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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第五章 牙姫襲来
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chapter66 牙姫襲来②

「ゼット・ワンダーは、私の師匠なのです」


 その瞬間、待合室の空気が固まった。

 アンジュとコーシェはそれぞれ顔を手で覆い、ゼットは「こいつ言いやがった」と白い目を向け、アルファに至っては目を見開いてファングを凝視していた。


「ファング、あのな? 順番を追って説明しようとしたところで、バサッと結論だけ述べて、その後何のフォローもしないの、やめてくれないか?」

「もたもたしているから、事実を言ったまでです」

「せめてフォローしてくれ」

「貴方だってよくしていたじゃありませんか。会話の投げっぱなしジャーマン」

「すまん、それは本当謝る。だがだからって何で煽るような言い方すんだよお前は……」


 ゼットとファングがそんな会話を繰り広げているが、アルファの耳には、右から左で、聞こえているが聞こえていない状態だった。


 衝撃だった。

 自分やリリアンたちのように、ゼットに教えを受けている子どもはいる。

 だが、当たり前の話しと言えばそうだが、このように気を置けない友人のように会話をする者は、誰一人としていなかった。

 なのに、ファングはずかずかとものを言い、ゼットはゼットで当たり前のようにそれを受け止めている。


 それは、自分としゃべっている時のようでいて。

 アルファは、ファングに父親を取られたような、そんな気持ちに駆られた。

 そして、感情に素直に従い、入口の壁に立て掛けていたシナイ袋を手に取っていた。


「おい、アルファ……」

「あー……あの、アルファ、ちょっと落ち着いた方がいいわ……」


 ゼットとアンジュが何か言っているが、アルファは止まれなかった。

 サァフはサザと再会できた。

 自分は、母親と再会できない。

 父親から、たくさんの愛をもらっている。

 その大好きな父親が、突然現れた弟子を名乗る女の子に、かっさらわれる……。


 危機感と焦りとやるせなさが、アルファを突き動かしていた。


「アルファちゃん、ちょっと待って。落ち着こう、ね?」

「そうよ、アルファ、そのシナイを戻して」

「構いません、コーシェさん、アンジュさん」


 ファングは気にした様子もなく立ち上がりながらコーシェを手で制した。

 この人、パパだけでなく、アンジュお姉ちゃんやコーシェお兄ちゃんまで……。


「おいアルファ、ファングは昔の弟子の一人で」

「ゼット、何を気圧されているのですか?」


 ファングが呆れた態度と口調でゼットを見上げた。

 その姿が、アルファの心をさらにささくれ立たせる。

 それでも、どうにか落ち着いている心が、最後の一線を踏み越えないように留めていた。


「ファング、一つ聞いていい?」

「何でしょう?」

「パパの弟子って……剣の弟子?」

「剣も、槍も、盾も。戦いの全て、それ以外にも色々と教わりました」

「ちょぉいファング?!」

「お黙りなさい」


 ぴしゃりと言われ、ゼットが口をつぐんだ姿が引き金となった。

 アルファの頭の中で、何かが切れた。

 それを明確に感じ取りながら、アルファは袋からシナイを取り出して、ファングへ突きつけた。


「私も、パパから剣を教わってるの……ちょっと、試合してもらえるかな?」

「アルファ」

「ゼット、引っ込んでいなさい」

「お前なぁ……」


 冷静に抑えようとするゼットを、ファングはもはや振り向かず、言葉だけで止めた。


「ゼット、貴方も良く知っているでしょう。人には退けぬ時があると」

「それっぽく言われても、絶対に今はその時じゃない」

「その時ですわ。ゼット、竹刀を私にも貸してもらえますか?」


 ファングのシナイの発音にアンジュとコーシェが反応を見せたが、アルファは特に気にもしていなかった。

 店仕舞いの看板をかけると、全員で中庭へ出た。

 簡易防具をつけたアルファと、シナイだけを持ったファングが、距離を開けて向かい合った。

 審判役にゼットが立ち、頭を右手で掻きながら最終確認を行う。


「あー、とりあえず一本取ったら勝ちな」

「ゼットさん、その前に、ファングが防具をつけていないことに突っ込んでください!」


 アンジュが苦情の声を上げるが、ファングは首を振った。


「ご心配なさらずとも、問題ありませんわ」

「あるわよ! 防具なしとか危ないじゃない!」

「当たらなければどうということはありません」

「そういうことじゃなくて!!」

「あー……ファング。できれば、皆の精神衛生上のために、防具をつけてくれないか? つーか、礼儀だ」

「……それもそうですわね。失礼いたしました」


 ゼットにそう言われて、ファングはようやくコーシェから防具を受け取って装着した。

 その間、待っていたアルファは苛立ちを募らせてはいたが、少しだけ落ち着きを取り戻していた。


「お待たせいたしましたわ」

「最初から防具をつけてくれていれば始められたのに……」

「そこまでだ二人とも」


 アルファとファングは互いに礼をして、シナイを構えた。

 それぞれ、上段と中段だった。


「……ゼット、何故この子は上段なのですか?」

「今そこ気にするか?」

「貴方が私たちに上段はやめておいた方がいいと言ったのでしょう」


 ファングとゼットのやり取りの間、アルファはじぃっとファングを観察していた。

 隙が全く見当たらなかった。

 まるで、ミスロたち本職の騎士のように、隙だらけに見えて、実の所どこに打ち込んでも対応される、そんな気配しかないのだ。


 ここで、アルファは初めて、目の前の少女が、自分よりも強いとわかった。


「お待たせしましたわ」


 ゼットを一蹴して意識を戻してきたファングに、アルファは唾を飲み込んだ。

 気配がさらに強くなった。

 どこから打ち込んでも、確実に取られる。蹴りや搦め手も、恐らく対応される。

 あれだけ募っていた苛立ちが消えていき、逆に冷静な思考と判断がアルファに戻ってきた。


 瞬時に、いくつものパターンが脳裏を走る中、たった一つだけ、ファングに打ち込める手を見つけたアルファは、上段に構えていたシナイを降ろした。

 そして、左腰の横へ、まるで鞘へ納めるように持っていく。


「何ですの、それは?」

「何だと思う?」


 緊張しながらも、アルファは再び胸の高鳴りを覚えていた。


 強い……まるで、ミスロお姉ちゃんたちと戦っているみたい!

 アルファの集中力が、ミスロたちと打ち合う時と同じように高まっていく。


 今、ファングに対応できる手は、恐らくない。

 だが、万が一にもあるとしたら、この技だろう。


 ゼットが以前に、エールへ教えていたのを見て、その後何度かこっそりと練習していた。実際にミスロたちに使った事はないが、ファングに通らなければ、ミスロたちにも通らない気がした。


 アンジュとコーシェも固唾を飲んで見守る中、ゼットも無表情でアルファの動きを見ていた。


 ほんの少しの停滞の後、先に動いたのはアルファだった。


 素早く、勢いのある呼吸と踏込同時に踏み込み、下方からの抜剣による袈裟切りが、高速で放たれる。

 ミルシャたちなら、確実に一撃入っていたそれを、しかしミルシャはシナイを下げながら避けていた。その顔に、驚きや焦りは一切ない。

 世界の動きが遅く見える中、回避されたことを目視と手ごたえのなさで確認したアルファ。しかし体が普段よりもほんの少しだけ重たく感じた彼女は、常時よりも勢いよく剣を振り降ろす。


「チャンバラごっこ……と思っていた事を、謝罪いたしましょう」


 高速の一撃を、ファングはシナイをアルファと同じように左腰へ持って行きつつ回避しながら、そう言った。

 そして、


「ですが、私はその剣を、もう何度も見ているのです」


 放たれた下からの一撃が、アルファの眼前を通り過ぎて行った。

 そして、気が付いたときには、頭頂部に衝撃と痛みが走り、膝を着いていた。


「そこまで、勝負あり!」


 ゼットが宣言した後も、アルファはしばらくそのままの体勢で、ファングを見ていた。


 今度こそ剣を仕舞う動作を取ったファングが、アルファを見下ろしている。

 三度、呼吸する時間で、アルファは立ち上がると、頭を下げた。向こうで、ファングも同じように動作したのがわかった。


 頭の防具を外して振り返ると、汗一つかいていない頭部を晒したファングが、シナイの様子を確認し、ゼットへと渡しているところだった。


「あの剣は」


 唐突にファングが声をかけてきたので、アルファは肩を跳ねさせた。


「ゼットの故郷に昔いた、とても有名な強い戦士団の長が、その使い手に会ったら初撃は外せ、または、会ったら逃げよ、とまで言ったとされるものです。対応としては言にある通り、一撃目を外せ、決して受けるな。ですが、避けた先には必殺の二撃目が待っているのです」


 それは、アルファが失敗して、逆にファングが決めた。


「では、それも外れたら? 簡単明白な答えです。使い手はその後、相手へひたすら打ち込みます。手を止めることなく、相手が死ぬまでずっと。ゼットから教わってはいないのですか?」

「……前に、パパが他の人に教えているのを、見て、真似しただけ」

「なるほど」


 納得したファングが、白い目をゼットへ向けた。

 ゼットは、バツが悪そうに目を逸らした。


「連撃には関しては、その次の日に教えたから……アルファは見てない」

「まったく……やはりフォローがなっていないではないですか」


 ゼットへ冷たい視線を向けていたファングだが、再度アルファへと向き直った時。

 その緑色の目には、先ほどまでの威圧感はなかった。


「それで、どうしますか?」

「え?」

「もう一本、やってみません?」


 ファングの言葉に、アルファは目を見開いた。

 そして、何も言わずに防具をつけると、シナイを構えた。


「ふふっ、素直な子は嫌いじゃないですわ」

「おぉいお前らな……」


 苦言を漏らすゼットを無視して、ファングはゼットからシナイを素早く取ると、防具をつけ直した。


 その後、アルファは何度もファングへ挑んで負けた。

 自分と同じ年頃の少女に負けたことは確かに悔しかったが、同時に、強力な好敵手の出現に、アルファは楽しさも覚えていた。


 結局、アンジュとコーシェの帰宅時間ギリギリまでやっていたので、ゼットが二人の間に入ってやめさせることになった。

 その頃には、アルファの中で、ファングへのわだかまりは綺麗に消えていた。



突っ込みどころたくさんだと思います……。

ご指摘ありましたら、よろしくお願いいたします。


エールさんは少しおっちょこちょいなところもある明るい騎士で、兄のゴードンと一緒に第一小隊に所属している。ミスロたち第一小隊のメンバーとは、見習い時代からの戦友で親友。父親、騎士に入ってから教わった剣以外にも、ゼットから教わった剣を交えて戦うぞ!

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