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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第三章 夕闇に潜む怪異を暴け
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chapter39

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 ライカとコーシェが目を開けると、見慣れたアスカスの平民通り、その一つだった。相変わらず人気はないが、通りのずっと向こうにはロジェ夫妻の経営する居酒屋の箒が見えていて、夕日もまだ城壁から半分ほど顔を出していた。

 二人は茫然として辺りを見回していたが、やがて顔を見合わせた。


「……セイクリッド様、さっきのこと、覚えていますか?」

「うん、迷路みたいな街で、怪物たちに追いかけられてた」


 ふと、ライカが剣を見下ろしてみると、刃は欠ける前の状態に戻っていた

 コーシェもそれを見て、鞄を開いて息を呑んだ。投げた目つぶし玉が全て、元通りに収まっていたのだ。


「夢……だったの?」

「集団で同じ幻を見ることがあると、ゼットさんから教わったことがありますけれど……」

「そう、夢だ」


 背後から答えた声に振り返れば、ミスロが腕を組んで立っていた。


「――と言いたいところだが、残念ながら現実だ。それに、まだ危機は脱した訳ではない」

「えっ?」

「まさかミスロ……」

「あぁ、まだ我々は敵の攻撃を受けている」


 ミスロは近くの建物へ向き合うと、籠手に覆われた拳で壁を殴りつけた。すると、鈍く重い打撃音が聞こえたが、打ち付けた場所から壁に波紋が広がるという不可解な現象が起きただけで、破損した様子はどこにも見られなかった。


「嘘でしょ……これ、木造よ?」

「見たところはな。まだここは奴らの作りだした異界なんだ。ダメだな、しばらくは出られそうにない」


 冷静な様子でミスロは説明すると、コーシェに予備の剣を渡して、自前の剣を抜いた。

 コーシェも剣を引き抜いて中段に構えると、ライカたちに背を預けるようにして立った。


「じゃあ、さっきまでの嘘っぽい街は何だったのよ」

「私もよくわからん。別位相だとか、次元の違いだとか、夢と現の境界線を弄られただとか……」

「何それ???」

「私も同意見だ」


 三人とも首を傾げるが、警戒を怠ることはなかった。


「アイツら、この前の粘液女のお仲間なのよね?」

「そう考えてもらって構わない」

「……何だか落ち着いているわね」

「目の前で起きた出来事に対して、打てる手を打とうとしているだけだ」

「そう言う事じゃなくてね?」

「二人とも!」


 コーシェの注意喚起に視線を向けると、周囲の景色がぐにゃりと変わり、居酒屋の建物が吹き飛んだかと思うと、あの迷路街の不気味な通りが通路を横切るようにして出現した。黄昏の街と薄暗い街が、光源を無視して同時に存在しているちぐはぐさに、ライカはどうしようもない吐き気を催した。気合で抑えていると、巨大な化け物が呻き声を上げながら偽物通りの向こうから吹き飛んできて、ミスロたちの斜め前にあった家屋にぶつかった。そして、ぐったりと倒れたかと思うと、そのまま瓦礫の山へ溶けるようにして姿を消した。


『まだ逃げていなかったの?!』


 戸惑う女性の声が通りの向こうから聞こえてくる。


『あぁもう! アンタたちの仕業ね!!』

『ふんっ、増援が来たと思って焦りはしたが、見ているだけかね?』


 影の男の嘲笑も聞こえてきた。


『アンタなんか、私一人で十分なのよっ!』

『守護対象をたかだか二つも救えなかった小娘がよく吠えるッ!!』


 炸裂する閃光と衝撃が三人の鼓膜と精神を震わせる。

 ミスロは黙って姿かたちも見えない二人のやり取りを聞きながら、脱出の機会を伺っていたが、やがて覚悟を決めたように、深く息を吸って、静かに吐いた。


「二人とも、一撃だ。一撃でいい。先ほどの怪物が現れたら、精一杯の攻撃を食らわせるんだ」

「でも、全然刃が通らなかったわ。どうやってアイツを迎え撃つ気?」

「……奴が来る直前、何かしらの変化があるはずだ。それが何かは分からないが……少しでも違和感があれば、その影から奴は姿を現す」


 円陣を組み、消えた怪異がいつ現れてもいいように身構える。

 その時、ミスロの視界の端の影が、僅かながら揺らいだ。


「ライカ、前方の建物の影だ!!」

「!」


 ライカが剣を力いっぱい投擲するのと、怪物が飛びあがってきたのは同時だった。

 怪物は飛んできた剣を気にすることなく突っ込んでくるが、コーシェの目つぶし玉の粉に視界を僅かに遮られ、動きを止める。

 その頃にはすでにミスロが怪物の首の真横にたどり着いており、剣を素早くその首へ振り降ろした。


『バカめがッ!』


 怪物から低い女性の嘲る声が聞こえてきたが、ミスロの剣はその首に深々と食い込んでいた。

 刃は淡く煌めいており、見る者の心を奮い立たせる。


『な、何ぃぃぃッ?!』

「っ!」


 絶叫し、暴れようとする怪物の首を、ミスロは渾身の力で断ち切った。

 閃光が走り、切断面が剣身と同じように輝いた。首は街路を跳ね飛んで、壁にぶつかって止まった。頭部を失った巨躯はしばらく呆然としたように立ちすくんでいたが、やがて鈍い音を立てて石畳の上に伏せた。


お読みいただきありがとうございます。

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