chapter44
MMMMM
昼過ぎ、旅の準備を終えたミスロがワンダー診療所を尋ねると、受付にいた少女サァフがにこやかに出迎えた。
鋭さを感じさせる目つきだが、笑顔になるとそれが不思議な愛嬌になっている。元々愛らしい顔立ちなので、受付として適材かと思われる少女だが、
「こんにちは、ワンダー診療所へようこそ……って、アンタか」
「邪魔するぞ」
入ってきたのがミスロとわかると、途端に素の口調が出てしまっていた。居心地の悪そうな表情はお転婆な年頃の娘そのものだ。
すると、奥の方からアンジュが早足にやってきてサァフの頭頂部に手刀を落とした。
「こらっ、患者さんをそんな風に呼んじゃあダメよ!」
「ってぇ!? 患者じゃねぇよ、騎士様だよ!」
頭を押さえて文句を言う少女に指摘され、アンジュはミスロに気が付き、早々と頭を下げた。
「ごめんなさいミスロ様!」
「構わないさ。私以外の患者にはちゃんと対応しているのだろう?」
「えぇ。でも、いくら顔見知りでも、お客様に対してあの対応は失礼ですから、注意はします。サァフも、ミスロ様がお優しいからって調子に乗らない!」
「わぁったよ! ったく、自分だって猫被ってるくせに……」
「何か言ったかしら?」
「なんでもありません。いらっしゃいませユーフィッド様。本日はどのようなご要件でしょうか?」
流石は元暗部の面目躍如と言ったところか。
接客用の対応に戻ったサァフは、先ほどの態度がまるで嘘のように、可憐な受付嬢をこなしていた。
内心で、これならやっていけそうだ、と安心しながら、ミスロはゼットに用事があることを伝えた。
「そう時間は取らない。もし診察の最中なら、伝言を頼みたい」
そう言うミスロだが、待合室に患者の姿はなく、奥からも気配がないことは確認済みだ。案の定、アンジュは診察室へ入って、すぐに戻ってきた。
「はい、今なら大丈夫だそうです」
「わかった。患者が来たら引き上げよう」
「わかりました。まぁ、今日はもう来ないでしょうけれど」
苦笑するアンジュに軽く手を振って診察室へ入ると、白衣を着たゼットがカップを手に一息ついていた。
仕事机の上には、湯気を立てたカップがもう一つ用意されていた。
「おはよう、騎士様。夜勤明け、お疲れ様。まぁこれを飲めよ」
軽い調子で挨拶したゼットに勧められるまま、ミスロはカップを受け取る。中身は独特の香りがする茶で、飲むと全身の疲労感が少しだけマシになったような気がした。
「ありがとう。これは、コーシェのハーブで作ったのか?」
「あぁ。明日か明後日には戻ってくるらしいから、おかわりはその時だな」
「またその時にな。それよりも――」
パチン。
ミスロが言い終わるよりも前に、ゼットが自然な動作で指を一度鳴らした。
「どうぞ」
「あぁ」
知らない者から首を傾げられそうなやり取りの後、ミスロは姿勢を正した。
「昨晩も助かった。感謝するぞ、ゼット」
頭を下げたミスロに、ゼットは「堅苦しいねぇ」と苦笑した。
「いいさ。アンタたちが無事で何よりだ」
「お前が助けてくれたからだ。そうでなければ、私たちはこうして生きてはいなかった」
断言するミスロの脳裏に、これまで出会った化け物たちの姿が浮かび上がる。
おとぎ話や神話に出てくる怪物の方が、まだ愛嬌がある。
「……アレは、人間がどうこうできる相手ではない。実際に三度も相対してみて、嫌でもわからされた」
「あぁ、そうだな」
否定せずに淡々と頷くゼットだが、その目はしっかりとミスロを見ている。
揺るがない茶褐色の瞳に、ミスロは毒気を抜かれ、強張らせていた全身を緩ませると、天井を見上げて静かに息を吐いた。
「正直、何度もお前やセルフィナ様に助けを求めようかと思った」
「思っただけで、自分で立ち向かおうとしていたじゃないか」
「実際はこの体たらくだ。お前の仲間から力を借りたが、全く歯が立たなかった」
ミスロが天井を見上げ、「だが、おかげで助かった」と告げた。ゼットは黙って見守っている。
「お前のような力、とまでは言わないから、せめて、奴らに対抗しているという者たちの武器が欲しい」
「いくつか候補はあるんだがな……やっぱり、渡すことは許さないそうだ」
「わかっている……だが、呪いで強化された状態で防ぐのがやっとだった。いや、もしかしたら手加減をされていたのかもしれん」
「人質にするために、殺す訳にはいかんからな」
無意味だろうに。ミスロは胡乱気にゼットを見やりながら思った。
「昨日までの奴らは威力偵察ための派遣隊ってところだ。全体的な能力としては、下の下、そのまた下だな」
「あれでか……」
あれで威力偵察のための尖兵と来たものだ。
ミスロは頭が痛くなり、肩をがっくりと落とした。
「強い武器は確かに必要だ。だが、使い方を誤れば使用者側に甚大な被害を及ぼす物も少なくない。例えば、お前が以前に欲しいと言った剣だって、使用中に体のどこかが刃に触れるだけで、普通の剣とは比較にならない傷を負うぞ」
「それくらいなら、武器を執るものとして当然覚悟しておくべき事柄だ。支給品の剣だって、刃に指を添えて力を入れれば斬れる。それと同じだ」
ミスロは腰に吊るしている剣を意識して、そう言えば手入れがまだだったことを思い出した。
「貸してみろ」
何も言っていないのに、ゼットが手を差し出してきた。
何を、と言わず、ミスロは鞘ごとゼットへ剣を手渡した。
ゼットは剣を抜くと、横へ向いて、弓で狙いをつけるように剣を持ち、細かく角度や位置を変えながら刃の様子を確認し始める。それを終えると樋の様子を見て、片手で構えた。
「よく持ったもんだ」
「強化がなければ一撃目で折れていただろう。感謝しかない」
「だそうだ」
ゼットが天井に向けて言葉を放つが、返答はない。しない。
「修理に出すか、新しいのを用意する方が手っ取り早いが……」
ゼットはそう言いながら、柄に手を添えると、切っ先まで埃を払うように動かした。
すると、全体の破損がきれいサッパリと消え、新品と見紛うばかりの剣が現れた。
「これでいいだろう」
「すまない」
ミスロは返された剣を腰に戻した。心なしか、先ほどよりも軽く感じられる。
「何だか軽いんだが……」
「邪気やら何やら払っておいたからな」
「それはありがたいが……怒られないか?」
「お前の剣を清めたくらいで怒られはしないさ。それより、何か用事があったんだろ」
「あぁ、そうだな」
ミスロは茶を飲んで喉を湿らせ、心を落ち着かせた。
「これから実家に戻ることになった。そのことを伝えに来ただけだ」
「律儀なことで。あいわかった」
「この街と、ライカやベルたちをよろしく頼む。お茶、美味しかったよ。ごちそうさま」
言い終えると、ミスロは診察室を出て、アンジュたちにしばらく留守にすることを伝えた。
そして、我関せずの態度をとっていたサァフの横を通り過ぎながら、
「診療所のことは任せる」
「言われるまでもないさ」
言葉を交わし、ミスロは診療所を後にした。
それから数分後、早馬に乗り、アスカスの南門から飛び出したのだった。
MMMMM
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