エピローグ 夕闇に潜む怪異を暴け
赤い騎士に導かれて進んでいると、視界が一瞬歪み、次に目を開けた時には、今度こそ見慣れたアスカスの街へ戻っていた。
夕日は当の昔に沈んでおり、星の海に月が浮かんでいた。
ライカは騎士に改めて礼を言うべく振り返ったが、すでに影も形もなかった。
それからほどなくしてコーシェが意識を取り戻した。状況を説明すると、コーシェは胸を撫で下ろした。
一人で歩けると言うコーシェに引き続き、無理やりミスロは肩を貸しながら、ライカは彼の傍へ寄り添うように歩いて、ゆっくりとした足取りで彼の家へ向かう。
「あの、ユーフィッド様、セイクリッド様」
「何だ?」
「あの化け物たちは、一体、何者だったんですか?」
ミスロは真っ直ぐ前を向いてしばらく黙っていたが、やがてライカへ視線を向けた。
「いいんじゃないかしら?」とライカが頷くと、ミスロは語り始めた。
「数日前より、この街で奴らのような化け物が姿を見せるようになった。奴らは人間のような姿をしているが、本性は見たこともない異形で、姫様と呼ばれる人物を探している」
「あんな生き物、見たことがありません」
「あぁ」
「アイツらは、自分を神様だって言っていました」
「神を自称する、邪悪な存在だ。耳を貸すことはない」
ミスロの言葉に、ライカが追従して頷いた。
「奴らは、探し人ついでに人を弄び、殺そうとした。探している姫様とやらが何者かはわからないが、見つかるまでに民間人に犠牲が出る可能性が高い。それは絶対に阻止しなくてはならない。第一小隊は、奴らを止めるために動いている……だが、見ての通り、全く歯が立っていないのだがな」
「でも、ユーフィッド様は対抗して……そうです、そもそも、あの時に聞こえてきた声は……今朝、アスカスに入る前に聞こえた声は奴らの仲間だったのかも……!」
「落ち着け。とにかく、今日の所は帰って休め。それで明日も休日にするんだ。ゼットには私から言っておく」
「ダメですよ! ボク、明日は」
「コーシェ、明日、ふらふらな状態で行っても、ゼットさんたちを心配させるだけよ」
ライカに諭され、コーシェは明日休むことを約束した。
「夢を追いかけるなら、まずは自分の体を労わりなさい」
「……はい」
コーシェの家までもう目と鼻の先となった。ライカが先に行って家族に知らせようとするのを、ミスロがお前も無理をするなと止めていると、コーシェは意を決したように顔を上げた。
「あの、奴らが何者で、本当の目的が何なのかを暴く必要があるのであれば、ボクもそれに協力させてください」
「何?」
「アンタ、また」
「いえ、ボクに戦う力がないことはわかっています」
そう言うコーシェの目には、諦めや不甲斐無さは浮かんでおらず、目標に進む時のような、強い意志が宿っていた。
「ですから、ボクは、ボクに出来る範囲で皆さんのお役に立ちたいんです。薬品の提供や、密偵の方々には敵いませんけれど、噂話や伝承を調べて、お伝えしようと思っています」
「一般人が首を突っ込むな。お前は、今まで通りに薬師として上を目指し、民衆のために腕を振るうんだ」
ミスロの厳しい言葉を受けながらも、コーシェは引く気配を見せなかった。
「……だが、薬剤の提供は有り難いからな。私の一存では決められないが、隊長たちに購入検討の話をしてみよう」
「ありがとうございます」
「昔から、お前は頑固者だからな。ライカもそう思わないか?」
「そうね。こうと決めたら諦めるまで曲げないんだから」
「すみません」
そうしているうちに、ようやくコーシェの家の前に着いた。
出迎えた家族に、適当な理由をでっち上げて説明し、コーシェを引き渡すと、ミスロはライカに肩を貸して歩き出した。
「いいのにもぅ」
「無理して気を失われたら、連れて帰るのに苦労するだろう」
「何よそれ」
言い合いながら夜の街を歩いていると、しばらくして巡回していたベルたちとばったり出くわした。
ライカの姿に驚き、駆け寄ってくる仲間らを見ながら、ライカはミスロに囁きかけた。
「怪物もそうだけどさ……あの赤い騎士……一体、誰なんだろうね?」
「さぁな」と答えられるだろうとライカは思っていた。だから、次に聞こえてきた言葉が、鮮明に聞こえてきた。
「ギルフェンセィア」
一言だけ答えると、ミスロはベルにライカを任せ、代わりに自分が入ることを提案した。
「ねぇ、今のって」
「ん、何の話だ?」
訝しげな表情をするミスロを見て、ライカは言葉を飲み込み、何でもないと手を振って、ベルの肩に捕まった。
二人が仲間たちにこれまでの事を説明すると、ベルはライカを背負い、大急ぎで駐屯地へ戻って行った。
その後ろ姿を見ながら、ミスロもまた、仲間たちと共に夜の街へ歩き出した。
MMMMM
夜更けのワンダー診療所の二階で、厠から戻ったサァフが部屋へ入ろうとして、ふと視線を向かいのドアへ向けた。
ゼットたちから物置で、開いてはならないと言われていた部屋に、サァフは魔が差したように、ふらっと近づいて、取っ手に手をかけた。
「……やめとくか」
早く戻らないとアルファが寂しがると思い、湧き出た好奇心を振り払って部屋へ戻った。
その後すぐに部屋の前に人影が立った。
「お疲れ様」
ゼット・ワンダーが、開かずの間と呼ばれた部屋の中に向かって声をかけた。
「おいおい、フルネーム呼びはよしてくれよ」
わざとらしく肩を竦めると、ドア横の壁にもたれかかった。
「ありがとな」
そんな風に――――
「いや、声に出して返答してもらいたいんだが」
……。
聞こえているのであれば、別にこちらでも構わないだろう。まぁいい。たまには声を出しておくか。
「あぁ」
ゼットはドアの向こうからの返答を受けると、どこからか取りだした、ハーブクッキーを乗せた皿をドアの前に差し出した。
「差し入れだ」
「いただこう」
皿が瞬時に消え去る。
むぐ……今日はヨモギか。うん、美味しい。
「そいつはよかった」
「私はいいが……妹君の方はあまりよくないと思っているようだぞ」
「どのことだ?」
「さっきのことだ」
「だろうな」
ゼットは苦笑するだけだ。ヤバいなぁとつぶやいているが、本心はわからない。
「それに……彼女たちはライカとコーシェの記憶を消さなかった」
「気になるのか?」
「少しだけだ。彼女たちも守護対象だからな」
今も、私の『目』には夜警中のミスロや医務室で寝息を立てているライカ、ベッドの中で泥のように眠るコーシェなどなど……数多の人間の姿や、街とその近隣の様子が映っている。
その中央に浮かんでいるのは、サァフに守られるようにして眠る、アルファの姿だ。
「そう言えば、ミスロがお前の名前をライカに教えたぞ」
「あぁ、知ってる」
「いいのか?」
「構わん。ライカも混乱しているし、しばらくは誰かに話すことはないだろ」
「もし話したら?」
「その時はその時だ。これから嫌でも関わることになるんなら……ラトゥス様たちが、より強い加護を授けてくれるからな」
あっけらかんとした物言いに、思わずこう言わずにはいられなかった。
「お前、怒っているのか、妹君に?」
「いや、全然?」
あぁ、これは本当に怒っていないのだろうが……加護を授けることになるだろう妹君の仕事が増えることは確かだ。
「じゃあ、引き続き頼むぜ、ヴァンドラ」
「それが契約だからな。次はゴマ団子がいい」
「あいよ」
こうして、魔と二度、三度に渡る死闘を潜り抜けたミスロとライカによって、怪物の情報は第一小隊の騎士たちだけでなく、アスカス駐屯地の騎士全員に広まった。
夕闇に潜む怪異を暴け。
この夜から、そう任務を受けた第一小隊は、本格的な怪物調査へ乗り出した。
お読みいただき、ありがとうございます。
これにて、第三章終了です。




