chapter4
「抜き打ちテストって、不意打ちに似てるかな?」
「不意打ちのテストかぁ。人生の縮図だねぇ」
運動用の服装に着替えたアルファとリリアンはそんなことを言い合いながら校庭へと出る。長い麻袋から取り出した竹製の模造剣であるシナイを持ち、胸と頭を覆う簡易防具をつけている。
「さぁ、今日こそライカお姉ちゃんに勝っちゃうよ!」
「アルファちゃん、セイクリッド様が最近アルファちゃんへの手加減が難しくなってきたって言ってたんだけど」
「ならもっと強くなればお姉ちゃんが本気を出してくれるんだね!」
「セイクリッド様が本気を出したらアルファちゃん、ひとたまりもないんじゃないかな?」
やる気に満ちたアルファをリリアンがどぉどぉと宥めながらクラスメイトたちと整列し、それが終わったところで校舎から普段体育を担当している女性教師と、軽装の騎士が姿を見せた。
ミスロである。
「あれ、ミスロお姉ちゃんだ」
「じゃあユーフィッド様が今日の先生なんだねぇ」
「ライカお姉ちゃんじゃなくて、ミスロお姉ちゃんに一本を入れれば……」
「アルファちゃん、ユーフィッド様に一度も当てた事ないんじゃなかったっけ?」
少しだけざわつくも、ミスロたちがすぐ近くまで来たところでぴたりと静かになる。
「うむ、始業の鐘がなる前に揃っているな。本日の授業を担当させてもらうユーフィッドだ。よろしく頼む」
挨拶を終えたところで、担当教師の指示に従い準備体操を始める。
もう長く続く健康の習慣で、どの国の騎士団でも朝から欠かさずきっちり行っているほど、その効果は広く世間に認められている。
「リリアン、もう少し息を吐きながらだと背中の筋肉が緩むよ」
「うぅん、わかったぁ」
アルファの指示を受けながら、リリアンが上体を前に倒していく。この前屈運動、アルファなら両足をくっ付けたまま掌が地面にぴったりとつくが、リリアンは後少しで指先が地面につくかどうかという具合だ。
「柔軟さは怪我の防止や健康方面だけでなく、武術への色々な良し悪しへ繋がるからしっかりやりなさい」
担当教師やミスロも一緒になって準備体操を行っている。ちなみに二人とも掌が地面にぴったりとくっついている。
「そう言えばゼッ……知り合いが、上体を上げるときは背骨を積み上げていくようなイメージで行うといいと言っていた」
「あぁ、ワンダー先生ですか。流石はお医者様ですね」
「……別にゼットとは言っていないが……」
「先輩が『ゼッ』って呼ぼうとする知り合いはワンダー先生しかいないです」
表情も視線も体の操作に集中しているが、余裕で雑談を交わしていた。
準備運動を終えると、装備の確認と幾種類かの素振りを行う。
ミスロたちが生徒たちの間を歩きながら姿勢や振り方の指示や修正を行う中、アルファとミルシャの素振りは一線を画していた。真っ直ぐに振り降ろす動作も堂に入っており、一般的な騎士見習いとは比べ物にならない剣筋は見る者を惹きつける。
騎士や兵士を目指す者たちは、二人を見て発奮し、さらに集中して剣を振るうため、一年二組は一年生の中でも突出して剣術のレベルが高い。
「あの二人、騎士団に入るんでしょうか」
「スクーテは入るだろうが、ワンダーは実家を継ぎたいそうだ」
「そうですか。お医者様が増えるのは喜ばしいことですけれど、もったいない気もします」
「こればかりは本人の意思だからな。仕方ない」
素振りを終えると、乱取りの稽古になる。
そうなると俄然張り切るのがアルファとミルシャだ。特にミルシャの気迫は大の大人も目を見張るものがあり、何とかしてアルファを越えようといつも彼女に突っかかる。
現に、相手を探すアルファの前にミルシャが我先にと駆け寄ってきた。アルファに声を掛けようとしていたリリアンや他の生徒たちを押しのけるような剣幕に、担当教師やミスロも呆れ顔でため息をついた。
「アルファさん! 約束通り、私が相手ですわ!!」
「え、うん、いいよ」
一瞬だけ呆気にとられながらも、アルファは剣を中段に構えた。
「ちょっと、その構えは本気ではないでしょう!」
「えと、本気なんだけど……」
他の生徒たちが打ち合い始める中、二人だけが構えたままの姿勢で中々動かない。やる気がないのではなく、互いに相手の隙を伺うために、あえて動いていないだけだ。
しかし、ミルシャは勇猛果敢に剣を振るう事が好きなので、こういう駆け引きはあまり得意ではない。わかっていても、最終的に我慢できなくなり、踏み込んでしまう。
そして、
「やぁっ!」
「どぉっ!」
愚直なまでに真っ直ぐ突っ込んできたミルシャの胴に、アルファのシナイが吸い込まれるように打ち込まれる。アルファの発する独特の掛け声とシナイの打撃音があたりに響き渡った。
そこで終わらず、アルファは振り返って剣を構える。女性騎士を中心に広がった独特の作法だ。発祥元はミスロ……ということになっている。
「ありがとう、ございました。ぅぅ、また、負けましたわ……」
「ありがとうございました!」
「アルファちゃん、次、私とやろうよ~」
「うんっ! お願いしますっ!」
ミルシャが名残惜しそうに見つめてきているが、それに気づかないアルファはリリアンと打ち合いを始める。
こうなると、ミルシャと打ち合う生徒は八つ当たり気味の猛攻にあうので、騎士志望の生徒が次の相手を引き受けている。曰く、これくらいの事でへこたれていては騎士になれないから、とのことだが、彼彼女らも若干及び腰になるほど、ミルシャの機嫌はすこぶる悪い。
毎度の事だとミスロたちも苦笑を浮かべ、ミルシャがやり過ぎないように見守るのだ。
そして、体育の授業が終わった後も、教室に戻るなりミルシャがアルファに食ってかかるという光景がパターンになっている。
「次こそは絶対に負けませんから!!」
「うん、次も負けないよ!」
アルファの返事にますます不機嫌さを増したミルシャが席へと戻り、取り巻きの少女が小さく一礼してからその後を着いて行く。
その様子を見送りながら、リリアンがアルファに近づく。
「アルファちゃん、今日も絶好調だったね」
「でもミスロお姉ちゃんには勝てなかったなぁ」
「ユーフィッド様に勝てたら、アルファちゃん、すぐに騎士団へ連れていかれちゃうんじゃないかな?」
「それは困るけど、一本くらいとりたいなぁ」
それは当分無理なんじゃないだろうかとリリアンたちクラスメイトが苦笑を浮かべる。
この国の女性騎士は男性騎士に負けず劣らずの精鋭ぞろいで、中でもミスロの所属している隊は頭一つどころか二つも三つも飛び抜けた強さだ。いくらアルファが年齢不相応の強さと才能を持っていても、ミスロには到底敵わない。
頭でわかっていても、負けず嫌いのアルファは愚痴を漏らす。
「よぉし、今日も帰ったらパパと練習しよう!」
「その前に宿題やろうね?」
ゼットとの約束通り、燃え上がるアルファにしっかりと釘を刺すリリアンだった。




