思い出 漣の騎士
あけましておめでとうございます。
新年最初はギルフェンセィアです。
ラトゥスは、大陸の西部にある、山や森、豊かな水源をもつ王国である。
王都ラトゥスを中心に、東西南北に大きな防壁都市を置いて国防の要としている。
国旗は水色を主体に、三本の黄色い線を交差させた星形の上に、羽ばたく緋色の鳥セルデューが描かれている。水色は豊かな水源を、三本の線で星を描くことで人々が集結した姿や団結力、剣を重ねあわせた様子、そして鳥を描くことで自由と平和を表現している。
周囲には大小の国家が存在する。
山岳地帯を多く持つ北部のヴァルエ王国。
海に面した南部のヴェスエ王国。
元は一つの国だった西部のエンセルとラドサダナ。
草原と森と資源を多く持ち、騎馬民族を祖先に持つ東部のセーウェ。
そして、ウェーレ王国である。
ウェーレはヴァルエと隣接しており、芸術や建築などの優れた文化と、風光明媚な観光地に恵まれた国である。
若き女王ウェーレ四世により、教育が奨励され、身分に関係なく勉学に励むことができる場所――学校が各地に建設され、国の未来を背負う優秀な後継者たちを多く輩出している。
しかし、十数年前までは他国への侵略戦争を仕掛け、大陸全土を覆い尽くさんとしていた、ウェーレ帝国として大陸中にその悪名を轟かせていた。
ラトゥスもその脅威にさらされていたが、前述の五国家やその他の国々と共に立ち向かい、その脅威と野望を打ち砕いた。
その際、帝王と帝紀や家臣だけでなく、まだ幼かった第一皇子が殺されたことで国は一度崩壊。
その後、生き残った第一皇女が王女として立ち上がり、ウェーレ王国として国の復興活動を行い、現在に至る。
大陸中で知られている歴史。
誰もが知っていること。
アルファたちにとっては、教科書や昔語りでしか、知らないこと。
だが、ミスロたちは――――。
そして、王国成立後の世界で、旧帝国の執念によって未来を奪われていたサァフにとって、今でも、その歴史は心のどこかに影を落としている。
それは――――今、ラトゥス国の関所を潜った旅人も同じだった。
「絶対に、見つけ出す……」
凛とした若い女性の声だが、本人以外には聞こえない大きさで、口調は怨嗟に満ちていた。
腰に吊るした護身用の剣を確かめ、旅人は街道を上がって行った。
SSSSS
朝食を食べた後、登校するアルファを見送ったサァフはゼットに呼び止められた。
差し出されたのは、柄に比べ、少し幅広の鞘に収まった剣だ。
見覚えのある剣に、サァフは目を細めた。
「これは……」
「王国騎士団から、お前に返却されることになった」
「けどよ、これは……」
鞘の中に納まっている刃は、鞘からは想像のできない形をしている。うねった蛇のような独特の形状をしており、斬られた相手は治り辛く、縫合も難しい傷が作られる。下手をすればそれが原因で命を落としてしまうため、『毒蛇の剣』と呼ばれ、多くの剣使いから残酷な武器として忌み嫌われている。
国によっては無許可で所持していれば逮捕されるような代物であるが、ウェーレやセーウェでは所持している騎士も少数いる。
そして、サァフもまた、その少数の一人であった。だが、望んで所持していた訳ではなく、サァフもあまり好きではなかった。
「許可は騎士団の方からもらっている。許可証もこの通りだ」
「いや、そうじゃなくてよ……」
ゼットが帯剣許可証を見せてくるが、サァフは首を振った。
「私は、つい数日前まで暗殺者だったんだぞ……?」
「あぁ、そうだな」
「そうだなってお前……」
「元暗殺者だからだ。護身用の剣一つもなしというのは、いざと言うときに困るだろうってな」
「そう言う事じゃねぇんだよ」
正気か。サァフは許可を出した騎士団を恨みがましく思った。ゼットのことも睨んだ。もしもの時も考えているとは思っているが、それにしたってこの剣を持たせることはないだろうと。
「せめて普通の剣でいいだろうが」
「最初はそのつもりだったらしい」
「じゃあそれでいいだろ」
「だが、色々あってな、急遽お前に返却、帯剣を許可することになった、らしい」
「なんだそりゃぁ……色々あったって何があったんだよ」
「それに関しては俺も聞いていないから、何とも言えん。とりあえず受け取れ」
ずい、と再び差し出された剣をサァフは突き返すように睨んだ。
「納得できる理由がなきゃぁ、こいつは受け取れねぇ」
「いいから受け取ってくれ。俺が持っていても無許可の所持で捕まっちまうし」
「騎士団の連中は事情を知ってるだろ。家の中に置いてあるくらいで文句は言われねぇだろ」
断固として固持するサァフに、ゼットは「それもそうだな」と剣を下げた。
「それじゃ、お前の希望通り、こっちを使ってくれ」
そう言って、どこからともなく普通のロングソードを取り出した。
サァフは受け取りながら、今、どこから取り出したんだこいつ、と薄気味悪がった。
「って、見習いが使う安物かよ……」
「俺に文句を言われても困る」
確かに、としぶしぶ頷き、患者に見えない様、受付机の裏に立て掛けた。
「これ、あんまり耐久性も切れ味もよくないんだよな」
「よく知ってるな。ラトゥスとウェーレじゃ、仕入れてる工房は違うだろ」
「小さい頃に触ったことがあるんだよ。まぁ、元暗殺者に正騎士が使うような剣を持たせつわけにはいかねぇっていうのはわかるんだが……」
「んじゃ、こいつを使うか」
「だからそいつは使わねぇって言ってるだろ」
「抜かなきゃわからねぇだろ」
「私が持ちたくないんだようこそワンダー診療所へ」
怒鳴りかけたサァフだが、入口が開いた瞬間、愛想のいい笑顔と口調に変わった。
しかし、入ってきたのがアンジュだとわかると、笑顔はそのままでゼットへ向き直った。
「いいから、私はこっちでいいからな」
「はいはい」
「あの、二人してどうしたんですか?」
事情を知らないアンジュが首を傾げたが、ゼットが剣を持っているのを見て、目を丸くした。
「どうしたんですかそれ?」
「あぁ、騎士団から預かっているもんだ。夕方辺りにライカ辺りが取りに来るから、その時は俺に通してくれ」
「わかりました。でも、少し……幅広ですね。重くないですか?」
「さぁな。もし見かけても触るなよー。触ったら減給だぞー」
言って、ゼットは奥へと引っ込んで行った。
見送ったアンジュが頬に手を添えてため息をつくと、サァフが片眉を上げて訝しんだ。
「どうしたんだ?」
「ゼットさん、カッコいいなぁって」
「あ、そう」
ちょっとでも心配して損した、と思いながら、サァフは立て掛けた剣へ目を向けた。それから、ふと昔を思い出して、笑みを漏らした。
幼い頃、自分と一緒に父親から剣を教わった妹。
無駄がないと褒められていたサァフの剣と違い、独特のうねりと流れを作りだす妹の剣は、実戦剣とは言い難いが、人を惹きつける何かがあった。父親は、騎士になるならと実戦剣も教えたが、その美しい剣も捨てがたいと押さえつけることはしなかった。
そして、サァフが暗部に連れて行かれる直前に見た妹の剣は、今でも鮮明に思い出せる。
昔、一度だけ連れて行かれて見た海の、砂浜に繰り返し打ち寄せる小さな波を思い起こさせた、美しい剣。
「今頃、どうしてるかなぁ」
アンジュに聞こえない小さな声で、遠くにいる大切な人の事を思って、サァフはつぶやいた。
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次回から五章スタートです。




