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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第五章 牙姫襲来
76/91

chapter63


 サザが不法入国したのは、実姉のサァフを探し出すためだった。


 サァフが捕まり、彼女の所属していた組織が壊滅した後。

 ウェーレ王国で、組織に誘拐されて行方不明になっていた者たちの安否が各家へ知らされたのだが、サァフの家へ王室直属からの伝令が届く前に、接触して来た者がいた。

 ターンと名乗った女性は、王室直属の密偵で、ウェーレ王国でも有名な騎士、その娘であるサァフの現状を、誰よりも早く伝えるために馳せ参じたと言った。

 サァフ、サザの父親は、ある日忽然と姿を消した長女をずっと探しており、そのことは騎士仲間だけでなく、王家にも知られていることだった。

 女王も、将来有望な騎士であり、大切な臣民であるサァフの身を案じており、何かあれば真っ先に一家へ伝えることを約束していた。

 このため、サザと両親は、王室直属の密偵である事を示す刻印の入った指輪を見せたターンに何の疑いもなく、サァフの現状を教えるよう懇願した。


「サァフ様はお亡くなりになりました」


 しかし、ターンが口にしたのは、望んでいなかった結果だった。

 淡々としながらも、どこか悔しさを含んだ口調は、密偵としては不合格なのかもしれなかったが、サザたちはそれを気にする余裕すらなかった。


 ターンが言うには、サァフは旧帝国派暗部によりサーカス団に紛れ込み、ラトゥスの王都にいる王女様を誘拐する途中、アスカスにて騎士の手により斬り捨てられた、とのことだった。

 暗部の噂を知っていた父親は、それに利用され、斬り捨てられたサァフの最後に、妻ともども嘆き悲しんだ。

 サザはどこか遠い国の、お伽噺を聞いているようでいて、実感がわかなかった。

 どうにか我に返った父が、ターンへ知らせてくれたことへの感謝をどうにか述べた後のことを、サザはよく覚えていない。

 気が付けば日も傾いてきていて、自分は自室のベッドの上で膝を抱えていた。


 ようやくサァフが死んだのだと心が受け入れた途端、サザは胸を引き裂かれるような痛みを覚え、枕に顔を埋めて泣いた。

 大好きだった姉が、騎士になると夢を追いかけていた姉が、夢半ばで狂乱の外道どもに連れて行かれ、そしてしたくもなかっただろう命令を受け、殺されたのだ。

 悔しくて、哀しくて、サザは気がどうにかなりそうだった。

 泣いて、泣いて、泣きじゃくって、どれほど経っただろうか。

 気が付いたら眠っていたサザが目を覚ましたのは、まだ夜中だった。


 どんなに悪い夢だったら、まだよかっただろうと仰向けになって考える。もう現実を見て見ぬふりは、サザにはできなかった。

 姉の顔が浮かんできた、その時だった。

 涙が出る前に、誰かの気配を感じ取り、体が自然と構えを取った。

 枕元に立て掛けていた剣を手に取り、窓側へ向き直る。


「驚かせるつもりはなかったのです。こんばんは」


 窓の外から覗きこんでいた曲者の声には、聞き覚えがあった。

 ターンだ。


「実は、サザ様にお教えしなければならないことがありまして、こうして寄らせていただきました」

「私に? 父と母には?」

「お父上は騎士。お母上は日ごろの気苦労で、お身体が休まっておりますまい。騎士に叙勲されたばかりの貴方様なら、まだ動けるかと思いまして」

「何ですって?」


 少し訝しみながらも、サザはターンを部屋へ招き入れた。

 ターンは部屋に降り立つも、窓の前から動くことはなく、両手を頭の後ろに組み、無抵抗であることを示した。


「サァフ様の最期なのですが……」


 言いよどんだターンの様子から、嫌な予感を覚えたサザだが、気になって続きを促した。


「サァフ様は最期、嬲られるように斬り殺されたことがわかりました」

「え?」

「相手の騎士はかなりの使い手だったようです。凄まじい勢いでサァフ様を追い詰め、何度でもとどめをさせる場面がありながら、あがくサァフ様の様子を見て、嘲笑い、その場にいた他の騎士が思わず止めに入るような、恐るべき殺し方をした、と伝え聞いております」

「何ですって……」


 その話を聞いて、ほんの一瞬だが、サザの中で、姉を失ったやるせなさの行く先が、姉を惨殺したという騎士の方へ向いた。

 ターンは月明かりを背に、目を爛々と輝かせ、手をサザへと差し伸べた。


「もしも、サァフ様の仇を討てるなら、どうしますか?」


 しかし、サザはターンの手を取る事はなく、目を逸らした。

 彼女の中で、件の騎士への怒りはあるが、それは八つ当たりであり、正義のない行動であると、ブレーキがかかったからだ。


「……姉は、暗部の手でそういう役目を押し付けられていた、その末に殺された、なら、私が仇を討つというのは、お門違い……」

「いいえ、いいえ!」


 ターンは声を落としながら、しかし爆発しそうな感情を抑えたような声でサザへ語り続ける。


「サザ様、確かに旧帝国派の暗部によってサァフ様はラトゥスの騎士に殺されました。それは、騎士たちから見れば、我が国から留学している姫様を拉致しようとする、悪党を成敗した、まさに正義の行動なのでしょう。ですが、ですがですがですが!!! サァフ様を、味方の騎士までもがやり過ぎだと止めに入るような、そんな惨い殺し方をするというのは、何かが違うと思いませぬか?!」


 両手を広げ、サザを抱きしめんばかりに上半身を前のめりにしたターンに、しかしサザはおかしいと思いながらも魅入られていった。彼女の話に、のめりこんで行く。


「その騎士は処罰されるどころか、注意を受けたかどうかもあやしいものです! 強いからです。強い故にその騎士は騎士にあるまじき行為を恥じ入ることなく、また罵声を浴びせられることもないのです! 誰かが、鉄槌を、下さねばならないのです!!」

「鉄槌を……下す?」


 サザの剣を持つ手に、力が入る。


「そうですとも、サザ様! 私は密偵として、サァフ様のご遺体を確認することができました。惨いものでした。私ですら、惨いと、怒りを覚えたのです!! 私はサァフ様のことを情報でしか知りませんでしたが、その私が、仇を取りたいと思ったほどに!!」


 ターンがサザへと近づく。

 話に魅入られたサザは、ターンを拒むことなく、目と鼻がくっつきそうな距離で、彼女の狂気に満ちた瞳を真正面から見ることになった。


「私は、鉄槌を下したい! ですが、私一人では奴には勝てません……他の仲間に危ない橋を渡れとも言えません……しかし。しかし貴女様なら、もしかしたら、私のお味方になっていただけるのではないかと思い、来た次第なのです」

「……姉を殺した、外道を殺すと」

「はい」


 ターンはサザから離れ、窓側へ戻ると、再び手を差し伸べてきた。


「サザ様……どうか私と、ラトゥス……アスカスへと赴いていただけませんか?」


 サザは、意識のどこかで、おかしいと叫んでいる自分がいることを感じていたが、ターンの手を取った時には、すっかりそんなことは忘れてしまっていた。



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