エピローグ⑥
「通信も、脱出も、全部封じられている今、残す言葉も何もある訳ないでしょう。ですが、強いて言うならば……」
逆さが再び空を仰いだ。
ベルもつられて見上げるが、そこにはいつも見ている、満点の星空が浮かんでいるだけだった。
「今、この宇宙に、精鋭の部隊が到着しました。貴女の戦闘能力は大したものですが、力を失った彼と共に、強化されたあの神々の軍勢を止められますか?」
「何だと?!」
ミスロが息も絶え絶えに、しかし驚愕を抑えきれないと言った声音で叫んだ。
視線を戻せば、彼女を支える少女も、体を震わせていた。
「逆ささん……貴女は……まさか……!」
「えぇそうですよブディさん。私は時間稼ぎ。彼を止める、または仕留めるための捨て駒です。本命はあちらです」
「どういうこと?」
話に着いて行けないベルと同じ疑問を、ライカが口にした。
それに、逆さは穏やかな様子のまま、慇懃な執事や女中のように、恭しく右手を夜空へと向けた。
「詳しい説明は省きますが、この夜空の向こう側は、宇宙空間と呼ばれる場所になっています。そこには、あの輝く星々の世界が広がっているのです。と言っても、星たちとの距離は、残念ながら人類クラスでは絶望的に離れてしまっているので、相当精神力がないと」
「小難しい事はいらないから、本命とやらについて教えてくれる?」
ライカが若干苛立ちを込めて催促する。
「そうですね。では単刀直入に言いましょう。この星目がけて、私たちの仲間の大軍勢が来ます。そうですね、弱体化もほとんどかかっていないはずなので、誰も彼もが、万年雪がかかっている山以上の大きさになっていることは保証しましょう」
「はぁ?」
ここに来て、そのような嘘みたいな話をされても、ベルはぴんとこなかった。
だが、ミスロとマントの少女だけは戦慄の表情で固まり、ライカも絶句している様子に、ベルもようやく相手の言っていることが真実なのかもしれないと思うようになってきた。
「嘘、よね?」
「本当です、ベルさん」
答えたのは、マントの少女だった。
「今、逆ささんが言ったのは、一番小さい体格です。私が知っている限りでは、ラトゥス王国と周辺国を合わせてようやく匹敵する大きさの方や、この大陸に匹敵する巨躯の方もいました」
「貴女も何を言っているの? と言うか、貴女は何者なの? こいつの仲間なの?」
「その話は今は省きます。ベルさんたちにお教えできるのは、貴女がたの想像を超えるような、どうしようもなく大いなる存在が、この世界へ、このアスカスへ向けて侵攻してくる、という事です」
少女の言葉には、真実味があった。
理解したくない事実が、ベルの心に重たくのしかかってくる。
重たい沈黙が降りるベルたちとは対照的に、逆さはあっけらかんとオートバイの頭へと寝そべっていた。その顔は勝利を確信しているというよりは、諦観しているようであった。
「大丈夫じゃないですかねぇ? もし攻撃してきても、皆さんが何か感じる前に星が砕け散りますし、他の星の皆さんもまとめてあの世行きですから、案外寂しくないかもしれませんよ?」
「この、言わせておけば……!」
「落ち着け、ライカ……」
まだ息の荒いミスロが、膝立ちになって、逆さへと向き合った。
「逆さ……今ならまだ間に合う……」
「何をおっしゃっているのやら……なんて、とぼけるのも野暮ですね。どうなんです?」
先ほどからずっと沈黙し、微動だにしない緑の騎士へ、逆さが問いかけた。
騎士は剣を突き付けた状態のまま、頷いた。
『我が師がその気なら、貴女はとっくの昔に消されています。それが例え、依頼主の妹君の言葉による縛りがあったとしても』
「あー……あ~、やっぱりそうだったんですねぇ……はぁ…………」
騎士の言葉を聞いた逆さが、オートバイからずり落ち、そのまま石畳へと座り込んで、空を仰いだ。それは、怪人でもなんでもなく、諦めがついて何もかも放り出した、一人の女性の姿そのものだった。
「どーりで違和感があった訳ですよ。やっぱり弱体化なんかしてなかったじゃないですか。そりゃそうですよねー。最強無敵の我らが女王様とその一味をたった一人で秒殺した奴が、たかだか十年ぽっち食っちゃ寝してた程度で弱くなるはずないですよねー。あー、すっかり騙されましたよ。しっかも理由があのお嬢さんの我儘とか、くっっっっっっっっそっしょ~~~~~~もない理由で縛りプレイしてたせいとか、本当嫌になっちゃいますね、もう」
先ほどまでの、どこか淑女然としていた態度はどこへ行ったのやら、言葉遣いも口調も投げやりになった逆さは、ついには笑い出した。
「こりゃ私たちの負けですよ、ベルテス様~って聞こえてないか。とりあえず、何も知らずに宇宙へ顔を出したであろう精鋭軍の皆さまにはご愁傷様と言っておきましょう。
あ、私、ブディさん側に着きますね」
図々しい逆さの寝返り宣言に、ベルは怒りを通り越して、呆れの感情を抱いた。あれだけ自分たちを殺すと言っていた超存在の呆気ない姿に、すっかり毒気も抜かれてしまった。
「一昔前なら、捕虜にするのも腹の立つ奴って、斬り捨てられそうなことやってるわね」
「あははははは! 何度でも言いますが、いくら弱体化しても神なので、皆さんが寄ってたかって攻撃しようと痛くもかゆくもありませんし、なんなら触れた側はさっきのナイフや剣みたいにバッキバキに粉砕されるので~」
「え、何それ、怖っ」
妙に余裕があると思ったら、そのような理由があったのか、とベルは思いっきり引いた。
「どこまでも化け物ね……」
「化け物じゃなくて神ですって、ライカさん。それより、そこの若草色のお嬢さん? あの人は一体、今どこにいるのですか?」
再び逆さに尋ねられた騎士は、無言で空を指差した。




