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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第五章 牙姫襲来
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エピローグ③


 ワンダー父子と出会ったのは、ベルが十一歳の時だった。

見慣れない顔の造りをした、少年と言っても差し支えない青年の腕の中で眠る、赤子だったアルファとの出会いを、鮮明に覚えている。


 騎士の見習いとして、幼馴染のエール、ゴードンの兄妹と一緒に入団して、少し経った頃。アスカスに近い位置にある村の一つ、レセでの野外訓練の滞在中のことであった。


 二人を助けたのが、一つ年上の同期であるミスロだったため、自分たちの班が父子の世話をすることになった。


 アルファは夜泣きもせず、ゼットが常に起きて寄り添っていたので、ベルたちは彼のために食事と寝床を用意することにした。

 アルファには村の奥方から乳を分けてもらうことも考えていたが、ゼットがそれには及ばないと、鉄製と思われる水筒から、乳首のような突起のついた哺乳瓶なる入れ物に乳を注ぎ、アルファに飲ませていた。彼が言うには、アルファの母親が用意してくれていたものだった。

 それを見ていたエールが、自分もアルファに飲ませてみたいと言ったのを皮切りに、ベルやライカたち、もしろんミスロも、ゼットの指示を受けてアルファへ哺乳瓶から乳を与えた。

 ゴードンたち男子も、同じようにアルファを抱かせてもらっていた。普段は生真面目だったり無表情だったりする彼らが、目を輝かせていた姿は、年相応の少年のものだった。


 そしてベルは、自分の手の中で、一生懸命に乳を飲みながら、自分の事を見上げているアルファが、とても愛おしいと思い、休憩時間などに、ゼットにお願いしてよく抱かせてもらった。ゴードンだけでなくエールからも、構い過ぎとお説教されるくらいには。


 だが、この親子との交流を通して、ベルたちは、自分たちが目指す騎士の姿と在り様を、改めて見出した。


 この無垢で小さな赤子の生きる未来を、今、生きている民たちの未来を守るために、自分たちは騎士となるのだ、と。


 そして、また時が経ち、ベルたちは、どの隊の騎士よりも強くなった。

 アスカス駐屯地所属の第一小隊と聞けば、王国内外でも通じるほどだ。

 全てはラトゥス王国のため、民のため、家族のため、大切な人のため。

 そして、アルファの未来を守るため。


 だが、その意志も、今日この場で終わってしまうかもしれない。

 ベルは無意識にそう思い、体から力が抜けていくのを感じていた。

 だが、


「おおおおおっ!!!」


 誰かの雄叫びが聞こえ、意識が現実へと戻った。

 急激に回復した視界の中で、ミスロが迫りくる白い光を、上に掲げた輝く剣で受け止めていた。

 その隣では、マントの少女が細身の剣で同じように光を止めていた。


 まるで、神話の挿絵のような、力強さと神々しさがあった。


 先ほどよりも現実離れした光景に、ベルは呆けたように思考が止まっていたが、ライカの声で我に返った。


「ミスロ!」

「ライカっ、ベルと共に逃げろ!」


 ミスロが切羽詰まった声で、振り返らずにそう言った。


「そして隊長と副隊長に伝えろ。怪物たちが、アスカスに攻めてきたと!!」

「無駄ですよ。貴女たちが束になったところで私をどうにもできませんし、あの子の攻撃をこれ以上防ぐことはできません」


 やがて、上から迫っていた光が消え去ると、一瞬、淡く輝く光が空で弾ける様子が見えた。


「なるほど、防護陣ですか。それと、魔法剣(エンチャントカッター)にブディさんの刀だけでよく耐えきりましたね。まぁ、それも限界でしょうが……出力を二パーセントから五パーセントへと上げましょうか」


 逆さの言葉にミスロを見れば、片膝を着いて、肩を大きく上下させていた。見習い時代に激しい訓練をしている時でも、あんなに消耗している彼女を見たことがなかったベルは、相対している敵が想像以上の存在であることを、改めて悟った。


「あ……あぁ……」


 ベルは、自分の声と体が震えていることに辛うじて気が付いたが、どうすることもできなかった。

 勝てるわけがない。

 弱気になった心が、逆さへの恐怖でへし折られそうになる。


「エール……兄様……」


 幼馴染と、片思いの青年への愛称が口をついて出る。

 それを目ざとく聞きつけた逆さが、ベルを見て、首を傾げた。


「おやおや、今、友達の名前を呼びました? その後、男の名前を呼びましたね?」


 逆さは顎の部分に手を添えると、「確か……」と何かを思い出すようにつぶやき、突然、合点がいったように手を打った。


「戦場で異性の名前を口にする者は~ってありましたね。あれ、違ったかな……。イワイ君の思考をもう少し読んでおくべきでしたね……結構、名作の予感だったんですが」


 もはやベルなど眼中になく、何やら楽しそうに独り言を口にしている逆さに、ベルは頭が真っ白になった。


「い……や……」

「ベル、気をしっかり持ちなさい。アイツら、口八丁で心を折ってくるんだから」


 ライカから飛んできた檄にも、ベルは応じることができなかった。

 自分は、好きな人とも結ばれず、アルファの未来も守れず、ここで朽ち果てるのか、と言う思いが、沸き起こってきた。


「逃げ、よう……勝てるわけがない」

「そうしたいけど、ベル、アンタ、動ける?」


 言われて、ベルは自分の足が地面に縫い付けられたように、全く動かすことができないことに、気が付いた。


「動かない……!」

「あ、流石にちょろまかと動かれて、仕留めた位置にもしも、もしもですよ? 姫様がいたら、嫌な思い出になってしまうでしょう? それだと、説得しづらくなっちゃうんですよね。ですから、そこでおとなしくしていれば、私は貴女たちを攻撃しません」


 逆さの目元が、慈母を想わせる柔和な笑みを作った。

 それは彼女の言葉と共に、崩壊しかけていたベルの心へ、自然と澄み渡っていく。


「本当……?」

「ベル?!」

「ライカさん、お静かに。えぇ、ベルさん。私は貴女や仲間たち、大切な人たちを攻撃しません。えぇ、本当は私だってこんな事をはしたくないんです。時間稼ぎさえできればよかったのですから、こうやってお話しするだけにしましょう。ね?」

「ベルさん、聞いてはいけません!」


 マントの少女が鋭く叫びながら、逆さへと斬りかかった。

 しかし、逆さはそれを黒い手袋に覆われた左手で受け止めて見せた。


「ブディさん、弱体化が緩まっていますね……本当に裏切ったんですか。残念です」

「がはっ?!」


 言い終わる前に、少女の体が宙を舞い、ベルたちの前に落ちてきた。

 見えなかったが、何かしらの攻撃を加えられたらしく、少女は剣を左手から落とし、右腕を押さえた。どうやら、右腕で咄嗟に庇ったようだ。


「ところで……」


 逆さは、明後日の方向を見上げながら、口を開いた。


「彼はまだなのですか? 妖精モドキさん?」




 現状を監視している()へ、逆さは語りかけてきた。





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