chapter62
アルファがベルを連れて家に帰ると、ぎこちない雰囲気のアンジュたちが出迎えた。
喧嘩をした風ではなかったが、アルファに対して隠し事をしているように目を逸らし気味なアンジュとコーシェを、サァフがニヤニヤと口元を緩ませて見守っているのだ。
「どうかしたの?」
「え? 何でもないわよ?」
アンジュが完全に目を逸らしたので、嘘だとわかった。
何があったのかは気になるが、多分、今は無視しても問題さそうだと判断し、アルファはベルに説明するようにお願いした。
「説明と言っても……そうね」
ベルは少し悩んだように、サァフを見た。
「あん? どうかしたのか?」
「こらサァフ! ごめんなさいベル様」
「別に気にしていないわ。それより、サァフ。今から時間をもらえる?」
「時間?」
きょとんとしたサァフにベルが説明を始めるよりも前に、奥からゼットが姿を現した。
「サァフ、今日はもう上がっていいぞ」
「いきなり現れて何を言っているんだアンタ……」
「今日はいつもよりも患者が来ない。素晴らしい日だ」
「怪我人や病人がいないのは確かにいいけどな」
「まぁそう言う訳で、お前は早上がりだ。アンジュ、俺と二人になるがいいか?」
「え? えぇ、構いませんけど、アルファは?」
首を傾げたアンジュの横を通り過ぎ、ゼットはアルファの前にしゃがんで、目を合わせた。
「アルファ、お前もサァフと一緒に行くんだろう?」
「うん」
「私が付き添いをお願いしたんです」
「まさか……副隊長絡みですか?」
ベルが捕捉を入れると、アンジュたちも訝しみ始めた。
ゼットは振り返ると、大丈夫だろうと手を振って見せた。
「副隊長は関係ないと思うぞ」
「じゃあ、何でアルファとサァフが呼ばれるんですか?」
「さぁて……ま、わざわざ騎士様がここまで足を運んでまでお呼びなんだ。大切な用事なんだろう?」
「はい」
そう言われて、サァフは首を傾げながらも、身支度を素早く整えた。腰には、護身用の剣をぶら下げていた。
アルファがその間に鞄とシナイ袋を置いていると、ゼットがお菓子の入った袋をくれた。
「もしかしたら少し長くなるかもしれないからな」
ゼットの温かい手に頭を撫でられ、アルファはくすぐったい気分になりながらも、サァフの手を取り、ベルと一緒に家を出た。
アルファたちが家を出てすぐ、ゼットは診察室へ入って行こうとしていたが、それをアンジュが引きとめた。
「あの、ゼットさん。ファングの事は……」
「え? あぁ、帰ったら話すさ。それより、空き部屋の掃除をしないとな……もし誰か来たら呼んでくれ。コーシェはどうする?」
「あ、僕はもうしばらくお邪魔していようかと……」
「助かる。後でショウガを使った飲料、一つ教える」
そう言って、ゼットは診療室へと姿を消した。
SSSSS
道中、サァフは黙ったまま、ベルとアルファに着いて歩いていた。
自分が騎士団に呼び出される理由についていくつか考えてみたが、アルファも一緒に着いて行くような理由については、ついぞ思い至らなかった。
着けばわかる。
そう考えて、サァフは何も聞かなかった。
アルファとベルも、特に何かを話そう、という感じではなかったので、余計にだ。
駐屯地に着くまで、三人とも無言だった。
さて、サァフは駐屯地に入ると、見かけたり、通りかかる騎士たちの実力を、その立ち居振る舞いや雰囲気から察して、内心で武者震いしていた。
「どいつもこいつも化けモンかよ……」
「騎士は化け物じゃないわよ」
そうやって、ベルに案内されること、数分後。
三人は医務室に着いた。
いくつかベッドがあったが、使われているのは一つだけのようだった。
ベッドの横には、見慣れない女性騎士が座って、使用者を監視していた。
彼女はサァフたちに気が付くと、手を挙げた。
「わざわざ来てもらって、ありがとう。貴女がサァフ?」
「そうだ」
「へぇ、話に聞いていた通り、中々やりそうね。私はエール。よろしくね」
エールは気さくな態度でサァフの手を握ってきた。力強かったが、握りしめてきている訳ではなく、敵意も感じられなかった。
エールの手は、間違いなく騎士の手で、サァフは彼女もミスロたちと同じくらいの強さだと瞬間的に悟った。
「うん、やっぱり似てるわね」
「あ? 何がだ?」
訝しんで見せると、エールがベッドの方へ顔を向けた。
サァフはそれを追って、息が止まった。
ベッドに寝かされていたのは、自分のよく見知っている人物だったのだ。
「この子、知ってる?」
「あぁ……良く知っているさ」
声が震える。
最後に会った時よりも、大人びた感じがしている。
目の下にはクマができていて、疲れが溜まっているのだろうと容易に想像ができた。
「アルファがね、サァフお姉ちゃんに似てるって、言ってくれたから、ここに収容したの」
ベルから街で起きた事を説明され、サァフは肩の力が抜け、近くにあった椅子へどかりと座った。
「そうか……世話をかけちまったな……アンタらにも、アルファにも……」
天上を仰いで息を吐くと、心配そうにずっと見ていたアルファへ顔を向けて、笑って見せるが、自分でも頬の動きがぎこちないことがわかった。
「私の妹なんだ。名前はサザ。ウェーレ王国の騎士見習いをしているはずだ」
「この子が携えていた剣よ」
エールが差し出してきた剣を受け取り、確認する。
正式に騎士として認められた者に送られるショートソードだった。
サァフは嬉しさとやるせなさがあふれ出てきて、どうしようもなくて、肩を落とすしかなかった。
「折角、騎士になったのに、どうしてこんな事を……」
頭を抱えていると、サザの身じろぎと声が聞こえて、顔を上げた。
サザはぼぉっと天井を見上げていたが、ゆったりとした速さでサァフへと顔を向けた。
しばらく、そのまま、定まっていない視線で、サァフを見つめる。
それが、昔からよく知る、寝起きの妹の姿と重なって、サァフは気が付いたら苦笑していた。
「サザ」
名前を呼んでやると、サザの表情が驚きへと変わった。
「……お姉ちゃん?」
「あぁ。お前の姉貴、サァフだ」
立ち上がり、傍に歩み寄って、手を握ってやる。
サザは手を何度も握り返し、やがて、大粒の涙を流し始めた。
「お姉ちゃん……生きてたの?」
「あぁ」
起き上がったサザを抱きしめる。
医務室にしばらく、サザの泣き声が響いていた。
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今年もよろしくお願いいたします。
新年一発目は機巧のギルフェンセィアでした。




