chapter61
と、大通りへ出たライカは、行き交う人々の中で、一人の旅装束の人物を目に止めた。
頭からすっぽりとマントで覆っているが、歩き方や歩幅から、女性だと予測できた。
特に気にするようなことでもなく、良く見かける旅人の姿だ。
だが、どうしてだろうか。
ライカはその旅人から目を離してはいけない気がして、仕方がなくなってしまっていた。
「ライカ、どうかしたの?」
「あそこにいる旅人がね、何だか気になるの」
「ん? ……女性、武芸の経験あり、剣を左腰に提げているわね」
ベルはその見事な観察眼を用いて、ライカではわからなかった情報を暴いた。
だとしても、旅の武芸者も珍しくはない。平和になった世の中だ、戦闘職の者は領主や騎士団への就職のために、各地、各国のトーナメントや交流試合を求めて旅をしているのだ。
アスカスを訪れる旅の武芸者たちは、王都までの休憩地点の一つとして利用している事が多い。
だが中には、駐屯地の騎士へ試合を申し込んでくる者もいる。
その場合、第一小隊のメンバーが迎え撃つことになっており、エール、またはゴードンが引き受けている。この二人は実の兄妹で、実力もかなり高い。さらに無敗である。二人が休暇の時は、他に手の空いているメンバーが戦うのだが、やはり無敗である。
今日は、エールが入っているので、もしあの旅人が手合せを願うのであれば、彼女と戦うことになるだろう。
ならば、別にライカが気にする必要はないのだが、やはり旅人から目を離すことが躊躇われた。
理由はわからないが、かと言って嫌な感じがするわけでもない。
まるで、見えざる何者かに、背中を押されているような感覚に、ライカは戸惑いながら足を一歩、旅人へ向けて踏み出した。
「何する気?」
「職務質問をしてくる」
「いいけど……何かを感じるの?」
「よくわからないけど、あの旅人に話しかけた方がいい気がするの」
「何それ。ま、仕事の範疇だからいいけどさ」
ベルは軽口を叩いてはいるが、ライカがここまで執着する旅人の正体が気になってきていた。
もし騎士団への挑戦者であるならば、案内すればいいだけだ。
さて、二人が近づいて行くと、旅人は足を止めて振り返った。目深にマントを被っているが、暗がりの中で見える口元から、若い年頃だと伺えた。
剣に手を添えてはいないみたい、とベルが目線で伝えてきたので、ライカはごく普通に職務質問を行うことにした。
「すみません、王国騎士団の者です。一つ、お尋ねしたいことがあるのですが」
「……はい」
か細い声で返事があった。何かを隠している気配があったが、今は無視することにした。
「見たところ、旅の方とお見受けします。宿の方をお探しでしょうか?」
「はい」
「それならいくつか宿をご案内いたしましょう。少し前から、アスカスでは夜間外出禁止令が出ていまして」
「……そうなのですか?」
素直に旅人は驚いている様子だった。
これには、ライカとベルも顔を見合わせた。
アスカスの外出禁止令の話は、少なくとも周辺地域には伝わっているはずなのだ。そのように騎士団も手配している。
それを知らないということは、余程急いでここまで来ていたのか、それとも情報収集をしていなかっただけなのか。
ともあれ、もしこの武芸者がごく普通の旅人であるなら、声をかけた以上、彼女たちの知る良い宿を紹介する義務がある。
ライカの言に、旅人は少し躊躇っている様子だったが、最終的には頷いてくれた。
ここで、強引に旅人を連れていくことに、ライカは、あの感覚はただの気の迷いだったのでは、と思い始めていた。
なら、本当に良い宿を提供しなくてはならない、と内心で自嘲した。
そこで、ふとライカは尋ねておくべき事項を思い出した。
「あぁ、ところで、入国・滞在許可証を拝見してもよろしいでしょうか?」
「え?」
「夜間外出禁止令に伴い、旅の方にはそちらの確認も行っておりまして……関所の方で渡された木札をお出しください」
「あの、実は、途中で落としてしまって……」
「それでは、門の方で再発行しましょうか。手数料は少し取られますが……」
忘れていたことに、疲労が溜まっているのかな、という疑問は半ばで消滅し、反射的に右足を引いて半身になった。
すると、直前までライカの右わき腹があった場所を、旅人の拳が通過した。
「っ!」
旅人は避けられたことを悟るなり、身を捻って駆け出そうとしていたが、ベルに退路を塞がれ、立ち往生した。
周囲の人々が驚きの声をあげながら三人から距離を取り、いびつな円形の空き地となった公道のど真ん中で、ライカとベルはいつでも抜剣できるように構えた。
「申し開きを聞きましょうか」
ライカが最後の忠告とばかりに話しかけるが、旅人は無言で、マントの下から剣を抜いた。
ごく普通のショートソードだが、作りから、ウェーレで作られたものだとライカは軽くあたりをつけた。
そして、剣を抜いた時の動作で、旅人が並以上の腕を持った剣士であることを理解した。
だが、街中での、騎士や衛兵以外の抜剣は、基本的に罰則対象である。
ベルが首からぶら下げている笛を吹いた。
これで、甲高い独特の笛音を聞きつけた他の騎士たちが、直にやってくるだろう。
「市街地での抜剣、不法入国、公務執行妨害の罪で、お前を捕縛する!」
ライカが声高らかに宣言すると、ついに旅人が斬りかかってきた。
真っ直ぐ、迷いなく、まだ粗削りだが、必要最低限の動きで素早く接近してくる。
良い動きだ。
ライカは心の中で感心した。
素人ではないが、手こずるような相手でもない。
そして事、第一小隊を相手とするなら、それは悪手以外の何物でもない。
旅人が剣を振り抜いた。右下から、斜め袈裟。
その瞬間、ライカは迷わず回避を選択しながら、鞘の留め具を外した。
「浅慮」
目にも留まらぬ速さで振るわれた剣を受け、旅人の体はしばし宙を後方へ飛んだが、石畳へぶつかる前にベルが受け止めていた。
「不審者一名確保っと」
「とりあえず、誰かを呼んで連れて行ってもらわないと……」
目を回す旅人を素早く拘束しながらそんな事を話していると、聞き慣れた声が耳に届いた。
「サァフお姉ちゃん……?」
ライカが振り返ると、見守る人々の輪の中から一歩前に出た、アルファが旅人を見つめて目を丸くしていた。




