chapter60
お待たせいたしました。
そしてメリクリです。
その日の担当授業が全て終わると、ライカは学校を出て、見回りの仕事へ続けて就いた。
今日の相棒はベルだった。
「今日はよろしくね」
「えぇ。ミスロはまだ戻ってないわ」
「ユーフィッド領まで行っているなら仕方ないわよ」
アスカスの街から、ユーフィッド領までは、馬に乗っても数日はかかる距離だ。
行きは早馬、それも乗り継いでいったから、日の入りまでに到着したはずだ。
今朝、ディサイダの手元にユーフィッド卿からの返信が届いたことから、この予想は当たっているだろう。
帰りはゆっくりと馬に乗っているはずで、それなら戻りは早くても明後日の夜中になるだろう。
そう言えば、ユーフィッド領の方角で閃光が何度か確認されたと騎士団で話が持ち上がっていた。
ディサイダからも、届いたミスロの手紙で、襲撃があったと話があった。
さらにディサイダは第一小隊の騎士だけに、ミスロの予測を伝えてくれた。
そして、それが当たっているのであれば、ミスロの身に危険が及ぶ可能性が高い。
さらにライカも、いつ襲撃されるかわからない状態にある。
これまでは夜中に襲い掛かってくると踏んでいた敵が、日が出ている間に出現するのであれば、昼間でも全く気が抜けない。
自分たち騎士だけならともかく、民間人まで巻き添えになることだけは避けたい。
ライカは学校でも、気が気でなく、子どもたちにもしもの事があったらと不安でいた。
できることなら、アスカスの外に出て、誰もいない平野で待ち受けたいとさえ思っている。
そうしないのは、怪物たちが狙う姫と言う人物が、アスカスにいるからだと予想される。
それが誰なのかはわからないが、ライカ一人が外に出たところで、最終的に怪物たちが街へ入ってくることは明らかだ。
姫の居場所はわからない。
市民たちに事を知らせても信じないだろうし、下手なパニックになるのが見えている。
なら、自分たちは普段通りの中で、出来ることをやるだけだ。
ライカはそんな気持ちで、朝からずっと普段通りの自分を心がけて過ごしていた。
勘の鋭いアルファに気付かれていなかったことで、上手く皆を騙せていると思っていたのだが、
「ライカ、表情、堅いわよ」
ベルに指摘され、いらない力が入っていることに、今更ながら気が付いた。
「あはは、アルファにも気付かれてなかったのに……」
「私が気付いたんだから、アルファも気付いてるわよ。その上で、黙っていたんだと思うけれど?」
ありえそうだな、と思って、ライカはため息を吐いた。
「そう気負うことないって」
「気負わずにいられないわよ。アンタだって、奴らに会えばわかるわ」
「ミスロと副隊長が二人掛かりでも敵わない相手に会いたくないって」
笑っているが、目までは笑っていないベル。
彼女もわかっているのだ。
知らない方がいい存在が、このアスカスを襲っていることを。それが真実であると。
「ミスロの剣が効かないって、どんな仕掛けを施しているのやら」
「怪物だからね」
「できれば、そう見せかけているだけの、どこかの精鋭ってオチはない?」
「残念なことに、そんな精鋭がいたら、今頃この大陸はそいつらの元締めによって大混乱に陥っているわね」
大陸が大混乱に陥っていないのは、敵が姫を狙って、アスカス、そしてミスロやライカの前にしか現れていないからだ。
そして、奴らが姫を手に入れた後、何をするつもりか、見当もつかない。
ミスロの報告によれば……敵も一枚岩ではないとのことだが……。
「奴らの目的って何だろうね」
「どうせ碌なものじゃないわよ」
独り言のようなベルの言葉に、ライカは確信を持って返した。
笑いながら、人をためらいもなく殺すと口にした奴らに、まともな目的があるとは見いだせなかった。
「帝国と同じような……大陸の支配者になる、って言うなら、まだ説得力あるわね」
周囲に気を配り、声を潜めたベルがそう言うが、ライカもそれには同意だった。むしろ、その考えには誰もがたどり着いている。
「だったら、裏で糸を引いているのは旧帝国派の何者か……ってところだけれど、この前、その最有力組織を潰したし、本当に関係ないのかもね」
「どの道、私はそんな奴らとは会いたくないかな。と言うか、今の今までそんな奴ら、報告にすら上がったことじゃないない。魔女だとか、大昔に無念の死を遂げた騎士の亡霊が姿を現したって方が、よっぽど現実的だわ」
「それもそうね」
日中のアスカスの街は、普段通りの盛況さで、平和そのものだ。
道行く人々、学校から帰って早速遊びに出掛ける子どもたち、客を呼ぶ店員たちの声、大きいお腹に手を添えてほほ笑む女性に付き添う夫らしき男性、木陰で涼んでいる飛脚……目的や行動をそれぞれ持って、今日と言う時間を大切に過ごしている者たち。
そこに、あの怪物が現れるかもしれない、と言う現実は、関連付けることができなくて、ライカはちぐはぐな思考にまたため息を吐いた。
「ところで、赤い鎧の騎士の方はどうなの? 最初に聞いたときは、目立ちたがりのお馬鹿かもしれないって思ったけれど」
「あの騎士が馬鹿なら、私たちはとんだ道化師よ……」
自分たちを助けてくれた騎士を若干侮辱され、少しだけ苛立ったライカに、ベルは目を丸くした。
「そんなに凄いの?」
「ここだけの話しだけど」
周りを見回し、誰も聞いていないことを確かめてから、ライカはベルに少しだけ顔を寄せ、小声で続けた。
「伝説に出てくる剣士みたいになったミスロが、防戦するだけしかできなかった奴を、一撃で倒していたわ」
「何それ」
「本当よ。ケンドゥスの再来って言われたら、私は納得するわ」
「ライカにそこまで言わせるって、凄いわね……」
やはり半信半疑な様子のベルだったが、自分たちよりも格上の戦士ということだけは理解したようだ。
実物を見れば、きっと茫然自失となるに違いない。
もし、あの騎士が味方になってくれれば、どれほど心強いか。
そんな風に考え、いやいや、他人任せではダメだと自分を戒めた。
自分はラトゥス王国の騎士。
大切なものは、自らの手で守り抜く覚悟を持つ、正しき剣だ。
だが、そんな心の誓いも、
「赤い騎士が仲間になってくれれば、心強いのにね」
幼馴染兼同僚の苦笑で、微妙なものになってしまったが。




