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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第四章 突撃! ユーフィッド領
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chapter50

 その時、双方の間に、何かが落ちてきた。

 土ぼこりを立てながら着地したそれは、よろめきながら立ち上がった。

 その姿を見て、ミスロは目を見張った。


 突然の乱入者は、昼間に街道で見かけた、マントを羽織った武芸者だった。そのフード部分がずれ、下から十代前半に見える、麗しい少女の顔立ちが露わになった。

 笑えば同性でも見惚れるだろう顔だが、今は苦悶を浮かべていた。


「申し訳ありません師匠、やられました」


 柔らかな声が、痛々しい様子でタンデンへ謝罪を述べた。その手には、タンデンたちと同じ、片刃の剣が握られていたが、半ばから折れていた。

 タンデンは上を見上げ、目を細めた。


「動けるか?」

「はい。ところで、フジ兄は……?」

「そこで伸びておる」

「……あぁ、兄さん」


 未だ起き上がることのできないフジライを見て、少女は呆れた感情を込めた声をこぼした。


『さぁ、追い詰めたわよ不法侵入者ども!』


 と、上空から力強い少女の声が降ってきた。

 ミスロは聞き覚えのある声と、墜落してきた少女から、おおよその事情を察したが、何も知らないルランは次から次へと起きる超常の事態に目を丸くしていた。


「ミスロ、これは?」

「母上、後で説明しますから、今は目の前の出来事をそのまま受け入れてください」

「わかったわ。後でしっかり聞かせてもらいましょう」


 言うと、ルランはそれ以上追及することはなかった。

 相変わらず、人間離れした胆の据わり方をしている、と呆れと頼もしさを半々で覚えながら、ミスロはルランを庇うように前へ出た。


「どうやら、ここまでのようだな」


 上を向いたまま、タンデンは無感動に零した。その表情は、何故か安堵しているようにも見えた。


「撤退だ」

『させると思う?!』


 不可視の女傑の声音がタンデンへと急接近するが、


「させません!」


 少女がタンデンの身長よりも高く跳躍して剣を払うと、何もない空間で火花が散った。

 その間に、タンデンはフジライの下へと急ぎ足で向かい、肩を貸していた。


「ちくしょう……」

「焦り過ぎたのだ、未熟者」


 悔しげなフジライを、静かに諭しながら、タンデンはミスロへと振り返る。


「今夜はこのくらいで失礼しよう。明日、また貴殿の前に現れよう」


 言い終わり、タンデンが剣を上へ向けた。

 その時だった。


『全員、そのまま動かないでください』


 ミスロの耳元で聞き覚えのない女性の声音がした。慌てて振り返るが、ルラン以外に誰もいない。そのルランも、警戒するように視線を周囲に向かわせていることから、彼女にもその声が聞こえたことがわかった。

 それは、ミスロやルランだけではなく、剣を降ろしたタンデンたちにも聞こえていたようで、三人とも視線を上空へ向けていた。


『そこの血気盛んな小娘さんも動かないでください』

『くっ……アンタは……!』


 不可視の女傑の声が少し上の方から聞こえてくるが、今しがた聞こえている声の方は、すぐ耳元……否、頭の中に直接響き渡っているようだった。


「これは逆さの……手出しは無用と言ったはずだが?」

『たかだか人間と未熟女神に撤退させられようとして、よく言いますね』


 タンデンが上空に向かって静かに苦言を呈するが、逆さと呼ばれた声は淡々とした様子で返した。


『タンデンさん、手加減しているでしょう。本気を出せば、貴方の言うように、必要以上に傷つけることなく、標的を連れてくることができるでしょう』

「無理やり連れていくことは好かんのだ。それに、攻撃をしてこないのであれば傷つけないと宣言している。私から約束を破ることはできない」

『甘いですね。そんな事をしていたら、奴に後ろからバサッとやられちゃいますよ?』

「そう言う貴殿も、迎撃で忙しいように見受けるが?」

『問題ありません』


 何が見えているのだろうか。タンデンと奇妙な女性のやりとりを聞きながら、ミスロは空を見上げる。

 美しい星の海が広がり、そこに浮かぶ月はいつも通りで、特に変わった様子はない。


『それよりも……そこの騎士……そう、ミスロです』


 名指しで呼ばれ、ミスロは身構えた。声から、昨日までに三度も対峙した怪異たちと、似たような気配を感じたからだ。

 それでも、毅然とした態度を崩さず、剣を地面に突き刺し、堂々とした姿勢で返した。


「私に何か用か?」

『はい。我々に投降してください』

「断る!」

『いいのですか? もし貴方が断れば、大変な事が起きますよ?』

「何?」

『えぇ、大変な事です。ですが、奴が現れるのでしたら、貴方を囮にする必要はありませんので、そのままで結構です』

『何言ってんのよ! アンタなんか、姉様たちがやっつけちゃうんだから!』

『よく吠えますね……まぁいいでしょう。

 とりあえず、ミスロ、貴方がこちらへ投降するか、奴が現れなければ、私はタンデオスとアスカスを攻撃します』


 それを聞いたミスロの背中に、冷たい感覚が走った。


「何だとっ?」

「待て、逆さの。無関係な者や罪なき民を巻き込むことは許さない!」


 これまで穏やかさを崩さなかったタンデンが、初めて怒気を露わにした。


『安心してください。痛みも苦しみもなく、皆蒸発しますから』

「蒸発ですって?」


 ルランが茫然とした声を漏らした。言葉の意味を受け取れず、怪訝そうな表情を浮かべている。


『そう、蒸発です。一瞬で消えるんです』

「なん……だと……」


 と、アルデバランの声が聞こえ、ミスロはそちらへ振り返った。上半身を起こしたアルデバランが空を仰いだ。


「一体何者かは知らんが、我が民や国を傷つけるようであれば容赦はせん!」

『いいですよ、容赦しなくても。貴方ができることはありませんから』

「逆さの! 私は別に作戦自体から逃げるつもりはない。今は体勢を立て直すだけだ! 攻撃はやめられよ!」


 タンデンが怒声を上げるが、すぐに呻き声をあげて蹲った。見ると、彼の左肩から煙が上がり、左腕は力が抜けたように垂れ下がっている。


「ジジイ!」

「師匠!」

『立て直している間に、女神たちも体勢を立て直しちゃうじゃないですか。やるなら、今この時がチャンスなんですよ。ほら、こうやって無駄なおしゃべりをしているんですから、考える時間はたっぷりあったでしょう? ミスロ、こちらへ来る決心はできましたか? 未だ姿を現さない奴が来れば、それで全部解決なんですが……』


 逆さが淡々とした様子で、他人事のようにしゃべっているが、その瞬間のミスロは、タンデンの方に注目していた。

 それはアルデバランやルランも同じであった。


 どうしてだろうか、ユーフィッド家の三人は、彼に敬意のようなものを抱いていた。


『――まぁいいでしょう。さっさと奴を呼べばこんな事態にならずに済んだのに、なんて私が言うべきことでもありませんが』

『誰が、アイツなんかに……』

『意地を張る時を間違えてますよ。

 さて、タンデンさんは力があまり封じられていませんし……一撃くらいは耐えられるでしょう。フジライ君とブディちゃんは……まぁ、死ぬ気で耐えてください』

「逆さ……貴殿……!」

「テメェ、俺たちは仲間だろーが!!」

『確かに同じ国の民ですが……派閥が違いますし。……さて、ここまでおしゃべりしても出てこないのであれば、もういいです』


 その時、ミスロは夜空の一点に、一際強い光を放つ星を見つけた。それは輝きを徐々に増していき、それに合わせて危機感も大きくなっていった。


『このぉ!』


 不可視の女傑の気合。何かをしたのだろう、強烈に輝く星が瞬時に消えた。


 と、ミスロの視界に、真っ暗な世界が浮かび上がった。

 白い点が無数に浮かぶ……視点が流れるように代わり、やがてそこに浮かぶ、奇妙な出で立ちの女性の姿を認めることができた。


 金色の短髪を隠すように被った青い帽子に、変わった上着と足の付け根まで露出した奇妙な下履き姿で、火花を散らす奇妙な塊を手にしていた。


『さぁ、獲物はこれでないわ! 諦めなさい!』


 女傑の勝ち誇る声に、視界に薄らと浮かぶ女性――逆さは、その整った美貌に不敵な笑みを浮かべた。


『いいですね……未熟者にしては、中々やりますね。見直しましたよ』

『嬉しくないわよ! さっさとアンタが投降しなさい! そうしたら、命までは取らないわよ?』

『お断りします。私には、まだ手がありますから』


 逆さの隣で、何かが蠢いた。真っ黒な空間が揺らめいているのだ。

 ミスロは何が起きているのかはわからないが、何か大きな災いの元が現れる予感に肌を泡立たせた。

 やがて、揺らめきの中から現れたのは――。


 逆さの何倍もある、鉄の鎧を纏った巨人だった。


『なっ、なんですって……ッ?!』


 女傑の狼狽する声を他所に、ミスロは視界に浮かぶ光景に見入っていた。

 なんだ、あの巨人は? あの巨人も、怪物たちの仲間なのか?

 しかし、巨人からは悪意や害意と言ったものだけでなく、感情や生物独特の気配も感じられなかった。


「まさか……逆さの、貴殿それは……!」

『はい、偶然鹵獲しました。そう言えば、まだ紹介していませんでしたね』


 逆さは、隣に並んだ巨人に、慈しむように手を添えた。


『私はこの子を、カグツチ、と名付けました。いい名前でしょう?』

「馬鹿な、それは……」

『はい、我々を倒すために造られたものですね。ですが、この子はもう私のものですから、とやかく言われるいわれはありません』

『このぉ!』


 女傑の裂帛の直後、逆さと巨人の近くで次々と眩い光が発生するが、それだけだった。

 その時、ミスロは逆さが触れている場所から緑色の光が巨人の胸に向かって走っているのが見えた。


『嘘でしょ……アンタが、ソイツの力を使えるはずがない!』

『へぇ、自分たちの世界以外の力なのに詳しいですね……あぁ、貴女のお気に入りたちが同盟に加わっていましたね。なるほどなるほど……だったら、説明は不要ですね』


 またも逆さが触れている場所から、巨人の胸に向けて緑色が走ると、その姿が瞬時にして鉄棒のようなものへと変わった。その先端には空洞が存在しており、奥が薄らと光り始めた。


『標的は……そうですね、貴方たちがいる場所にしましょう』


 ミスロの全身が、これまでにない警鐘を鳴らしている。先ほどまでの危機感とは比べ物にならない。

 それは女傑やタンデンも同じようだった。


『このっ、止まれぇぇッ!』

「逆さ、やめるのだ! 無辜の民を傷つけるなぁぁッ!!」

『それでは今度こそ、さようならミスロ、未熟女神。さっさと投降するか、奴を呼び出さなかった事を悔いてください』


 光が強まるにつれて、絶望の足音が近づいてきていた。



お読みいただき、ありがとうございます。

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