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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第四章 突撃! ユーフィッド領
58/91

chapter47

お待たせしました。

 世界が黄金色に染まるユーフィッド領の道を進むことしばらく。

 あちらこちらに畑が見えてくると、帰路に着く民たちが近づいてくる蹄の音に気が付き、それに跨る騎士の姿を認めると、それぞれが好意的な態度で迎えた。

 ミスロは彼彼女らに軽く手を挙げて応え、急いでいるからと先へ進む。

 そうして、いくつかの村と田畑を超え、やがて立派な石造りの城壁が囲う町へと着いた。


 ユーフィッド卿一家が住まう、領の中心地だ。

 ここでも門番を始めとする人々から名前を呼ばれ、歓待されながら、ミスロは館へと向かった。馬からは降りて歩いている。

 幼い子どもたちが、馬を引いて歩くミスロを見て目を輝かせていた。ミスロは子どもたちの母親の中に、昔から知っている者たちを見つけると、彼女たちと目線だけで挨拶を交わした。

 それから、恐ろしい事態に巻き込まれながらも、振り落とさずに頑張った馬に労いの言葉をかけ、業者に心付けを渡し、よりよい世話をしてやってほしいと預けると、そこからは足早に進む。


 ユーフィッド邸は、町の広場を抜けたその先にあった。

 ミスロはしばらくぶりに戻った我が家を見上げ、敷地内に足を踏み入れた。

 手入れされた庭を進んでいると、館の大扉の前で二人の男女が待っていた。


 男は高身長の美丈夫で、一見細く見えるが、とても鍛えられた身体を持っている。

 女はミスロとあまり変わらない身長で、彼女とよく似た容姿をしている。首元まで伸ばした髪が、どこか快活さを感じさせた。

 ミスロの両親である、アルデバランとルランだ。

 二人はミスロが近づくと、特にアルデバランは威厳を湛えていた顔をほんの少し緩め、両手を広げて出迎えた。


「ただいま戻りました、父上、母上」

「おぉ、ミスロ、よく戻ったな」

「おかえりなさい、ミスロ」


 挨拶もそこそこに、ミスロは館へと通された。

 館の中は、ミスロの記憶にある一番古い記憶から特に変わりはない。飾り過ぎず、必要最低限の調度品を置いているだけで、しかし明るい空気を失わせないでいる。住居者や客人に安心感を抱かせるような配置は、家主一家の気配り上手な面と、質実剛健な性格を伺わせた。


「疲れただろう。少し休むといい」

「いえ、急ぎお伝えしなければならない話しなのです」

「うむ……しかし」

「まぁまぁ、いいじゃない」


 渋るアルデバランをルランが宥める。

 彼女は、その穏やかな淑女然とした態度に、鋭さを交えた視線でミスロを見た。


「貴女が急ぎであのような手紙を送り、早馬で来たということは……何かよくないことなのでしょう?」

「はい。全て、お話しします」


 談話室に通されてソファに座ると、早速、ミスロはこの数日の間に起きた事件を話した。

 怪物たちとの三度に及ぶ遭遇と死闘、その度に紅い鎧を纏った騎士に助けられたこと、それから第一小隊がそれらの事件に関する調査を任されたことなど。


 アルデバランとルランは、最後まで静聴すると、顔を見合わせると難しい表情を浮かべた。


「にわかには信じられんな」


 アルデバランたちが抱いた正直な感想だった。

 しかし、愛娘が冗談でもこんなことを言うような性格でないことはよく知っているため、困惑してしまったのだ。ありえないと一蹴してしまうことはできたが、冗談にしては手が込んでいる。


「そうね。ねぇ、レリムはなんて言っていたの?」

「父上と一緒です」

「だろうな」


 アルデバランの知る第一小隊の隊長レリム・ソーマという女は、大雑把な言動が目立っているが、その実、とても思慮深い面をその笑顔の裏に隠している。飄々としながらも洞察力に優れ、専門の間諜を相手に、その虚偽を見抜ける特技も持っている。かつて部下だった際に、そのキレのよさで何度も助けられた。

 第一小隊が怪物騒動関連で動いたということは、彼女がミスロたちの話しを最終的に信じたからということに他ならない。


「それと、こちらが隊長と副隊長から預かった書状です」


 ミスロが机の上に出した二通の書簡を手に取り、アルデバランとルランは交互に目を通した。

 どちらも、恐るべき怪物がこの世界を危機に陥れようとしているため、アルデバランに知恵と兵力、または武器や資材を提供して欲しい、という内容だったが、ディザイダの方にはさらに、


『怪物たちは、自らを神と称していました。そして、それに見合う恐るべき力を持っております。信じていただけないでしょうが、私はこの身を以て彼女たちの恐ろしさを知りました。もし大群が現れれば、民たちに多くの犠牲が出ます。どうか、そうなる前にユーフィッド卿の力をお借りたいのです』


 と書かれていた。

 さらに、両者とも、任務や公的な書面で扱う、それぞれの役職専用の印が押されており、力の入れ具合を伺わせた。


「むぅ……」


 アルデバランは腕を組んで唸ってしまった。

 生真面目なエウィ家の娘が、冗談でこのような印付きの嘆願書を書くことはありえない。


「レリムもそうだけれど、あのディザイダがここまでするなんて、よっぽどの事よ」

「うぅむ、そうだな」


 どこまでも信じられない話だが、やはり事実なのだろうか。

 であるならば、すでに騎士団に紛れている王室直属の密偵が、怪物騒ぎの情報を王の耳に入れているだろう。今後の展開次第では、各領主たちに怪物関連の王命が届くことになる。

 やはり、嫌な予感がする。


 そこまで考え、アルデバランは気になっていた事をミスロに尋ねることにした。


「ミスロ、確認したいことがある」

「はい、何なりと」

「何故、私たちにこの話をしたのだ?」


 放っておけば、王命が届き、ユーフィッド領は遠からず動くことになる。だというのに、ミスロはわざわざ手間と時間をかけてここまで直接、話しにきた。

 アルデバランはその理由が知りたかった。


 ミスロは見据えるアルデバランを真っ直ぐに見返して、


「父上と母上は、この話を笑わずに聞いてくださる。そして、すぐにでもユーフィッド領や、国を守るために早急に動いていただける、そう考えました」

「そうか……」


 確かに、このような話、アスカス駐屯騎士でも信じていない者は多いだろう。

 アルデバランも未だに半信半疑だが、娘と駐屯地の騎士たちが脅威に感じる謎の存在が、愛する家族と領民、国を襲うのであれば……。


 ルランへ今一度、視線を向けると、彼女も同じ考えに至ったようで、任せると頷き返してきた。

 考えを纏めたアルデバランは、ミスロを真っ直ぐに見据えた。


「……正直なところ、怪物の存在はやはり信じられん。だが、私たちはお前や駐屯地の騎士の事をとても信頼している。全面的に、と言う訳にはいかないが、できる範囲での協力は惜しまん」


 アルデバランの厳かな声の答えに、ミスロは目を僅かに見開いた。

 信じてもらえない上に、叱られるかもしれない。下手をすれば家から叩きだされる可能性も考えていたのに、思っていたよりもあっさりと協力の取り付けたができたからだ。


「ありがとうございます。ですが……その、よろしいのですか?」

「よろしいも何も、私たちの力を借りるために手紙を寄越し、こうして急いで来たのだろう。それに、もしもお前の言うような恐ろしい存在が実在すれば、罪なき臣民たちの血が流れることになる。それは、元騎士として許せることではない」

「ありがとうございます」


 元騎士、という言葉にミスロは内心で寂しい気持ちを覚えたが、おくびにも出さず、両親に感謝の言葉を述べた。


「こう申し上げるのも恥ずかしいのですが……信じてもらえて、ホッとしています」

「さっきも言ったが、半信半疑だ。他の領地の事でもあるから、できる事は限られている。だが、実在すれば確実に脅威になる。それに、若手とは言え、お前たちが苦戦するような強敵だ。正体がなんであれ、放っておけるような輩ではない」


 ミスロよりも強い者は五万といる。アルデバランはその中で、アスカスに侵入し、暴れる奇怪な術を使う男女の精鋭を思い描くが、どの人物や団体も当てはまらなかった。やはり想像がつかないと首を振る。


「しかし、人語を話し、人に化けられる怪力無双の怪物と言ったか。そいつらは、何か自分たちについて重要な手がかりを言っていたのか?」

「はい。姫、と呼ばれる存在を探しているとのことです」

「姫? 怪物たちは国を持っているというのか……」

「わかりませんが、彼らはその最期に、自分たちの国に栄光あれと揃えて口にしていました」

「国に栄光あれ……か。姫と言えば、先日、アスカスで捕らえられたウェーレ国の闇組織も、姫、と呼ばれる人物を探していたそうだが……」

「奴らと怪物たちの探す姫は違うようでした。それに、両者の間に関係はないと思われます。もしあのような力を持った者たちが暗部にいたのであれば、奴らはとっくの昔にウェーレを乗っ取り、再び各国へ進軍しているでしょう」


 発言したミスロと聞いていたアルデバランの顔に影が差した。


「ふむ……」

「怪物たちが慕う王女様がいるのかしらね? つまり、王様が居るってことかしら」


 ルランは冗談めかした口調だが目は笑っていない。


「怪物の王族に、国か。急に童話じみてきたな……」

「あら、童話だって元々は怖いお話が多いのよ?」


 彼女は続けて、アルデバランが聞きたかったことを口にした。


「怪物たちも気になるけれど、それを倒したという騎士も気になるわね。全身を覆う鉄製の鎧となると、大貴族か王族の、その中でもほんの一握りしか持っていないし、只者でないわ。それも赤色に染めているなんて」

「ベイリーの奴は青染めにした布を肩に貼っていたが、鎧に直接塗装するとなると、色々と金と労力がかかるだろうな」

「それに、赤色なんてとても目立つし……よっぽどの目立ちたがり屋なのかしら?」

「だな。うぅむ、しかし、そのような鎧を纏った騎士など聞いたことがない……」


 怪物の話をしていたはずの両親が、赤い騎士の話題に夢中になったのを見て、ミスロは小さなため息の後、苦笑いを浮かべた。


「どうかしたのか?」

「騎士の話しも、流石に信用してもらえないかもしれないと思っていたのですが、予想外に食いつかれていたので……」

「怪物よりは現実味があるからな」

「もしかしたら、陛下の配下だったりしてね」

「うぅむ、それはありえるな」


 ミスロは議論に熱の入る両親を尻目に、ともかく使命を果たせたと胸を撫で下ろし、早速、道具袋から紙とペンを取りだして手紙をしたため始めた。書き終えた手紙を封に入れると、アルデバランたちに一言入れて部屋を出て、


「これを騎士団の方へ届けて欲しい」


 背後にいつの間にか立っていた人影に渡した。


「あまりここに長いするつもりはない。夜中になったら出る」


 振り返らずに言ったミスロに、人影は受け取った手紙を懐に入れながら、


「……少し休んで行けばいい」


 感情を伺わせない静かな声で、囁くように語りかける。


「……奴らが私を追いかけてきている。父上や母上、領民たちが巻き込まれる」

「妹様たちが抑えてくださる」


 そう言われて、ミスロはしばらく黙りこくり、ようやく振り返った時には、姿かたちも無かった。



お読みいただき、ありがとうございます。

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