chapter9
「ステキだったわぁ」
「まぁ、悪くはなかったですわね」
「えへへ……」
楽しそうなアルファたちの様子を、ピエロは今一度振り返って確認し、小さく苦笑を浮かべると、一足遅れて舞台袖の天幕へと入って行った。
先に戻っていた団員たちは給仕が用意した水を各自煽りながら、一座のマドンナである踊り子に目を向け始めている。
その様子に白い目を向けたピエロも水を受け取ろうとしたところで、その動きを止めた。
天幕に、見知らぬ軽装姿の女性二人が入ってきたからだ。
王国騎士団。
この国の秩序と平和の守護者たちだ。
突然の訪問に気が付いたのはピエロと数名の団員だったが、すぐさま座長が騎士たちへと近づき一礼する。
「座長殿、すまないが、少しこの中を調べさせてもらいたい」
そう言いながらそれとなく視線を天幕の中へ向けていた騎士と目が合った。
その瞬間、騎士の目が細められ、ピエロは脇目も振らずに天幕から抜け出した。
「ミスロっ!」
「あぁ、追うぞ!」
後ろから聞こえてくる声を聞きながら、ピエロは舌打ちする。
「どうしてバレたんだ?! けど、素顔は見られていない、捕まるものか!」
そのまま裏通りを素早く駆け抜け、誰にも見られることなく宿泊先へと辿りつき、ベッドの下に隠していた剣を引っ張り出す。
遠くから警笛が聞こえる。
ピエロは窓から飛び降り、猫よろしく衝撃も音も無く着地した。
そこへ、先ほどとは違う騎士二名が通りの向こう側から姿を現し、警笛を鳴らす。
「しつこいわね!」
悪態をつきながら疾走する。常日頃、心身共に鍛えている騎士たちと互角か、それ以上の速さで道を駆け抜け、時に人々の間を縫うようにして逃走する。
もしこうなった時のために、予定とは別の合流地点がある。そこまで逃げれば、如何に王国騎士と言えど、簡単には見つけられない。
後は伝令が王都へ届く前に、今頃仲間たちが見つけているだろう抜け道を通ればいい。後は、自分の剣が仲間たちの道を開く。
そう考えるピエロの表情は浮かない。今の状況を焦っているのは確かだが、それとは別の感情が思考を過ったからだ。
「何を考えているんだろうな」
目を細めて感傷をやり過ごしながら走り続けていると、やがて遠くで警笛や捜索の声が聞こえるものの、どうにか騎士たちを巻くことに成功したことを悟り、ピエロは近くの建物へと背中を預けた。
早急にこの街を出なければならない。門は閉められているだろうから、緊急時の脱出経路までもう一走りしなければと考えた時だった、
視界の端に、何者かの姿が映り込んだ。
「っ?!」
顔を上げると、一人の青年が表道路から視線を寄越していた。
身長はそこらの成人男性よりも高いだろうか、少し華奢な印象がある。クセのない黒髪と、彫が少ないためか幼い印象を受ける独特の顔立ちをしていた。もしかしたら、まだ成人していないのかもしれない。
しかし、ピエロは見た目で油断しなかった。
視界に捉えるまで、気配を一切感じなかったのだ。
「どうしたんだ、道化師さん。サーカスを追い出されでもしたのか?」
冗談めかして声をかけてくる青年に、ピエロは警戒を解かずに困ったような笑みを浮かべる。
「いえいえ、少し忘れ物がありまして、へへっ、舞台が終わる前には戻れますので」
「そうですか。ところで、その風変りな剣が忘れもので?」
青年の言葉に、ピエロは思わず柄を握りしめる。
この男が騎士たちへと声をかける前に始末しなければ、と即座に判断し、ブレのない歩みで音もなく接近して抜剣する。
瞬間、横薙ぎに振るわれた、刀身が波打った形をしている奇妙な剣が青年の命を刈り取った……はずだった。
「一瞬迷ったろ?」
「っ?!」
上半身をわずかに半歩後ろへ引くという、最低限の動きで剣を避けた青年に、ピエロは目を見開いた。
しかし驚愕は一瞬の事で、すぐにもう一度剣を振るう。今度は一切迷いはなかったが、これも軽く避けてしまった。
「元々騎士を目指していたのか……ウェーレ王国騎士の剣筋がベースみたいだが、珍しい技だな。さらにそこへ無理やり暗殺者向けの剣術を覚えて、融合させた独自の暗殺剣ってところか」
「お前っ……?!」
「こういう剣も必要な時があるだろうから、否定はしないけどさ? アンタは正道の騎士になった方がいい。そう、女王や王女の護衛だな。この腕なら文句なしで雇ってもらえる。暗殺剣よりも、アンタ自身の技の方で、だ」
知った口を叩く青年に、ピエロは苦虫を潰したように顔を歪める。静かな怒りと憎しみを乗せた剣の舞は、しかし一度たりとも減らず口を叩く男を掠めることすらなかった。
「今からでも遅くはない……かどうかは今後のアンタ次第だが、手を引いて田舎に帰ったらどうだ?」
「できるか、そんなこと!!」
「アンタ、いや、アンタたちの目的が潰えたのにか?」
「……何?」
聞き逃せない言葉に、動きを止める。青年は逃げ出すことも反撃することもなく、ピエロへ視線を向けたままだ。
「潰えた……どういうことだ?」
ピエロは目の前の男が何だか恐ろしくなってきた。
彼の言う通り、自分は元々騎士を目指していたし、その頃から格上相手にも通用する剣を振るっていた。それを更に鍛え上げ、いずれは故郷と女王閣下をお守りすることを望んでいた。
それを剣筋を見ただけでそれらを悉く見破り、さらに計画が潰えたと口にする青年の目は一切揺らがない。
その時にピエロは悟った。
自分の居場所を騎士たちへ知らせたのは、恐らくこの男だ、と。
「何なんだ……お前は?」
「ただの街医者さ」
青年が身を引くと、いつの間に来たのか、先ほど天幕に入ってきた騎士二名の姿があった。
「という訳で、俺には荷が重すぎるから、後はプロに任せるわ」
「待て、女に任せる気?!」
苦し紛れのピエロの叫びに、青年は肩を跳ねさせて気まずそうに振り返り、それから騎士たちへと顔を向ける。
「痛いところついてくるよなぁ……」
「気にするな」
視線をピエロから逸らさず、前方に立つ栗色の髪の騎士が口を開く。そこに青年を責める気配は全くない。
「お前はただの医者で、我々は騎士だ。市民を外道から守ることも職務の一環だ」
「っ!! ほざいてんじゃないわよ!!」
血走った目で前方の敵を見据えるピエロが瞬く間に接近し、その剣を振るう。
青年と違い、栗色の髪の騎士は少し驚きながらもそれを弾き、続けて振るわれる剣を避け、避けられないと判断したものはいなした。
「ちっ、また防がれた!!」
「無音の剣……それにその奇妙な刃……毒蛇の剣、か」
騎士は静かにそんな感想を漏らした。その視線はピエロの持つ剣へと注がれている。
「まさか、風の噂に聞いていた無音剣の使い手が暗殺者とは……」
「驚いたか、正統派の騎士様?」
これこそが、騎士を目指していた自分の切り札であり、暗殺者への道へ引きずり込まれた原因となった技。
文字通り、音もなく剣筋も見えない一撃を破った者は今の今までおらず、暗部のトップさえ目を見開く恐るべき存在だった。
その無敗の無音剣を真正面から見切り、防いだ二人の男女に、ピエロは今度こそ恐怖した。軽口を叩いてはいるが、声は情けないほど震えている。
同時に、逃げてもどうせ捕まるのだと半ば自棄になり、かと言って自害する気力もなかったが故に、切っ先を騎士へと再び向ける。
「どの道、捕まれば極刑……だったら、ここで一人でも道連れにしてやるっ!!」
再び振るわれた無音剣は、しかし騎士を捉えることはなかった。
失敗した、と理解したのと同時に、腹部を鋭い痛みが襲い、意識が暗転していく。
「騎士になることもできず、結局、暗殺者として地獄へ行くんでしょうね」
そんな感想を自然と頭に浮かべながら。




