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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第四章 突撃! ユーフィッド領
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chapter54 突撃! ユーフィッド領

 朝日が昇る少し前のアスカスの騎士団駐屯地で、ディザイダは夜間警備の報告書に目を通していた。特に何の異変も無かったということで、ホッと息を吐いたところで、ドアがノックされた。


「どうぞ」

「失礼します」


 入ってきたのは、旅装束の人物だった。顔はフードに隠れて見えないが、剣を装備していること、とても若い女性であることはわかった。

 客人、という様子ではないし、ならば侵入者かと警戒していると、謎の人物は懐から書簡を一つ取り出して見せた。


「私は、ユーフィッドの使いの者です。こちらをお届けに参りました」

「ユーフィッドの……?」


 密偵の新人という線もあったが、それにしては手慣れた様子だった。


「ユーフィッド家からの書簡でしたら、昨日の夜に頂きましたが?」

「新しい情報です」


 そう言うと、使いを名乗る人物はゆっくりとディザイダの座る執務机へ歩み寄る。そして、警戒するディザイダの前に書簡を置いて、そのまま後ろへ引き下がった。

 ディザイダは書簡を開き、軽く目を通して……瞠目した。


「これは……!」


 顔を上げると、もうそこに誰もいなかった。




BBBBB




 朝日が昇った頃、ミスロは両親に見送られ、出発しようとしていた。


「父上、母上、行ってまいります」

「あぁ、気を付けてな」

「ライカたちにもよろしく伝えておいて頂戴」


 頷くと、ミスロは馬を走らせた。

 ふと、振り返ると、アルデバランは微動だにせず、ルランは小さく手を振っていた。


「気になりますか?」


 すぐ後ろから聞こえてきた声に、ミスロは首を横に振った。


「いや、あれでいいんだ。何も知らない方がいい。少なくとも、今はそれで」

「それなら、どうして私を紹介したんですか?」


 腰に回された腕の力、少し強まった。

 ミスロに掴まる、マントを羽織った旅人姿の少女――ブディが、納得いかないと眉を潜めていた。


「もっと他になかったんですか? 記憶がもし戻ったらどうするつもりだったんです」

「戻ることはないさ。セルフィナ様がそうしてくれた」

「そう、ですか」

「まだ納得いかないか?」

「だって、友人の妹って設定ですよ! いくら最高神の力でも、人間、ふとした時に神の束縛を振り切って記憶を取り戻すことだってあるんです!」


 小声でも、ムキになるブディに、昨日の凛々しい姿よりも、こっちの方が素なんだなとミスロは内心で苦笑した。


「だが、これでお前がタンデオスと連絡を取り合ってくれれば、密偵たちももっと楽に仕事ができる」

「使い走りなのはいいですけれど、密偵さんたちの仕事を取りませんか?」

「情報の伝達速度は重要だ。彼らもその辺りは納得してくれるはずだ。合理的な一面もあるからな」

「信頼なさっているんですね」


 町の人たちにも手を振られ、それらに応答しながら走り続けていると、やがて街道へと出た。

 このまま順調に行けば、夕方までにはアスカスに帰ることができるだろう。


「それで、副隊長はどうしていた?」

「書簡をさっと見て、内容を理解されていました。私より少し年上ですけれど、とても優秀な方ですね」

「そうだな」


 帰ったら、忙しくなるだろう。

 ミスロの脳裏に、昨晩から何度も繰り返し思い出している記憶が、再びよみがえる。

 その中で、タンデンが語った、二つの名前。


――ベルテス、アーカイム。我々を率いている国王代理と、その右腕の名前だ。会った事は数えるほどしかないが、どちらも恐ろしい猛者だった。


 あれほどの武人に、猛者と言わせる、怪物たちの幹部とは、一体どんな人物なのだろうか。

 ミスロはブディに聞こうとして、彼女がどこか上の空であるのを気配から察した。


「どうかしたか?」

「え? あ、その……」

「お父上と兄上が心配か?」

「……はい」


 素直に答えたブディに、ミスロは笑みを浮かべると、手綱から右手を離して、腰に回った彼女の腕を軽く叩いた。


「きっと大丈夫だ。アイツがやってくれたなら、無事に戻れているだろう」

「……はい」


 言ってやると、ブディの腕から、余分な力が消えた。

 これでいい。力を強く入れられ、少し痛かったくらいだったので、ミスロとしては二重の意味で助かった。


「ですが、ミスロさんは、あの人の事を、どこまで知っているんですか?」

「あの人?」

「彼です。私たちは、その、名前を呼べないので……」

「ふむ。お前たちは邪悪ではないのだろう。だったら呼べばいいだろう」

「へ?」

「ギルフェンセィア」


 ミスロの発した単語にブディは少しだけ肩を震わせたが、すぐに首を傾げた。


「なんとも、ない?」

「お前たちが言う悪であるなら、アイツはさっさとお前たちを斬っている。そういう奴だからな」

「……とても、信頼されているんですね」

「あぁ」


 そう、十年前のあの日から、ずっとミスロは信頼を置いている。それが揺らぐことはない。いつだって浮かぶのは、あの日の彼の――。


「ところであの……」

「今度はどうした?」

「先ほどから、私たちの動向だけでなく、思考も読み取っている方がいるんですが……」


 ブディはそう言って、明後日の方角へ――“私”に向けて物言いたげな表情を見せた。

 ミスロは今度こそ苦笑を浮かべた。


「なるほど、思考も読み取れたか。通りですぐさま欲しい力を与えてくれると思った」

「笑いごとじゃないですよ。私、これでも神様なのに……」

「力が弱まっているらしいから、仕方あるまい。それに、お前の思考を読んだところで、それを悪用するような奴じゃない」

「まぁ、彼が仲間にしている方ですから、そうかもしれませんけど……その人の事も、信頼しているんですか?」

「直接会ったことはない。だが、信頼している」


 いつもありがとう、私の大切な者たちを守ってくれて。

 ミスロは心の中で、私へ向けてそうつぶやいた。


「あ、ところで、副隊長さんに書簡を届けた時に、廊下でミスロさんの仲間の方を見かけたのですが」

「ふむ?」

「その方が、もしもの時はユーフィッド領に乗り込んでミスロさんを助ける、みたいなことを言っていたんですが、もしかして皆さん、私たちの事を女神から聞いたんじゃ……」


 心配そうに言うブディだが、ミスロはすぐにそれを言った人物と、その心情を察して乾いた笑みが口からこぼれた。


 突撃! ユーフィッド領――。

 そんな事を言いながら、ミスロのために奮戦しようとする親友の姿が浮かぶ。聞いている様子だと、筋肉痛の地獄から無事復活したようで、何よりだ。


「あぁ、それなら大丈夫だ。ただ、私の家庭の事情を知っていて、心配しているだけだ」

「そうなんですか?」

「そうとも」


 数時間前に出会ったばかりだが、仲の良い雰囲気の二人を乗せた馬が、朝日が照らす街道を走り抜けていった。


お読みいただき、ありがとうございます。

次回は第四章エピローグです。

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