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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第三章 夕闇に潜む怪異を暴け
50/91

chapter41

MMMMM



 やはり斬ることはできないか。ミスロは他人事のように考えながら、的確に怪物の攻撃をいなし、弾き返し、逃げるライカとコーシェを援護する。

 このまま二人が離れてくれれば、いくらでもやりようはある。そう思っていたのだが、その時、背後で二人の小さな悲鳴が上がった。


 振り返ると、ライカとコーシェは石畳の上に崩れ落ち、激しく肩で息をして立ち上がれずにいた。


「何ッ?!」

『まずいっ、強化が切れた!』

『だから言ったであろう。退路を断った、と』


 男の静かな言葉を聞きながら、ミスロはせめて二人が立ち上がれるまでの時間を稼がんと、剣を振るい続けるのであった。




LLLLL




 走り出してすぐに、ライカとコーシェは何の前触れもなしに膝から崩れ落ちた。

 ライカは恐怖に腰が抜けてしまったのかと思ったが、激しい疲労感と体中を走る激痛に顔をしかめ、原因を悟った。

 見習い時代の訓練で足腰が立たなくなったり、翌日の筋肉痛で涙目になりながらも走らされた地獄の日々が記憶の彼方から蘇るが、その時の方がマシと思えるほど、今の状態は酷かった。

 ただ、しゃべることはできる。息も絶え絶えに、コーシェの安否を確かめるべく声をかけた。


「コーシェ……動ける?」

「く……ダメです」


 視界の端っこでコーシェがもぞもぞと動いているが、激痛に顔を歪め、震えるだけだった。いくら野山を歩き回っているとはいえ、コーシェは一般人だ。苦痛は相当のものだろう。それでも意識を失わず、しゃべることができるのは幸運か、それとも……。


『哀れな……』


 背後から男の声が聞こえる。人気のない街とはいえ、その声は不思議なほどよく響き渡っていた。


『肉体の限界を超える強化を長時間施したのだ……そうやって意識を保ち、喋られるだけでも賞賛に値する。騎士はともかくとして、そちらの少年、貴様は素晴らしい。やはり、眷属として捕らえておくべきか』


 よくわからないが、捕まっても碌なことにならないとライカは理解した。かといって、四肢に全く力が入らないため、どうすることもできない。


「……生物の、リミッターカット……そうか、だから……」


 コーシェはぶつぶつとつぶやくと、息を鼻から吸い、勢いよく、しかし細く吐き出した。


「恐らく、僕たちは火事場の馬鹿力と呼ばれる状態だったんです。それは、人間の隠された身体能力を瞬時に向上させます。でも、その力はあまりに強くて……長時間、そんな状態でいると、体が絶えられなくて、壊れてしまうんです」

「つまり、私たちの体は今、ボロボロってことね」


 確かに、あのような怪物たちが現れれば、体も必死になって普段よりも力を出そうとするだろう。なら、後もう少しだけ気張りなさいよ、とライカは体を叱咤した。


『……ふむ、そちらの騎士も見どころがあるな。貴様も眷属に加えるか』

『させないわよ!』

『この者たちの状態や時間を無視して、無理やり神力で強化を施した張本人が偉そうにするな。その点、このミスロという騎士を強化した魔法使いの方は素晴らしい。様々な術を並行使用ながら、適宜被術者の心身を回復させている。貴様とは大違いだな?』

『ッ~~~~!!!』


 背後で聞こえる戦闘音が激しさを増していき、やがてミスロの剣が敵の攻撃を遮る音しか聞こえてこなくなった。

 振り返ることができず、ライカはどうにか手を動かし、近くに落ちていたコーシェの剣を取ると、剣身を鏡代わりにして様子を伺い、絶句した。

 ミスロの体や敵の攻撃が何重にも見え、時々変なところで消えては別の場所に現れていた。


「何あれ……?」


 先ほどまで良く見えていた親友の動きも、敵の攻撃も、ほとんど捉えることができなかった。聞こえてくる剣がぶつかる音とミスロの動きが合っていない。その時、耳に届いたのは、何重にも重なる打撃音。

 もう何がなんだかわからず、ライカは茫然とすることしかできなかった。


『我がわざわざ無駄話をしたのは、騎士と少年の身体強化が切れるのを待っていたからだ。色々と予定は狂ってしまったが、まぁいい。たかだかこの程度の挑発と戯言で激昂する程度の未熟者の力を削ぐことができるのだからなぁ!』

『ぐぅぅっ?!!』

「何ッ?!」


 見えない女傑の呻き声があがり、石畳が一際大きく爆ぜた。ミスロがそちらを一瞥したことから、そこに先ほどからライカたちを守ってくれている誰かがいるのだろう。

 ライカはどうしようもない悔しさと自分への情けなさに苛立った。それが功を為したのか、肘で上半身を起こすことに成功したライカは、剣を杖にして振り返って膝立ちの状態になり、怪物の男を見上げ睨んだ。


「化け物め……!」

『化け物? 違う。我らは神だ』

「はぁ……ッ?」

「貴方みたいな神様が居る訳ないでしょう!」


 ようやく上半身を起こしたコーシェの叫びを、神を自称する男は鼻で笑った。

 すると、二人の目の前に、ミスロと戦っているはずの男が地面から生えるようにして姿を現した。しかし、ミスロは向こうで未だ戦っている。

 ライカとコーシェは絶句して、二人に増えた男を見上げた。


『神だよ。少なくとも……眷属と共に戦っているに関わらず、苦戦している小娘よりは、余程我らは神としてふさわしかろうよ』

『調子に乗ってるんじゃないわよこの二枚舌!』

『それだけ噛み付ける余裕があるなら、もっと手数と攻撃を増やしたらどうだ。他の場所に飛ばしている分身をこの星に集めたらどうかね? それすらできないのであろう?』

『一体誰のせいだと思っているのよ!』

『ならば他にやりようがあるだろう。味方に助力を求めず、眷属や守るべき者もろくに守られない……』


 言葉が進むにつれて、男の顔から感情が抜けていく。それは、先ほどまでライカたちを嘲笑い、弄んでいたものとはまるで違う。懺悔と後悔の念が滲み出ている、人間らしい表情だった。

 ライカとコーシェは戸惑った。この男に、僅かでも同情の念を抱きそうになったからだ。

 だが、それも間違いだったと気づかされる。

 目を見開いた男の顔は、悪意と敵意に満ち溢れていた。


『そんな未熟者が……神であろうはずがなかろうてぇぇぇっ!!!』


 叩きつけられる威圧に、ライカとコーシェは意識を持って行かれそうになるのを必死になって耐えていた。


 目の前に広がる翼のように見える禍々しい枝葉が、二人目がけて振り降ろされる。

 コーシェが危ない。

 そう思ったら、あれほど重かった体が自然と動いた。

 ライカはコーシェを庇おうとして、逆に、彼に強く突き飛ばされたことを理解した。

 地面へ転がる直前、彼の必死の表情と、その背後に迫る枝葉のような何かが鮮明に見えた。


「コー……」


 言葉は続かず、ライカの視界が石畳へ向けられるのと、重く鈍い音が聞こえたのは同時だった。


お読みいただき、ありがとうございます。

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