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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第五章 牙姫襲来
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エピローグ②

 強く風が吹いた時のような音だったが、それはすぐに大きくなってきた。


 聞こえてきているのは、近くの城壁、その向こうからだ。

 息継ぎをすることなく、延々と続く声に、ライカとベルが剣に手をかけて身構えた時。

二人の頭上を大きな物陰が飛び越えた。影は家屋一つ分離れた先の道に音を立てて着地すると、耳に触る不快な音を立てながら、半回転して止まった。


 この間、僅か、呼吸にして一回半ほどであった。


 二人の目に飛び込んできたのは、月明かりを受けて輝く、見たこともない、細身の立方体のような奇妙な物体と、それに跨る怪人だった。

 怪人の頭は黒い球体で、首から下は黒装束の人間のようだった。

 また、物体はグツグツと聞いたこともない音を漏らしている


 ライカとベルは内心では戸惑いながらも、未知の存在への警戒と、訓練により体が自動で抜いた剣を、自らの意志で体の前で構えた。


「おや、貴女たちは……」


 怪人から、若い女の声がした。

 怪人が、顔に当たる部分に左手を置いて上へずらすと、その下から人間の顔が現れた。暗い環境に慣れていて、かつ月が出ていたため、ライカとベルは、目の前の怪人が大変に美しい顔立ちだと想像できた。

 戸惑う二人を他所に、怪人は会釈してきた。


「これは失礼いたしました。私はターンと申します。ヘルメット越しのご挨拶、お許しください」

「ターン? まさか、ウェーレの剣士を助けた密偵?」


 ベルは聞き覚えのある名前に眉を潜めた。


「ウェーレの剣士……あぁ、サザさんのことですか。えぇ、確かに彼女を国境付近まで送り届けたのは私ですよ」


 人のよさそうな調子でそう言うターンに、ベルは警戒続けながら、ライカと顔を見合わせた。

 サザの話によると、彼女はサァフが死んだものと信じて行動している、要注意危険人物である。

 それに、こんな夜中に、不思議な箱のようなものに跨り、空から降ってきたこの密偵を、見逃していいはずがなかった。


「ウェーレの密偵が、このような時間に、どうしてアスカスにいる? まさか、サァフを殺した仇を探しているの?」

「え? 違いますよ?」


 ターンは左手を小さく挙げて、横へ軽く振った。


「じゃあ、何の用? サザをウェーレに連れ戻しに来たの?」

「それも違いますよ。と言うか、サザさん、生きているんですか?」

「……どういう意味、それ?」


 意外だとでも言いたげなターンの言葉に、ベルは眉を潜めた。

 サザから聞いていた話から、それなりに心ある人物だと思っていたのだが、何か違和感があった。

 そして、その答えはすぐに返ってきた。


「えぇ、あの子の腕では、万が一にもミスロには勝てないでしょう。もちろん貴女たちにも。ですから、普通に賊として斬り捨てられるのがオチだと思っていましたから。生きているのでしたら、今頃は独房の中ですかね?」


 世間話でもするような軽い様子のターンに、ベルとライカは警戒心を最大限まで上げた。

 話の繋がりは全く見えないが、少なくとも、目の前の密偵が狂人であることは、間違いないと確信した。

 ライカは、牡牛が鋭い角を前へ向けて威嚇するように、剣を顔の右横に構えながら、鋭くした目でターンを睨む。


「……貴様の目的はなんだ?」

「目的ですかぁ? そうですね、時間稼ぎです」

「時間稼ぎ?」

「はい。あ、別にミスロやサザさんをどうにかしようとかは考えていませんよ? ただ、貴方達とこうやっておしゃべりをしながら、時間を潰したいのです」

「なら、おとなしく駐屯地までご同行願える? その奇妙な……箱? も一緒にね」

「箱ではなく、オートバイです。あの城壁も、この子に乗って飛び越えてきたんですよ!」


 自慢げに語ったターンが右手を動かした直後、ライカとベルの視界が真っ白に染まった。

 眩しい、と感じ、ベルが腕を剣を剣を握った拳を顔の前に翳すのと、甲高い音が聞こえてきたは同時だった。


「危ない!」


 ベルが衝撃と浮遊感を覚えるのと、何かが近くを通り過ぎて行った気配がしたのは、同時だった。

 靴底が地に着くと、誰かが腰に手を回している感覚がした。


「少し動かないでください」


 少女と言っても差し支えない、新たな女性の声がそう言うと、明滅していたベルの視界がすっかり元通りに戻った。

 目に飛び込んできたのは、自分を見つめ返すライカだった。彼女も、どうやらベルと同じようにやられていた視界が、元に戻ったらしく、戸惑った様子だった。


 ふと、ベルが視線を少し下げると、頭からマントを被った、小柄な少女が立っていて、自分とライカを支えている姿があった。


「貴女は……?」

「仲間だ」


 聞き覚えのある声に顔を上げれば、本来ここにいるはずのない、人物が背を向けていた。


「ミスロ!」


 ベルとライカの声が重なる。

 ミスロはそれに応えず、まっすぐ、前を向いている。

 その視線の先には、眩い光を放ち、グツグツと音を出す何かがいた。


「おや、ブディさん、貴女、裏切ったんですか?」


 ターンの声が聞こえてくる。先ほどと違い、冷たい声音だった。

 自分が目を離した一瞬で、家屋三軒分を移動したようだ。恐ろしい速さで自分とライカへ体当たりしようとしていたのか、とベルは戦慄した。


「ミスロと一緒にいるとは……これは、もしかしなくても、タンデンさんとフジライ君も、アイツに助けられたって感じですかね」

「貴様には関係のないことだ」


 ミスロが鋭い声で一蹴しながら剣を引き抜いた。その刃は淡く輝いており、ミスロの周囲を照らしていた。

 まるでお伽噺に出てくるような光景に、ベルは言葉を失い、ついつい見入ってしまった。


「ライカ、ベル、気を付けろ。こいつは逆さ。怪物どもの仲間だ!」

「何ですって?!」


 驚いてしまったベルだったが、なるほど、あの奇妙なオートバイなる存在は、サザが語っていた、鉄鎧を纏った馬と見て間違いないだろう。

 確かに、言われてみれば首のない小柄な馬のようにも考えられるが、あれからは何の息遣いも感じられなかった。オートバイから止まることなく聞こえてくるあの音も、唸り声ではないのかもしれない。

 ベルは、得体の知れない存在を操るターンが、怪物の仲間と言われても納得できた。もしくは、そう言った者を操る呪い師だろう、とも考えた。


「なるほど、こいつが逆さ、ね」


 ライカが落ち着いた様子で、剣を構え直した。


「ユーフィッドを攻撃したらしいじゃない。今度はアスカスにまで手を出す気?」

「貴方がたが何も抵抗しなければ、攻撃するつもりはありません」

「信じられると思う?」

「私がそのつもりなら、わざわざ侵入しなくても、さっさと衛星軌道上から攻撃していますよ」


 からからと笑いながら、ターン、いや、逆さが言っているが、ベルには彼女が何を言っているのかはわからなかった。


「あ、分かりやすく言うと、あの夜空のずっと向こうから、地上へ向かって攻撃できるんですよ。射撃の腕には自信がありまして、街への被害は出ないように、目標へはヘッドショットで仕留めます!」

「ますますわからなくなったわ……危険だってことはわかるけれども」


 ただ、逆さが、魔法のような凄まじい力を有していることは、何となく察することができた。


「嘘だって言うことはできるんでしょうけれど……ライカ(アンタ)とミスロが下らない嘘は言わないだろうし……アイツの言っていること、本当なのね」

「えぇ。だから困ってるのよ」

「まぁ、弱体化(デバフ)されても神ですからね」


 ふと、オートバイからまばゆい光が消える。すぐに闇に目が慣れると、光が発せられていた部分は、硬質な素材でできた、硝子のような部分であった。


「それでもどの道、皆さんにできることはありませんし」

「舐めたこと言うじゃない」


 ベルは苛立ちを覚えて一歩踏み出そうとしたが、強い力で誰かに肩を掴まれて止められた。見れば、マントの少女が深刻な表情で自分を見上げ、首を横に振っていた。


「ダメです。これ以上、彼女の間合いへ入ってはいけません」

「……悔しいけど、彼女の言う通りよ、ベル。多分、最初から私たちはアイツの手の届く範囲に入っているみたい」


 ライカも冷静な口調で言ったので、ベルはグッと堪えて逆さを睨むだけに留めた。


「賢明な判断です、ブディさん。ライカさんも、流石はタルマァさんたちから生き残っただけはありますね」

「私の事を知っているの?」

「えぇ、もちろん。ミスロとライカさんは、私たち先行隊の間ではそれなりに有名ですよ。あぁ、ベルさん、貴女の事も知っています。先ほど、お二人の会話が聞こえていましたから、貴女の人柄も大体理解したつもりです」

「何ですって?」

「私、この状態でも貴女たち人間、というか大概の世界の生物たちとは比べ物にならない程、感覚がいいので、城壁に囲まれた、離れた場所の声も、バイクで走行中だろうがヘルメット越しだろうが聞こえちゃうんですよ」


 またも自慢気に話しながら、逆さは右手を空に高く振りかざした。


「そして、こんなこともできちゃうんですよ」


 彼女の手を追うようにして空を見上げたベルが見たものは、月の前に浮かぶ大きな影だった。

 それは人の形をしていて、両目に当たる部分が緑色に鋭く輝いていた。


「あれは……!」


 ミスロが驚きの声を上げ、マントの少女が三人の前に躍り出た直後に、巨人の全身に一瞬だけ緑色の光線が走って、ベルの目の前は真っ白に染まった。


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