表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第五章 牙姫襲来
85/91

エピローグ⑤

 一矢報いたはずが、それすらなかったことにされた。

 ベルは悔しくてたまらず、腹の底から怒りの唸り声を漏らしながら、逆さへと短剣を投げつけた。

 しかしそれも、逆さが何気ない様子で挙げた右手の人差し指と中指でいとも簡単に受け止められ、彼女がほんの少しだけ動かした指の力で、あっさりと刃は砕け散った。


 その一瞬の隙を突いたライカの剣の投擲も、逆さは短剣の残った柄を取り、上へ向けて弾いて、止めてしまった。逆さの背後に落ちた剣は、刃が半ばから失われていた。

 短剣の柄も後ろへ放り捨て、逆さは笑顔のまま言った。


「最後に言い残すことはありますか?」


 今度こそ終わった。

 悟りながら、ベルは微かに燃え続けてくれていた勇気を胸に、精一杯睨み返した。


「お二人ともないようですね……では、さようなら。よい夢を」


 滅亡の輝きが強まる中で、ベルは最期まで逆さから目を逸らさなかった。


 ただ、その胸中では、一緒に戦ってくれたライカやミスロ、親友のエール、その兄である自分の想い人のゴードン、第一小隊の仲間の顔が浮かんでは消えていった。

 アスカスの市民たち、今も仲睦まじい家族のこと、ワンダー診療所の面々、サァフとサザの姉妹、ゼット……そして最後に浮かんできた顔は、自分を見上げてはにかむ、アルファだった。


 セルフィナ様、どうか、あの子たちを、皆をお守りください。


 それが、光の中に消えていく、ベル・オルターナの二十一年という生涯における、最後の想いであった。




 体が軽くなったことを感じて、ベルは、あぁ、自分は死んだのだ、と考えた。

 動かなかった足も、今は動かせるようになった。

 浮遊感を覚えて、このまま、女神たちの下へと召されるのだと思うと、安堵する反面、悔しくもあり、心残りもたくさんあって、哀しくなった。


 ライカも一緒に来ているだろう。少しすれば、ミスロも後を追ってくるに違いない。

 女神と出会えたら、あの逆さたちをどうか止めて欲しいと懇願しよう。願わくば、仲間やアルファを守るために、もう一度だけ魂を輝かせて、奴を止めるための一助となれば、とも考えた。


 閉ざされた視界の中に、光が生まれる。

 女神たちの国へ着いたのか。

 目が、徐々に開かれていく。

 その感覚に僅かな疑問も覚えることなく、ベルが最初に見たのは、まばゆい光の中で自分を見下ろす、ライカの顔だった。


「ライカ……女神様たちはどこかしら?」

「しっかりしなさいベル! ほら、起き上がって!」

「へ?」

「あぁもう! ほら、手伝ってあげるから!」


 状況がよく呑み込めないまま、ライカに手助けされて立ち上がれたことで、自分が後ろ向きに倒れかけていたのだと気が付いた。

 意識が、途端に覚醒する。


「私、生きてる?」

「皆生きているわよ」


 昼間のように明るい世界で、ベルは周囲を確認する。

 膝をついたミスロと寄り添うマントの少女が、茫然と一点を見ている。

 そうだ、逆さはと見れば、彼女は表情が抜け落ちた顔になって、ミスロたちと同じ場所を見ている。

 見上げれば、ライカも彼女たちの視線の先へと集中している。


 ふと、ベルの目の端を、小麦色の輝きが過る。

 そして、ベルは見た。視線を少しだけ、落とした先で。




 自分とライカの前で背を向け、片手を上へと上げる、小柄な緑色の鎧を纏った何者かの姿を。

 小麦色の輝きは、鎧の人物の襟巻で、それは風もないのに揺らめいている。


 まるで、見渡す限りの草原と、良く実った小麦畑が不思議と美しく調和した光景が目の前に浮かんでくるようだった。




 あれほど哀しかったベルの心は、童心に返ったようにきれいサッパリと嬉しさと安らぎで一杯になっていく。エールやゴードンと一緒に若草萌ゆる草原を駆けまわり、干し草をベッド代わりにして戯れていたあの頃を思い出し、頬に暖かな感触が伝わっていく。


 やがて、頭上の光が消える。

 夜の世界に戻った薄暗い街で、干し草にも小麦畑の色にも捉えられる不思議な淡い輝きを放つ襟巻が、それを纏う緑の鎧と周囲を、ベルたちを優しく照らしていた。


「綺麗……」


 ベルは心からわき出した感情を、無意識に口にしていた。


「嘘でしょう……?」


 対して、ようやく口を開いた逆さは、ベルとは真逆の感情が籠った言葉を口にしていた。

 そこには、戸惑いが、目を背けたい気持ちが、絶望が、ありとあらゆる拒絶の意志が込められているようであった。


「二人目……? 分身ではなく、完全に別の個体? 嘘、嘘でしょう! まさかそんな! 彼一人だけではないのですか?!! 新しく作りだしたというのですか?!!!」


 激しく狼狽する逆さの言葉に、誰も答えない。

 そんな中、緑の鎧の人物が掲げていた右手を降ろした。いつの間にか、椀を想わせるガードに、炎を想わせる装飾が施された柄の、剣が握られている。

 ただ、それが剣なのかどうか、ベルにはわからなかった。

 何故なら、刃の部分が、縫い針を大きくしたものだったからだ。ベルは持ちうる限りの知識と照らし合わせてみたが、刺突用の武器にしてもそれの刃は細すぎた。


 だが、美しかった。

 その針のような剣も、それを持つ緑の鎧も、何もかもが、どんな絵画よりもベルには美しく見えた。




『……よく頑張りました』





 鎧が、幼い少女の声を発した。力強く、気高く、しかしどこか気遣う気配がある、優しい声音だ。

 予想外の出来事に困惑したベルだったが、鎧の人物が自分たちに話しかけてきたのだと理解するのには、時間はかからなかった。


『僅かな勇気と貫く意志、しかと見届けました』


 まるで伝説やお伽噺の中に出てくる騎士のように、威厳溢れる言葉と共に、緑の騎士は剣を振るった。

 何もない中空を、しなやかに曲がる細身の刃が走ったその直後。

 上空の巨人がバラバラになり、ベルたちへと落ちてきた。しかし、それは一番高い家屋の屋根に当たることなく、突然、光の粒子と化し、消え去った。

 ベルたちが為す術もなかった鎧の巨人は、呆気なくアスカスの空から消え去った。


『安らかに眠りなさい』


 静かに、自分よりも幼い子を寝かしつけるように、緑の騎士は静かに哀悼の言葉を口にした。

 そして、一拍も置かずに、その切っ先を逆さへと向けた。


『何だかんだと手心を加えてくれていましたから……最後に言い残すことはありますか?』


 身動き一つ取らずに呆けていた逆さは、騎士の最終宣告を受けて、肩を落とした。

 その顔は、どこかすっきりとしていて、ベルたちを翻弄していた時の邪悪さはどこにもなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ