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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第四章 突撃! ユーフィッド領
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chapter49

 同時刻、中々眠りに着けなかったミスロも、不可思議な気配を覚えて体を起こした。窓の外が淡く輝いていることに気が付くと、手早く着替え、剣を掴んで裏庭へ飛び出した。


 淡く、透明な光はミスロが到着すると収まった。

 光があった場所に、二つの影が立っていた。

 月明かりに照らされて佇んでいるのは、後ろでまとめられた髪と髭が白い老人の男と、十代半ばほどに見える黒髪の少年だ。

 二人とも、茶色の衣服の上に、胸当てと左肩に肩当てを着けていた。そして、腰には細身の鞘に収まった剣が装備されていたが……腰紐に長短の二振りが通してあった。


 出来る。

 サッと見て、ミスロは二人の実力を格上と評した。特に、老人の方は澄んだ気配の中に、鋭い刃を思わせる緊張感を覚えた。恐らく、父アルデバランと同等かそれ以上だ。ミスロは油断なく、いつでも抜剣できるようにしながら、一歩前へ出た。


「夜分遅くに突然の訪問、申し訳ない。我が名はタンデンと申す」


 落ち着いた声音で、老人タンデンが謝罪の言葉を述べた。そこに嘘偽りは感じられない。どうやら、ただの賊ではないようだと、ミスロは話を聞くことにした。


「ここはユーフィッド領主の館。何か御用があるのでしたら、正門から、夜が明けてから尋ねてもらいたい」

「そうしたかったところなのだが……事を穏便に済ませるためには、これしかなかったのだ」

「穏便に?」


 ミスロは気を張り詰めさせていく。

 タンデンは構え一つ取らず、冷静な様子で頷いた。


「そう。単刀直入に言おう。ミスロ・ルラン・ユーフィッド殿。どうか我々と共に来てもらいたい」

「何故か?」

「それが、貴殿やこの地の民のため、と申しておこう」


 ただの誘拐者ではない。まさか、ウェーレの壊滅した暗部、その生き残りかとも考えたが、先ほどの妙な光を思いだし、目の前の老人の正体を察した。


「まさか、貴殿らは最近アスカスに現れた怪人たちの仲間か?」


 怪人、と言う言葉に、タンデンの近くにいた少年が小さく吹きだした。タンデンがちらと視線を向けると、少年は肩を竦めて真顔に戻った。


「だとすれば?」

「無論、断る」


 ミスロは毅然と答えた。

 タンデンは表情一つ動かさず、ふむと頷いた。


「だが、我々は彼女たちと違い、貴殿を傷つけたい訳ではない。共に来てもらえれば、貴殿も、貴殿の知人たちの無事を約束する」

「我が国の民を傷つけようと企む輩の仲間のいう事を聞くと思われるか」

「然り……しかし」


 言い放つミスロに、タンデンは非常に丁寧な対応をしている。

 今までの輩とは、何かが違うのかもしれない。ミスロは頭の片隅でそう考え始めていたが、しびれを切らした様子の少年が会話に割って入ってきた。


「甘いぜジジイ、こいつがハイそうですかと着いて来ないことなんて最初から分かってるだろ」


 声変わりをして間もないような声音は、苛立ちを含んでいる。幼さを残した顔に感情をありありと浮かべ、少年は一歩前に出た。


「待て、まだ話は」

「んなチンタラやってたら奴らが来るだろーが。さっさと終わらせちまった方がいいだろ」


 タンデンの苦言を少年は一蹴し、腰に差していた長い方の剣を引き抜いた。

 月明かりを受けて鋭く輝くその剣を見て、ミスロは目を細める。アルファの持っているボクトウと似たような形をしていたのだ。

 命を奪う武器でありながら、どこか美しさもある片刃の剣。少年はそれを中段から顔の横に構える。角を敵に向ける牡牛を思わせる姿勢を確認しながら、ミスロも剣を抜いた。


「一応、名乗っておくぜ。俺の名はフジライ。そこのジジイの弟子だ」


 言い終わるなり、フジライと名乗った少年が一歩、前に踏み出し、次の瞬間にはミスロの目の前に現れた。


「ふっ!」

「っ!」


 避けられないと判断したミスロは剣で受け止め、勢いごと下方へ逃がした。そのまま切り返すと、フジライは後方に飛びずさった。着地し、構え直す彼の顔には、若干の驚きが浮かんでいた。


「身体強化と……魔法剣(エンチャントカッター)、だと?」


 確認するようにつぶやき、顔をハッとさせた。


「まさか、テメェ……」


 フジライが言い終わる前に、ミスロは彼の懐に飛び込んでいた。

 しかし、フジライは視線を向けることなく片刃を振るうが、ミスロを捉えることはなく、


「ガァッ?!」


 鋭い一閃を受け、フジライはもんどおりうちながら、やがて俯せに倒れた。血は出ていなかったが、かなりのダメージを負ったようで、立ち上がれずに何度も咳き込んでいた。


「うちの未熟者が無礼な事をした。申し訳ない」


 構え、フジライを見下ろすミスロに、タンデンが声をかけた。弟子を倒されたというのに、その表情や声に怒りは見られない。


「だが、時間がないのも事実なのだ。どうか、共に来てもらえないだろうか」

「私は怪物の国に行く気はない」

「怪物……そうだな」


 タンデンが自嘲するように、小さく笑った。


「だが、被害を最小限に抑えるには、こうするしかないのだ。理由は、これで説明した」


 言うと、タンデンも剣を抜いた。フジライが使っていたものと同じ、片刃の美しい剣。

 途端に、ミスロは体が切り裂かれたような錯覚を覚えた。嫌な汗が噴き出て、頬を伝う。


 タンデンが剣を中段に構えるだけで、ミスロは勝てない、と悟った。恐ろしい実力差を感じたのだ。


「貴殿は良い剣士のようだ……安心されよ、剣士としての生命を断つ気も、これ以上の狼藉を働くつもりもない」

「くっ……!」


 ミスロが呻いていると、背後から大きな影が飛び出し、ミスロとタンデンの間に割って入った。

 兜を脱いではいるが、それ以外はしっかりと武装した鎧姿は、ミスロが最もよく知る、国内最高の騎士の背中だった。


「父上!」


 と、ルランがミスロの傍に寄り添い、後方へ下がらせた。


「母上……」

「何が起きているのかはわからないけれど、変わったお客様のようね」


 軽口をたたくルランだが、その表情は硬い。

 ルランはアルデバランと共に、ミスロとフジライの戦闘の一部を見ていた。

 正真正銘、目にも留まらない攻防に、尋常ではない事が起きていると察したのだ。


 アルデバランは二人が離れたことを確認すると、油断なくタンデンを見据えて剣を構えた。


「我が娘に剣を向けるとは……一体何者だ?」

「私はタンデン……ある問題の解決のため、ご息女に同行を願っていた」

「願うと言うには、いささか強引すぎではないか?」


 殺気を高めるアルデバランだったが、タンデンの殺気に精神がすり減っているのを感じていた。

 騎士として様々な戦場に立ち、戦士と戦ってきたが、これほどの実力者は未だかつて出会った事がなかった。自らが認める強者たちとは比べ物にならない、果たして、自分が勝てるのかどうか……そこまで察したアルデバランに、老剣士は静かに声をかけた。


「参る」


 来る!

 そう思った時、アルデバランは奇妙な感覚を覚えた。

 タンデンが近づいてくる。恐るべき体裁きだ。無駄が全くなく、近づかれる相手はタンデンが瞬間移動してきたように思えるだろう。

 それを、冷静に考えられるくらいに、アルデバランはタンデンの動きを捉えることができていた。風の感覚がいつもよりも繊細に、他の動きが全て遅く感じられる。


 何かがおかしい。瞬時に悟ったがすぐに思考を捨て、タンデンの剣を躱すことに集中した。


「うむ、身体強化を施せば、貴殿を止められる者はいないだろう」

「何?」

「それが、人間の範囲であれば、だが」


 打ちこまれるタンデンの剣を受け止め、弾き、斬りかかる。かつてない戦闘体験を得ながらも、アルデバランは集中を切らすことなく、タンデンへと鋭く重い一撃を加えていく。

 必殺の一撃を受け止めたタンデンは、ふむと頷いた。


「貴殿は、人格者なのだな」


 アルデバランの蹴りを自らも足で受け止める。


「実に優れた人格……高潔な武人であり、善き領主、経営者なのだな」

「一体、何を……」

「だが、心に大きな傷を抱えておられる」


 動揺は見せなかった。

 だが、心に一瞬過った記憶に気を取られてしまったアルデバランが、不味いと気が付いた時には、脇腹に強い衝撃が走った後だった。


 倒れたアルデバランを一瞥することなく、戦慄の表情で見やるルランとミスロへタンデンは言葉をかけた。


「殺してはおらぬ。誰も殺すつもりはない。だが、向かってくるのであれば対応させてもらう」


 タンデンの静かな視線がミスロへ向けられた。


「どうか、我々と共に着いてきてもらいたい。貴殿は囮になるだけでよい。それ以上は望まないし、傷つけもしない。貴殿も、貴殿の守りたい者たちも、全て」


 穏やかな声だが、言っていることは全て、遠回しな脅しだった。

 ミスロは歯を食いしばり、タンデンを睨んだ。



お読みいただき、ありがとうございます。

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