chapter6
大変遅くなりました、申し訳ありません。
近日……公開……?(血涙
アルファには母親がいない。彼女を生んですぐに亡くなったのだ。
今でこそ出産時における死亡の恐れはほとんどないが、ほんの十年ほど前までは母子共に正真正銘命がけのものであった。
ゼットが医者をやっているのも、その時の事を悔やんでいるからだと周囲には思われており、実際に彼が来てからアスカスとその近辺における出産時の危険はほぼ皆無となった。
母子ともに元気で暮らせるのは、これも全部ワンダー先生のおかげだ、と喜ぶ人々の話を聞く度にアルファは、もし母親がその知識によって救われていたら、と時折思うが、もう十年も前の事だ。今更何を思っても、母親は帰ってこない。
「ねぇ、ママってどんな人だったの?」と聞けば、ゼットはいつも穏やかな表情で「とても強くて、皆から慕われていて、お前の事をとても愛していた」と言うのだ。
その愛というものをアルファはよくわかっていないが、リリアンや他の子どもたちが母親と接している時の雰囲気がそれなんだろう、と漠然とだが感じていた。
もしくは、ゼットと一緒にいるときの楽しさが、もう一つあって、合わせたら今よりももっと楽しいことがあったのかもしれない、と。
ただ、今が楽しくない訳では決してない。
現に、アンジュと、遊びに来たリリアンとおしゃべりしながらおやつを口にするアルファの顔には、寂しさや悲しみと言った感情は全くと言ってなかった。
あるのは、ゼットへの不平不満だけだった。
「パパったら、ママと私というものがありながら、もぅ」
「アルファったら考え過ぎ。あれくらいは軽い冗談みたいなものだって」
「わかってるけど、それでも怒りたくなっちゃうんだ、パパのこと」
「アルファちゃんはゼットさんが大好きだものねぇ」
「だ、大好きってほどじゃ……」
頬を赤くして縮こまるアルファの姿を見て、リリアンが満足そうに微笑み、アンジュはまた始まったと苦笑を浮かべた。
「安心なさいよアルファ。私はどれだけ行っても、ゼットさんからは娘か親戚の女の子くらいにしか思われてないから」
僅かな諦めと憧れをない交ぜにした感情を自覚しながらそう言うアンジュ。
そんな彼女の言葉を聞いたアルファが少しだけ目を見開いた。
「そんなことないよ! パパはアンジュお姉ちゃんのこと、大好きだもん!」
「嬉しいこと言ってくれるけど、アンタはゼットさんを独り占めしたいのかしたくないのかどっちなのよ」
身を乗り出して力説するアルファに、アンジュは少しだけ背を逸らす。
「大好きって言っても、それはやっぱり娘感覚だから、まだまだ道のりは遠いわよ。それに、私がゼットさんと結婚したら、継母になるんだけれど?」
「アンジュお姉ちゃんが継母……」
しばしアンジュを見つめていたアルファだが、すぐに首を小さく傾げた。
「今とあんまり変わらない気が……」
「だよねぇ」
「それは若いと褒められているのよね?」
アンジュとゼットがどれだけ若い夫婦だとしても、十歳の娘がいるにしては色々と無理がありすぎるが、そこに突っ込む者は誰もいなかった。
「でも、ゼットさんと結婚したら、毎日おいしい料理やお菓子が食べられるわね」
「むぅ、結婚しなくてもこうやって毎日食べてるじゃない」
三人が口にしている今日のお菓子であるパンケーキは、干しブドウを練りこんだゼット手製のものだ。柔らかい触感で、小麦粉と干しブドウのほのかな甘みが口いっぱいに広がり、それが紅茶とまた合う。朝食に引き続き卵が入っているのが密かなワンポイントだ。
一般的に売られているパンとは比べ物にならない食べやすさとおいしさで、アンジュやリリアンもご満悦の一品だ。
「後で教えてもらおうかしらね」とアンジュが言うと、アルファとリリアンもそれに続き、三人のおしゃべりは和気藹々としたものへと変わっていく。
もうアルファには、不満や嫉妬といった感情は見受けられなかった。




