chapter55
清々しい空気が満ちる朝の街を、コーシェは背伸びをしながら歩いていた。
丸一日続いた筋肉痛もすっかり収まり、まるで夢だったようにすっきりとした気分だった。
昨日、目覚めと共に襲い掛かってきた筋肉痛で身動きの取れなかった彼を救ったのは、ミスロが親に渡してくれたゼット手製の薬だった。祖母や両親が数日続くと予想していた筋肉痛が、たった一日で回復したのだから、家族全員で驚いたものだ。薬は全部飲んでしまったため、解析はできなかったため、コーシェが代表してゼットに秘密を聞きだすことになった。
しかし、コーシェはゼットがそう簡単に教えてくれるとは考えておらず、はぐらかされて終わるだろうと予想していた。
薬師として、副作用もなく、絶大な効果を発揮した薬には興味が尽きないが、無理強いしてもいいことはないし、する気もない。
ならば、見て聞いて技術を盗み再現してみせよう。彼の技術を再現できた時は、この国だけではなく、大陸の人々の平穏と健康な日々が続く大きな一助となるのだ。
コーシェはぐっと拳を握りしめた。
彼にとってゼットは、家族と同様に超えるべき高い壁であり、最高の師匠の一人なのだ。
そして、彼らに認められた時こそ、憧れのあの人を迎えに行ける……。
「あの、すみません」
「ふぇっ?! あ、はい?」
後ろからかけられた声が、想像の世界に浸っていたコーシェを現実世界に引き戻した。
振り返ってみるが、声をかけてきたらしい人物が見当たらない。辺りを見回すが、それらしい反応をしている者はいない。
おかしいなと首を傾げて、視線を下げると……。
「あ、こっちです」
マントを羽織った、十代前半に見える少女が立っていた。フードから見える金色の髪は艶やかで、頬も血行がよく、肌艶もいいようだ。旅人の様相をしているが、良家の関係者なのだろう。一目見て、コーシェは一瞬でそこまで予想した。
コーシェは目線を合わせるためにしゃがんだ。
「はい、何でしょうか」
コーシェの対応に、少女は口元を微かに緩めた。
「この辺りで、黒髪黒目の若い男の人を知りませんか? 顔立ちは彫が少なくって、少し幼く見えるんですけれど……」
説明を聞いて、コーシェはアレ、と思いながら、確認を取ることにしてみた。
「うぅん、その人の名前はわかりますか?」
「えぇと、多分、ワンダーです。そう、ゼット・ワンダーです」
やっぱり。コーシェは頷き、立ちあがった。
普段、ワンダー診療所は、不思議と人の話題に上がらず、アスカス内部でも知名度が低い。知り合いと話したり、必要とする人が現れない時は、コーシェも誰かに話そうとは考えない。まるで、魔法にかけられているみたいだ、と思うこともあるが、それだけだ。深く気にしたことはない。
見た感じ、少女自身に病があるようには見えないが、必要としている事に変わりはない。コーシェは喜んで案内しようと思った。
「わかりました。ボクもこれから行くところでしたから、案内しましょう」
「助かりました。この街は初めてですから、エスコートしていただける男の人がいらっしゃるというのは、心強いです」
男の人。
日頃、知り合いからも女性に見えると言われ、思われているため、コーシェは初見で男性と認めてもらえたことに、深い感動を覚えた。
「ボクはコーシェと言います。もし薬で困ったことがあれば、相談に乗りますね!」
「薬師の方なんですか? その時は頼りにさせてもらいますね」
興奮気味なコーシェのようすにも、少女は気にした様子もなく、人当たりの良い返事をした。
「さぁ、行きましょう。と言っても、すぐそこですけれどね」
コーシェが先だって案内を始めた。
彼の一歩後ろに続く少女が、ふと、虚空を――私を見て、にこりと笑った。
本当に、面倒くさい事が起きそうだ。
よくわからないが、そんな気がしてならなかった。
数分後――――その予感は的中することになる。
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