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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第三章 夕闇に潜む怪異を暴け
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chapter42


 俯せになって止まったライカは、恐る恐る顔を上げる。きっと、酷い事になっているとわかっていながら。それでも見られずにはいられなかった。


「え?」


 しかし、ライカを絶望が縛ることはなかった。


『バカな……?』


 そして、コーシェも男に捕らわれることはなかった。


『バカな、貴様……!!』


 夕焼けよりも鮮明な紅い鎧がコーシェの前に立っていた。

 その手には剣の形をした光があって、騎士の周囲に落ちた枝葉の切れ端から、それで切断したのだとライカが理解した頃には、斬られた枝葉は影も形もなく消えた。


 ライカは、あの時の騎士だ……とすぐにわかった。彼か彼女かはわからないが、コーシェを助けてくれたのだと。


 コーシェも一方で、もうダメかな、と思っていたところを救った騎士の後ろ姿を茫然と見上げていた。


『どうやってここに――――ッ?!』


 吠えた男の首が、いつの間にか胴体から離れ、地面へ落ちた。それを期に、樹木のように聳え立つ巨体も首も、空気に溶けるようにして消えた。


 続けて、向こうでミスロと戦っていた方の男の体にも縦に光の筋が走り、血しぶきの代わりに火花のように光をまき散らした。


『バカな……奴は……力を……失……』

『いい加減にくたばりなさい!!』


 雄叫びと共に男の胸部から光しぶきが上がり、風にさらわれるように崩れ、消えて行った。


 今までの出来事が、まるで嘘のように静まり返る。

 ミスロは剣を構えて周囲を警戒しながら、速足でライカたちの下へと向かった。


 紅の騎士がそっと横へ半歩だけ引いて、ミスロへ道を譲った。

 ミスロは騎士へほんの一瞬だけ視線を向けるが、すぐにコーシェの傍にしゃがみこみ、容態を確認した。


「大丈夫か?」


 声をかけると、ずっと騎士を見ていたコーシェは我に返ったようにミスロを見て、続けてライカへ顔を向けて、顔をくしゃっとさせた。


「……よかった」

「よくないわよ!」


 怒声をあげながら、ライカはふらつきながら、ゆっくりとコーシェへ歩み寄った。それから、剣を手から落とし、力の入っていない両手でコーシェの頬を挟みこむようにして叩いた。

 コーシェは驚いてライカを見ていたが、やがて「ごめんなさい」と零した。


「馬鹿……アンタが死んじゃったら、意味ないじゃないの」

「はい……」

「私は騎士だから、アンタを守らなくちゃいけないの、わかる?」

「はい……」

「私が生き残るよりも、アンタが生き残らないといけないの。それが騎士なんだもの」


 泣き出しそうな震えた声でライカは絞るように言った。

 しかし、コーシェは「それでも」とライカを見て、


「ボクは、貴女に生きていて欲しいんです」

「素人が偉そうに言うんじゃないわよ」

「えぇ、これはボクの我儘で、どうしようもないくらい身勝手な願いです」


 くしゃりとまた笑って、コーシェは震える手でライカの手に触れた。


「ボクは……ライカさんが……」


 言いかけたコーシェの体から力が抜けた。咄嗟にミスロがそれを支え、慌てたライカに「気を失っただけだ」と言った。


「本当、人騒がせな……」


 ライカは怒ったような口調で、顔は心底安心した様子で、ミスロに担がれるコーシェを見ていた。


「さっさとここを出よう」


 ミスロがそう言って紅い騎士を見たので、ライカも改めて向き合った。


 全身を覆う鎧と、それそのものが輝いている太陽を思わせる襟巻を纏った長身の騎士の姿に、思わず見とれる。

 まるで、お伽噺の中に出てくる、伝説の騎士のようだった。

 ライカは胸の前に右手を添えて小さく会釈した。


「民の命を助けていただいたこと、深く感謝いたします。私は」

「ライカ、今は脱出が先だ」


 名乗ろうとするライカをミスロが止めた。その直後。


 騎士の背後に、倒されたはずの赤黒い衣を纏った怪人が現れた。見るも無残になった衣の間から、真っ赤に光る腕が何本も飛び出し、騎士へ掴みかかろうとしていた。


『まだ生きて――――!』


 ミスロとライカが声を上げるよりも先に、不可視の女性の声が怪人へと迫った。

 だが、怪人の手は途中で止まった。


『……お前は……私の友たちと、妻たちを奪った……』


 怪物は、それまでの威勢からは考えられない程、静かに言葉を発した。


『数多くの同胞とあの方を殺し、姫様を奪った……お前を、私は絶対に許すことはできない』


 怨嗟を受けるが、騎士は微動だにせず、答えもしない。

 ふと、怪人が笑った。


『だが……これで、私は……終わることができる……タルマアも、きっと救われたはずだ』


 怪物がミスロたちへ視線を向けた。次第に動かなくなっていく髪の間から見えた顔は、美しい女性のものだった。


『魔法も科学力も法力も……こはっ……何もない状況で、制限付きの神の加護だけで、よくタルマアから生き残った……これだけは、称えてやろう。見事だ、人の子らよ、ミスロよ』


 そして、目を閉じて、後ろへ向けて、


『我を斬り、タルマアを倒しきったことは褒めてやるが、問題点ばかりだ。貴様は、どうして姉たちがこいつを招いたのかを、改めて考えるといい』

『っ……』


 どこからともなく、悔しそうな声が聞こえてきた。

 怪物は最後とばかりに、騎士を見下ろした。


『さて……『目』やこの者たちを守りながら、いつまで戦えるか……かはっ……皆と共に見ているぞ……』


 騎士から一歩、二歩と後ろへ下がった怪物の胸には、鋭い突起付きの小さな円盤が刺さっていた。


『姫、様……■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……我らが王国に栄光を……』


 謳うようにそう言って、怪物の姿は淡い光の粒となり、天へ昇るようにして消えた。





お読みいただき、ありがとうございます。

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