chapter3
アルファたちの住むラトゥス国の西部、アスカスの街には、他の都市に漏れず学校が存在する。
通常、学校と言えば社会的身分の高い家の子どもたちが通う場所だが、アスカスのそこは、街の子どもであれば誰でも勉学することができる。そして、教育費用は国が持つという最大かつ驚天動地の特色がある。(大昔には、学費を全面負担する国もいくつかあったらしいが、今日では片手の指で数えられるほどしかない)
現ラトゥス国王の命により、数年前から始まったこの斬新な制度は、アスカスで試験的に行われ、一定の成果が出た三年目あたりから本格的に動きだした。
教鞭を振るう教員たちは、国王や彼から信頼されている臣下たちが選びぬき、出身や身分に関係なく、能力や人格的を考慮して採用しているらしく、貴族の次男や次女がいると思えば、精悍な顔立ちをした有能な美丈夫教師が山奥の寒村出身などということはよくある話である。
また、講義は午前中のみだが、語学や数学を始め、音楽や舞踊、芸術などと言った教養を学べるという点でも、この学校が如何に凄まじい事をしているかが伺える。
国の未来を担う人材育成という国王の言葉に、当初こそ各方面から賛否両論はあったものの、ここから出生した者は少なくなく、今では概ね受け入れられている。
ちなみに、隣国のウェーレにほぼ同時期に建てられた学校があり、アスカスの街よりも教育熱心だとかで、文化方面の担い手が急成長しているらしい。二つの国の教育への熱が、各国へ多大な影響を与えている。
それはさておき、革命的なこの機関が成立してからというもの、子どもたちが朝、街の中央広場に向かって集まるという光景は日常と化していた。
広場には、役所やギルド会館などの主要施設が並び、その一画に校門は存在する。
石造りの門柱には『国立アスカス学校』と書かれた看板が掲げられており、入口には二名の教員が立っており、生徒たちに挨拶をしている。担当は週替わりで、街の人たちとも気軽に世間話もするほどに馴染んでいる。
中には特定の教師のファンがいて、最近では件のイケメン教師と、貴族出身の音楽美女教師、に男女それぞれファンが多くなっているらしい。
閑話休題。
朝の賑わう市場を抜け、他の生徒たちと時折挨拶しながら大広場へと出たアルファとリリアンは、その一画に備えられた校門の両脇に立つ教師たちへ挨拶をしながら敷地内へと入っていく。
「今日こそライカお姉ちゃんに一本いれるよ!」
「うん、怪我をしない程度に頑張ってね。ところでアルファちゃん、一限目は算数だけれど、宿題はちゃんとやった?」
「もちろん!」
「最後の文章問題は解けた?」
「できたよ!」
「こっち見て話そうかー」
心配しなくても、アルファはしっかりと宿題を終えている。ただ、テストで出た時に計算が面倒くさいくらいにしか考えていないだけだ。
そんな朝のやり取りをしながら教室へ入り、クラスメイトたちと挨拶を交わす。
割り当てられた各々の席に荷物を置き、再び隣にやってきたリリアンと雑談に華を咲かせていると、
「おはようございますわ、アルファさん、リリアンさん!」
金色の長い髪を後ろで編んで一纏めにし、周囲の子どもたちよりも上等な服に身を包んだ少女がアルファたちの前に歩み寄ってきた。
愛らしい顔立ちをしているが、気の強さを滲ませる鋭い眼光を湛えた瞳は、子どもながら覇気を感じさせる。それでいて、高い教養を感じさせる身のこなしと雰囲気などから、彼女が高い身分の出身であることが伺える。
「あ、おはようミルシャ」
「ミルシャちゃんおはよー」
アルファとリリアンも挨拶を返すが、他の生徒たちは「またか」と距離を少し開けた。
そんな周囲の様子を気にも留めず、ミルシャはアルファたちの隣までやってくる。
「今日の剣術の授業を楽しみにしていましたの」
「ミルシャも? 私もだよ。今日こそライカお姉ちゃんに一本入れようね!」
「相変わらず王国騎士の一員をそんな風に呼んで……まぁいいですわ。確かに、セイクリッド様に一太刀入れることは私も目標にしております。ですが」
絹製の手袋を嵌めた右掌をアルファへと向ける。まるでダンスに誘っているような姿勢だが、ミルシャの目は好戦的に輝いている。
「当面の目標は、アルファさん、貴女を倒すことですわ」
「え、私?」
当のアルファはきょとんと目を見開き、リリアンは「あらあら」と右手を頬に当てて困ったように笑顔を浮かべるが、纏う雰囲気に黒いものが混じり始めている。
生徒たちの足がまた一歩、三人から遠ざかった。
「今日こそは貴女を打ち負かしますわ!」
「それ、先週も聞いたけれど」
「過去は振り返りません! 細かいことはいいのです!」
首を傾げるアルファの言葉に、ミルシャはツンッと顎を上げる。
「そういう訳ですから、今日と言う今日は覚悟してもらいますわよアルファさん!」
「うん、私も楽しみにしてるね!」
アルファの裏表を感じさせない言葉に、ミルシャは「ふんっ」と鼻を鳴らすと、踵を返して自分の席へと向かっていった。その後ろ姿は嬉しそうだが、覇気が増していた。周囲の生徒たちは自然と彼女を避けているが、取り巻きの少女だけは彼女に近づき、預かっていた細長い麻袋と鞄を恭しく手渡す。
「よぉし、三限目は頑張るぞー!」
「応援してるね~」
握り拳を突き上げるアルファの頭をリリアンは優しく撫でる。
「ところでアルファちゃん、どうやったらこんなに髪の毛がさらさらになるの?」
「勢いよくこすらずに、よくマッサージするのが大切なんだって」
「なるほど」
「後はすすぎが一番重要……あれ、皆なんで勉強し始めたの? テストあったっけ? え、先生までどうして?」
「あらあらぁ」
アスカス学校一年二組の朝は今日も平和であった。




