chapter45
アルファが学校から帰ると、アンジュからしばらくミスロが留守にすることを知らされた。
仕事でアスカスから離れることは稀にあることなので、挨拶できなかったことは残念だが、しばらくすればまた会えるとアルファは思い直した。
部屋に戻ると、早速宿題に取り掛かる。それらをさっさと終わらせると、裏庭に出て、日当たりのよい場所に設営された小屋へと向かった。
ワンダー家の裏庭には、二羽の鶏がいる。雌で、それぞれ名前はカボチャ、レモンと名付けられ、ヒヨコの頃からワンダー父娘が世話をしている。
卵を産めるようになってからは、それを頂いて料理に使っており、ワンダー家の料理幅は他の一般家庭よりも広くなっていた。
それはさておき、ゼット手製の小屋の中でのんびりと昼寝をしていたカボチャとレモンは、アルファの気配を感じ取ると目を覚まし、網の前へと歩み寄ってくる。
「二人ともただいま~。今日も卵ありがとうね」
アルファがニコニコと話しかけると、二羽とも首を左右に小刻みに倒して小さく鳴く。傍から見るとまるで会話をしているようにも見える。実際のカボチャたちは、アルファのことを親だと思っているのか、とても懐いていた。
「じゃあ掃除するから、ちょっと向こうに行っててね」
朝、ゼットが軽く掃除と餌箱や水の交換を行っているが、アルファは午後の世話を主に担当している。
言われた通りにカボチャたちが入口から離れると、小屋に入って手早く作業を終わらせていく。落ちている羽毛や汚れ全般を掃き、餌箱、水飲み場、砂場も点検を行うと、床をブラシで擦り、予め汲んでおいた水を流す。最後にトウモロコシや麦を補填し、水も交換して、作業終了。
「終わったよ」
それまでおとなしく待っていた二羽の頭や背中をそっと撫でてやり、彼女たちから鳴き声の挨拶を受けると、ようやくアルファは小屋を出た。
よく手を洗ってから診療所へ戻ると、次はゼットやアンジュの手伝いだ。と言っても、お茶を出したり、指示された物品や薬を取ってきて渡したり、掃除をするくらいだ。
ワンダー診療所の二大看板娘(今は三大)として一生懸命に仕事を全うしようとする姿は見る者を癒してくれるが、下校してから訪れる患者は少ない為、アンジュと一緒に書類整理をすることが多い。
「あ、オルトさん、お金の支払い終わったんだね」
「そうなのよ。でも、お酒飲んでるお金があるならツケずに払いなさいっての」
「仕事が終わる前にお酒は飲んでないと思うよ?」
「どうしてそう思うの?」
「オルトさん、仕事の納期前はお酒を飲まないってパパが言ってたから」
「ふぅん、そうなんだ……?」
目を丸くするアンジュを置いて、アルファは書類をまとめ、ファイルに綴じていく。それを本棚に入れるとき、背表紙に書かれた種類と日付順に並べる。高い場所へはアンジュに入れてもらった。
「仕方ない、また今度ツケてきても、いつも通りに待っててあげますか」
「うん。でも、オルトさん、入ったお金をすぐに歓楽街で使っちゃうから、仕事に取り掛かる時に材料の購入費とで、生活費がカツカツになるってパパが言ってたよ?」
「よし、次は利子つけてやるわ」
書類整理が終わり、二人はお茶を入れてゼットの下へと向かうと、丁度診察をしているところだった。珍しい午後からの客だ。若い女性で、どうやら喉の具合がよくないらしい。
「アルファ、悪いけれど、薬箱の棚の上から三番目の喉薬を取ってきて」
「わかった」
「取れる?」
「うぅん、しょっ。大丈夫だよ」
二人が見ている前で、ゼットは断ってから女性の手を取る。そして首元にそっと触れるように手を添えて数秒後、女性はのど元に触れ、驚き、喜んで立ち上がった。
ゼットは終始微笑を浮かべたまま、診療の結果と今後の注意点を述べていく。女性から礼を言われると、それに軽く手を挙げて応えると、アンジュに視線を向けた。
「アンジュ、お会計よろしく」
「はい」
受付の小さなカウンターへと移動したアンジュが会計を済ませると、女性がゼットへと振り返った。
「もしオルトに会ったら、またお店に来てって伝えてもらえませんか? しばらくは無理そうですけれど」
「わかりました。ま、俺が伝えなくても奴なら行くと思いますがね」
「ふふっ、仕事になるとあの人、会いに来てくれないんですもの」
そう言うと、女性はアルファに気が付き、軽く手を振って診療所を去って行った。
ゼットがやれやれとつぶやきながら背伸びをしていると、アンジュとアルファが驚いた様子で彼に詰め寄った。
「ねぇねぇパパ、今の人って誰?!」
「まさかオルトさんの恋人?!」
目をキラキラさせる二人に、ゼットは半笑いで否定した。
「んなわけねーだろ」
「なぁんだ」
「ちっ、つまりオルトさんのお気に入りのお店関係ってことか」
アルファたちは途端に興味を失い、冷めた目線を今ここにいないオルトの幻影に向け始める。アンジュに至っては、やはり軟弱者だ、ツケに利子をつけるべきだとも言った。
「いやいや、お前ら、掌を返し過ぎだろ」
「いやらしいお店に通うツケ野郎の事は知りません」
ぴしゃりと一蹴したアンジュにゼットは苦笑を浮かべた。
ちなみに、先ほどの女性はオルトの恋人ではないが、別に遊郭関連の人間でもなく、友人がやっている酒場のアルバイトだ。オルトの事は気に入っているようなので、上手く行けば彼の歓楽街通いもなくなるかもしれない。
「あの人、ケインさんの店の人だったんですね」
「そう言う訳だ。オルトの奴は怪しい店にはいかない。それとお前ら。いくらなんでも一端の職人を馬鹿にするもんじゃないぞ?」
「それはそうですけれど……」
「アイツがいなかったら、診療所だって困るんだ」
そう言ってゼットが手に持ったのはピンセットだ。一見、普通のピンセットに見えるが、ゼットはそれを尊敬の眼差しで見ていた。
「このピンセットは、この辺りじゃオルトしか作れない。こんな凄いものを作れるんだ。ツケずに払ってくれることに越したことはないが、それはそれだ。奴をあんまり悪く言わないでくれよ」
穏やかに言うゼットに、アルファとアンジュは顔を見合わせると、揃って頭を下げた。
「ごめんなさい」
「わかったならいいさ。これからは、少しくらいオルトの奴に敬意を」
言いかけて、ゼットはしばらく黙ってから、
「……そう言えばオルトの奴、ケインのツケ、まだ払えてないな」
三人の間に、少し寒い空気が生まれた。
「明日、払わせに行くか」
「そうした方がいいと思います」
ゼットとアンジュの冷めた目と態度を見ながら、大人にも色々あるんだなぁと子ども心にアルファは思ったのだった。
ααααα
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