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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第三章 夕闇に潜む怪異を暴け
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chapter38


 その時、二人の行く先にあった家屋の影から、大きな影が飛び出してきた。

 コーシェの背丈の二倍はありそうな、赤黒い衣を纏った人影だった。独りでに蠢く頭髪が隠す目が、チカチカと怪しく輝いていた。

 怪人は熊のように両腕を振り上げ、目を真っ赤に煌めかせて吠えた。


『しまったッ!!』

『ハハハハハッ! 捕らえろ、こちらは我が抑える!!』


 切羽詰まった女性を嘲笑う、男の声が聞こえてくる。

 振り降ろされる怪物の腕を、間一髪で二人は避けて、そのまま脇を駆け抜けた。

 ライカは通り過ぎる際に抜き放った剣で足に一撃入れるが、まるで岩にぶつけたような強い反動に加えて、刃こぼれする音と感触に顔をしかめた。

 怪物は痛みを感じている様子はなく、『Madeeeeeeeeeッッ!!』と唸りながら追いかけてきた。


「このっ!」


 コーシェが空いている手で鞄を漁り、取りだした球体――獣撃退用の目つぶし玉を怪物目がけて投げつけたが、追いかけて来る足が止まることはなかった。


「っ!」


 今度はライカが、常備している短剣を怪物の目元へ向けて投げつけた。短剣は高速で回転し、見事切っ先が怪物の目にぶつかったが、傷一つ与えることなく弾かれた。怪物は気にする素振りもなく、速度を落とすことなく追いかけて来る。

 振り返って結果を見たコーシェの顔が引きつった。刃が当たらなかったとしても、顔の前に何かが飛んできたら、動物でも避けるか何かしら防御姿勢を取るものだが、怪物は気にする素振りすら見せなかった。

 あんな生き物、見たことがない! コーシェは「あ」と声を上げた。


「まさか、騎士団が夜間外出禁止令を出したのって、アイツらが原因なんですかっ?」

「そうよ!」


 怪物が追いかける速度を上げてきた。このままでは追いつかれる。


「ダメね……コーシェ、やっぱりアンタだけでも逃げなさい」

「嫌ですっ」

「いいから逃げなさい。アンタは民で、私は騎士なんだから。ここに居てもらっても足手まといなのよ」


 はっきりと告げると、コーシェは目を悲しそうに伏せた。


「お願いコーシェ。ここからどうにか脱出できたら、ミスロたちにこの事を伝えて。あの子なら、上手くやってくれるわ」


 少し背の高い少年の肩に手を置いて、優しく笑って見せた。華奢な見た目をしているが、フィールドワークのおかげで鍛えられていることがわかる。

 大きくなったわね。

 こんな状況だというのに感慨深く思いながら、ライカは残っていた短剣を構えた。


「立派な薬師になりなさい。君の目標が達成されるところを見ることができないけれど、無事に成し遂げられることを願っているわ」

「出来る訳ないでしょうっ!」


 突然の怒声と共に、コーシェが鞄から目つぶし球を取りだして投げつける。大きな怪物の体に面白い具合に当たっていくが、その歩みを止めることはできなかった。


 怪物の口端が吊り上った。嘲笑っていることを、ライカは察した。この化け物は知性があり、追い詰めた獲物をいたぶることを楽しんでいるのだ、と。

 ゾッとした。あんな生き物が、人間以外でいるのかと。そんな奴に、自分やコーシェはどのようにして殺されるのかと。


「ボクはっ、ボクは立派な薬師になって、世の中の人たちを笑顔にしてっ、それで――っ!」


 怪物の唸り声に、コーシェの声はかき消された。

 二人のすぐ真後ろまで迫った怪物は笑う。一石二鳥と言わんばかりに。


 しかし、二人が怪物に捕まることはなかった。

 何故ならば、突如として怪物が真横に吹き飛び、近くの建物に激突して倒れ込んだからだ。


 何が起きたかわからずに立ち止まって振り返り、茫然とするライカたちの耳に、聞き覚えのある声が届いた。


「二人とも、こっちだ!!」


 声のする方を見ると、向こうの道からミスロが手を挙げていた。

 急いで彼女の下へと走るのと、怪物が瓦礫と化した民家から体を起こすのは同時だった。


『行かせないわよぉ!!』


 不可視の女性の雄叫びが聞こえ、怪物が再び瓦礫の中に沈み込んだ。

 合流するライカたちに合わせてミスロも走り出した。


「二人とも、無事でよかった」

「助かったわ!」

「ありがとうございます!」


 ライカとコーシェが礼を言いながら振り返る。起き上がった怪物が、今度こそこちらへ向けて動き出した。心なしか、先ほどよりも速い。


「ミスロ、どうやってここに来たの?」

「話せば長くなる! それよりも、お前たちこそどうしてここにいるんだ」

「アンジュちゃんを送り届けた後、気が付いたらこんなことになっていたんです」

「なるほど、逢魔が時の怪異という奴か」

「ユーフィッド様も、あの化け物を知っているんですか?」

「この数日で二度も似たような奴らに襲われたな」


 走り続けていると、やがて道の向こうから真昼間のような眩い光が溢れ出しているのが見えてきた。

 すると、あの化け物の苦しそうな呻き声と、影の男の怨嗟の声が聞こえてきた。


「そのまま行け!」


 ミスロの指示に従い、ライカとコーシェは力いっぱい踏み出し、光の中へ飛び込んだ。





お読みいただきありがとうございます。

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