おぉ、貴女は昨日のレディ!」

「こんにちは」


 恥ずかしさにはにかみむアルファに、ピエロはそっと笑みを浮かべ、大仰な礼をしながら手を差しだした。


「麗しき私のレディ、一緒に踊っていただけますかっ?」

「うんっ!」


 アルファが手を取ると、ピエロが楽師たちに振り返り、演奏が始まった。

 独特の旋律と音が奏でる舞踊曲に合わせて、団員と観客が踊る。団員達にエスコートされて何とか踊る者、学校で習ったと見事なステップを踏む者など、それぞれが楽しそうに音楽に合わせて踊りまわっている。

 その中で、アルファはピエロの滑稽ながらもしっかりとエスコートしている不思議な踊りに翻弄されながらも笑顔を浮かべている。


「まるで絵本の中みたい!」

「楽しんでいただけたようで、私、嬉しいかぎりですね!」


 くるりと回り、客席へと視線が向く。ふとその中に、アルファは最愛の人の姿を見つけることができた。

 ゼットである。

 アルファが気づいた事を察すると、小さく手を振ってきた。


「どうかされましたかっ?」

「うぅん、なんでもないよっ!」


 学校や家でいくつかの踊りを教えられているアルファは飲み込みが早いこともあり、あっと言う間にピエロのエスコートにしっかりとついていけるようになっていた。ゼットが見ていると知ったことで、何かのスイッチがはいったようで、少し気恥ずかしそうだが、表情は先ほどよりも華やいでいた。


「おや、ステップがお上手ですなぁ!」

「えっへんっ!」


 そんな楽しい踊りの時間はあっという間に過ぎ去り、拍手を送られながら、観客たちは舞台から離れていく。

 客席へ戻る前にゼットの下へと駆けようとしていたアルファだったが、彼の姿がどこにもないことに気付いて、少しだけがっかりしたように肩を竦める。

 しかしすぐに気を取り直し、スカートの裾をつまんでピエロに小さくお辞儀した。


「ありがとう麗しの花!」

「ピエロさん、ばいばい」


 アルファはピエロに小さく手を振り、艶々とした笑顔を浮かべたリリアンたちの下へと戻って行った。



               ααααα



「おい、それは本当なのか?」


 大広場から少し離れた場所にて、ライカの抑えた声音の質問に、ミスロは静かに頷き返した。


「あぁ、確かな伝手からの情報だ」

「いつものところか……わかった。皆にも情報は回しておくわ」

「頼む」


 ライカが走り去っていくと、ミスロは人が行き交う大通りへと振り返った。何かがあった訳ではない。よく見知った人物が何気ない顔でこちらを見てから、人込み紛れて姿を消したところを見ただけだ。


「今回も、私たちの手だけで解決したいところだが……もしもの時は、頼む」


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