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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第三章 夕闇に潜む怪異を暴け
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chapter40


「っやった!」

「いや、まだだっ!」


 ミスロが焦ったように後方へ跳んだ直後、首が落ちた体が動きだし、ミスロが立っていた場所を殴りつけていた。

 石畳が砕け散り、地面が深く陥没している光景に、ライカとコーシェはゾゾッと肝を冷やした。

 無事に離脱したミスロが二人の下へと戻って振り返ると、飛んで行った怪物の首が影に落ちるように消え、失われた胴体の上から生えたところだった。

 これにはミスロも思わず息を呑んで瞠目した。


『魔法の剣…………なるほど、なるほど。ずぅっと誰かに見られていると思ってみれば、妖精モドキの仕業か』


 またあの低い女の声だ。

 ライカとコーシェを助けようとした方とは違い、聞いた者の心に畏怖を抱かせるような、威圧的な声音だった。


『力を示す事に固執する未熟者と、魔に属する者だけで、我らが止められるものか』


 虚空を見上げ、怪物はくつくつと笑う。


『しかし、奴も現れぬなら、丁度良い……お前がいくら魔法でこの者らを強くしたとしても、我には届かぬ。そこで見ているがよい。その後ですぐに、姫様を奪ったお前たちを引きずり出してやろうぞ。こやつらの頭を覗いてな』

『させないわよ!!』


 ライカたちを助けようとした女性の気迫と共に、化け物が縦真っ二つになった。


『が……ぎ、ぎざま゛……ッ』


 そして、ジュグジュグと音を立てて体を溶かし、石畳に消えたが、悍ましくも痛ましい断末魔が偽物の街に響き渡った。


『ニィュオスッ!!』


 影の男が姿を現し、悲痛な表情で怪物の消えた石畳を見下ろしていた。

 その様子に、コーシェは感情が揺らいだ。影の男が、友人や恋人を失った人間そのものの表情をしていたからだった。

 だが、ライカとミスロは油断せず、心を揺るがせることなく剣を構え続けている。


 やがて、影の男は無表情で顔を上げた。そこには、吐き気を催すほどの憎悪と殺意が込められており、知らず知らずのうちに当てられたライカたちの背中に嫌な汗が噴き出た。


『おのれ……貴様ら……せめて苦しまずに殺してやろうと思ったが……そうはいかなくなったなぁ』

『ほざいてんじゃないわよ!!』


 不可視の女傑の雄叫びに反応した男が拳を振り上げると、一際大きな衝撃と光が発生し、ミスロたちを吹き飛ばし、壁に叩きつけた。


『くっ?! ミスロッ!』

「かはっ! けほっ……大丈夫か、二人とも!?」

「大丈夫よ!」

「立てます!」


 すぐさま起き上がったミスロたちを見て、男はニタァ……っと顔を歪ませた。


『ミスロ……貴様がミスロか。そっちのお前は、そうか、お前がライカとか言う騎士か。なるほど、なるほど……なるほどなぁッ!!』


 突然、男が雄叫びを上げた。その足元には、先ほど崩れ落ちた怪物を彷彿とさせる薄気味悪い影が水たまりのように広がっていた。それは泡立ち、男の体をあっと言う間に覆い尽くした。


『しまった!』

『ニィュオスッ! 我を助けてくれるのか!』


 歓喜の声を上げる男が両腕を掲げた。その両腕が――――……


 コーシェは、頭から薄透明な布が被されたように、男の両腕が良く見えなくなった。あれ、おかしいな……と思ったが、アレを見てはいけない、と心が訴えかけるように息苦しくなったので、よく見ることをやめた。

 それは、ライカとミスロも同様であった。


 やがて、男の姿は両腕だけでなく、足から下半身も見えなくなった。下半身は腰から下が肥大化し……三人が認識できたのはそこまでだった。男の下半身がどうなっているのかはわからないが、まともな事になっていないことは確かだった。

 何故なら、彼の上半身は、周囲の家屋よりも高い場所に存在していたからだ。さらに、男の背中からは枝葉が生えていた。

 それが樹木でないと、ミスロはすぐさま見抜いた。偽りの斜陽に照らされたそれは、脈打ち、蠢き、囁き合っているような音を出していた。まるで、独立して動く羽のようだった。


『ダメか……ここまでしか。だが、ここまで加護が剥がせたのは、君のおかげだニィュオス!!』

『逃げなさいミスロ! 真っ直ぐ、お兄様の所へ行くのよ!』

『邪魔だ』


 羽の一つが、地面を這う蛇のようにうねった直後、怪物が造った瓦礫の山が弾け飛んだ。


『さて、無駄なおしゃべりをした甲斐があったな……喜べ、ニィュオス、こいつらの退路を断ったぞ!』

「っ!」


 ミスロは視線を周囲へ走らせる。

 その隣でコーシェは完全な異形と化した男を見上げ、目を見開いていた。呼吸は浅く、心臓が激しくがなり立てるように跳ねている。こんな恐怖は未だかつて味わったことはなかった。


「あ、あ……あぁ……」

「コーシェ!」


 名前を呼ばれて振り返ると、ライカだった。彼女の顔色はよくない。休む暇もなく、異常な状況と怪物たちに追われているのだ。屈強な騎士が激しく消耗するほど、今の事態は恐ろしいものだった。

 だが、それでもライカの顔に絶望は浮かんでいなかった。彼女はいつものように笑うと、コーシェの肩を軽く叩いた。


「逃げるわよ」

「え?」

「ミスロが教えてくれた。あっちの方へ走っていくのよ」

「ですが……」


 ミスロは振り返らず、怪物を睨んでいる。刃が再び輝き始めた。

 その姿が、物語に出てくる英雄のようで――まるで――――。


「行け、コーシェ。ライカ、後は頼む」

「わかったわ。行くわよ、コーシェ」

『言っただろう、逃げられないとなぁ!』


 ライカはコーシェの手を引いて駆け出した。影の男だった怪物が羽の一部を二人へ伸ばすが、ミスロが輝く剣でそれを弾いた。


お読みいただきありがとうございます。

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