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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第五章 牙姫襲来
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エピローグ④

「もう五分になりますよ。いい加減、遅すぎませんか?」


 彼女の言葉に合わせて、上空の巨人の全身に、再び光の線が走った。巨人が両腕をアスカスへ向ける。

 すると、逆さがベルに顔を向けてきた。


「さぁ、ベルさん。呼んでください」


 突然の脈絡もない言葉の意味を理解できるはずもなく、ベルは震える唇で聞き返すのが精いっぱいだった。


「何、を?」

「ミスロたちから聞いているでしょう? 最近、貴女たちを助けてくれている存在について」


 赤い鎧の騎士。

 ベルは思い当たる言葉に、息が口から洩れた。


「思い出しましたか? そう、その人物です」

「呼んだら……来てくれるの?」

「ベル、アンタ何を」

「ライカさん、そろそろお口にチャックしちゃいますよ? えぇ、そうです。彼は助けを呼ぶ声に、きっと来てくれるはずです。ですから叫びなさい。そうすれば、私は本当に貴女がたにも、アスカスにも攻撃はしません。私の目的は、彼と、姫様だけなのですから。時間稼ぎも、彼を待つために行っているようなものですから」

「ベルさん……だめ……です……」


 マントの少女の呻き声が聞こえる。マントの上からではわからないが、右腕の負傷は相当のものなのかもしれない。

 これ以上はダメだ。

 ベルは叫ぶために大きく息を吸い込もうとしたが、


「貴女は……貴女の心は……本当に……砕けてしまったのですか?」

「……ぇ?」


 自分よりも年下らしい少女が、こちらを見るその目に、ベルは目を見開いた。


「さぁ、さぁ、さぁ! ベルさん、呼びましょう。大声で、親を呼ぶように、英雄を求めるように、彼を呼ぶのです!!」


 舞台役者のように逆さが両手を上げる。

 ベルは、それにつられるように顔を上げ、今度こそ息を吸い込み、そして。


「嫌だ」


 一瞬の静寂の後、逆さは腕を下げ、顔を再びベルへと向けた。その目元は、笑っていない。


「おや、聞こえませんでしたね。何とおっしゃいましたか?」

「嫌だって言ったのよ。確かにアンタは凄いかもしれない。私じゃどうしようもないってくらい、嫌なくらいに思い知らされた。正直、逃げ出したい気持ちで一杯よ」

「では、私の言う通りにしてもらえれば」

「でも! 色々好き勝手しておいて、今度は親友たちの恩人を差し出せって……ラトゥス王国騎士、舐めないでくれる?」


 ベルは見た。

 マントの少女の目が、まだ闘志を失っていなかったことを。

 動きを封じられたライカが、剣を構え、真っ直ぐに逆さを睨んでいたことを。

 蹲るミスロが、剣を杖にしてでも、逆さへ顔を向けながら立ち上ろうとしていたことを。


 その光景が、どうしてかベルの折れかけていた心に侵略していた逆さの甘言を跡形もなく吹き飛ばしたのだ。

 震える心を、落ち着かせるために、深呼吸をする。


 動けない程度がなんだ。見習い時代に、筋肉痛で足どころか、全身ロクに動かすことができない状態で、当時教官だった現隊長のソーマと打ち合った時の方がよっぽど怖かったし、死ぬかと思った。

 思い出すと、また、ベルの心に勇気が湧いてきた。


 そして、芋づる式に頭の中に浮かんできたのは、哺乳瓶から乳を飲みながら、こちらを見上げるアルファだった。

 あれから十年経った。

 彼女は、強い子になった。自分を産んだ時に亡くなった母親のような存在を出さないために、父親の跡を継いで医者になろうとしている、強い意志を持っている。

 自分たちから見ても眩しすぎる剣の腕を持ち、それを誇示することも鼻にかけることもなく、純粋に剣術を楽しむ、負けず嫌いな子。


 そうだ。あの時の赤ん坊だった子は、この前、雲の上の存在であったエウィ副隊長の脅しにも、屈しかけながら最後まで立ち向かったではないか。

 状況も何もかもが違うのに、あの時のアルファの姿が、ベルに最大の勇気を与えてくれた。


「よくわかんない言葉で惑わせて、恩人を引き渡したら無事に済ませる? ミスロの手紙を読んだなら、考えなくてもわかるわ。アンタたちは、そんな甘いことはしてくれない」

「いいえ、いいえ。今回は本当に見逃してあげますよ? えぇ、本当です」

「それが事実だとしても。私の大切なものを全部守ってくれた人を売り渡せば、助かる?」


 そして、ベルの頭に浮かんだのは、アルファの父親であるゼットが教えてくれた、ある言葉だった。

 先ほどよりも怒りと否定を込めて、それでいて冷静に、冷たく、端的に。

 ベルは逆さを睨みつけながら口を開いた。


「だが断る」


 言い終わるなり、ベルは腰を深く落とし、体の動ける場所全てを使って生み出した力で、水平に構えた剣を投擲した。


 真っ直ぐ飛んだ必殺の一撃は、しかし逆さの体に突き刺さることなく、飛んだ勢いのままぶつかり、切っ先から柄頭まで粉々に砕け散った。

 想定外の結果が広がる現実に、しかしベルは不敵に笑った。


「ちぇっ、兄様くらいの背力がないとダメか……」

「宣戦布告と見なしますね。残念です」


 逆さが無感動に告げ、上空が輝き出した。

 今度こそダメだと思いながらも、ベルは笑った。


「よく言うわよ」

「先に宣戦布告しまくってきたのは、そっち側じゃない」


 ライカもつられたように笑った。


「そう思わない? ミスロっ!」

「ん?」


 逆さが首を傾げてミスロへと顔を向け、目を見開いたのが、ベルには見えた。


 逆さの死角になる位置で、マントの少女に支えられて立つミスロが、光り輝く剣を最上段に構え、空を睨んでいた。


「私が施せる追加強化はここまでです! 後はお願いします!!」

魔法剣(エンチャントカッター)ァァァァァァァァァァッ!!!!!!」


 雄叫びに合わせて輝きを増した剣が振り降ろされると、剣身が光となって伸びた。

 そして……上空の巨人へと届き、突き出されていた両腕を斬った。爆発が起き、今に弾けそうだった破滅の光が消えた。


「何ッ?!!」

「言ったでしょ……王国騎士、舐めるなって」


 狼狽する逆さの様子に、一矢報いれたことを悟り、ベルは笑みを深めた。

 だが、これで自分にできることは、もうない。

 周囲の住民の避難を最優先しなかったことを、後悔はしていない。


 どうしてか、住民たちへの被害は出ない、とベルは予感していた。

 だから、余計にためらいなく、逆さへと反抗ができたのだ。


「くっ」

「ミスロさん!」


 倒れ込むミスロを支えるマントの少女を尻目に、ベルは予備の短剣を抜き、拳を突き出す形で構えた。

 正真正銘、これが最後の武器だ。それでも、ベルの意志は揺るがない。

 僅かな勇気を胸に抱きしめて、ベルは逆さを倒すために、常識を超えた存在を真っ向から睨みつけた。


「ごめん、ライカ。アンタとコーシェの結婚式、見られないかも」

「それはこっちも同じよ。私も、アンタがゴードンに求婚する場面、見られないんだから」


 動けない者同士で笑い合っていると、逆さがゆっくりと顔をベルたちへ向けてきた。

 その表情は笑っており、先ほど狼狽えていた様子が嘘のようだった。彼女は両手を胸の前へ持ってくると、突然拍手を始めた。


「よくぞやってくれました。いや、本当に、素晴らしい! 加護が施されているとはいえ、神の気配を前に心を折らせることなく、ミスロに一撃を撃たせました。妖精モドキの身体強化とブディさんの神力強化でミスロも彼女の武器も満身創痍ですが、私が改造強化したカグツチの両前腕を破壊しました。お見事としか言いようがありません!」


 惜しみない喝采を送ってきた逆さに、ベルは戸惑ってしまった。

 てっきり怒ってくるとばかり思っていたはずが、予想外の彼女の様子に、うすら寒いものすら覚え始めた。


「これなら、大概の世界の邪神の眷属を打ち倒すことができるでしょう。元女神として、貴女たちに心からの賞賛を送りましょう」


 なおも拍手を続ける逆さに気を取られていたが、ふと、空から落ちる影の動きに気が付いたベルが見上げると、驚くべき光景が広がっていた。

 切り裂かれていた巨人の両腕が、見る見るうちに元通りに戻っていくではないか。失われた骨や腱らしき部分が猛烈な速度で伸びて行き、鎧が無骨な指先まで覆うのにそれほど時間はかからなかった。


 言葉を失ったベルの耳に、逆さの楽しそうな声が届いた。


「ですが、このカグツチは元々邪悪な神々を倒すために造られた存在であり、それを私がとある方を倒すために徹底的に改造しているので、コアを破壊しないと止めることはできないんですよ」


 巨人が再び両腕をアスカスへ向ける。胸部から緑色の閃光が両手へと走っていき、鎧に包まれた掌に、太陽光の如き輝きが現れた。


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