chapter36
お待たせしました。
LLLLL
「ライカ様、ありがとうございます! じゃあコーシェ、また明日!」
アンジュは送り届けてくれたライカと、コーシェへ片手を挙げると、家へ入って行った。
斜陽が濃くなり、夜の青が空の半分以上を染めていく時間。
夜間外出禁止令が出たことで、行き交う人の姿は普段よりも少なくなっており、居酒屋も店じまいを進めていた。
「何だか不思議ですね、普段なら、後もう少しの時間は賑やかなのに」
「そうね。でも、酔っ払いの人が外で寝込んでいるのを起こさなくていいっていうのは、少し助かるかも」
「あはは、そうですね」
他愛ない話をしながら、ライカとコーシェは並んで歩いていく。
背はコーシェの方が頭半分ほど高いが、年齢はライカの方が上だ。二人とも人目を引く美しい容姿をしているが、コーシェは少女にしか見えない少年である。
今の二人を見て、騎士が個人的に仲の良い異性の友人と歩いている、と言ってもほとんど誰も信じないだろう。
肩の距離は拳一つ分で、どちらからともなく歩く速さを相手に合わせている。そのおかげで、アンジュの家からあまり遠くないコーシェの家へ向かう道のりは、ゆったりとしていた。
交わす言葉はほとんどなく、聞こえてくるのは二人分の息遣いと靴音、それからたまに吹く風音くらいだった。
ライカもコーシェも、前か足元しか見ていなかった。となりに、たまに視線を寄越して、歩く速さを調整する。
それでも、目が合ってしまった時。ライカは「ねぇ」と話しかけた。
「今日はゼットさんと何を話してたの?」
「お酒について教わっていました」
「あら、新しい薬にお酒でも造るの?」
「そうじゃないですけれど、ヒントはいっぱいもらえました」
今日帰ったら試そう。考えが表情に出ているコーシェに、ライカは笑みが浮かんでしまう。
「君は本当に薬師の仕事が好きなのねぇ」
「えぇ! ボクの生きがいですから!」
「そっか」
目標に向けて邁進する少年の笑みが、ライカの心を温かくする。
「もうすっかり君も有名人だよね。最初は普通の薬師少年だったのに」
「ありがとうございます。でも、目指す場所にはまだまだ届きません」
目標に向かって突き進む彼の目には輝きがあった。
それをライカは好ましく思うし、見守っていたいとも思っている。
できれば、ずっとすぐ傍で。
「ねぇコーシェ……」
「はい?」
「もし妖精の声をまた聴いたときには、私に教えてもらえるかな?」
「え? えぇ、もちろん!」
嬉しそうに笑うコーシェを見つめながら、ライカは思った。
王国騎士である自分たちが、彼らの平穏な毎日を守るんだ。
あの化け物どもがもし彼らに牙を剥くのであれば、この身を挺して止めなくては……。
そう考えたところで、ライカは糸がピンと伸びたような、不思議な感覚を覚えて顔を上げた。
隣ではコーシェも足を止めている。
「……コーシェ」
「何か、おかしいですね」
二人は周囲を見回し、自然と足を速める。ライカはすでにいつでも抜剣できるように意識し、コーシェを守れるように警戒を始める。
人気がまるでない薄紫に染まった大通りは、一見何の変わった様子もなかった。しかし、何かとても重要なものを欠いてしまったような、もやもやとした感覚。
見習い時代の野外演習時も、トーナメントの一騎打ちでも、犯罪者と相対した時でさえ感じなかったが、つい最近、これと似たような気配を感じたことがあった。
もう少し行けばコーシェの家だ。彼を無事に帰したら、後はこの違和感の正体を探ろう。ライカは心に決めた。
だが、いつまで経ってもコーシェの家は見えてこない。道を間違えたかと思ったが、そんなはずはない。この街のことは職業柄、よく知っている。
「コーシェ、アメリアおばあちゃんのお家とロジェさんの問屋って、この近くよね?」
「えぇ……後は、ロディたちの酒屋があるはずです」
ライカたちの記憶では、ロディ夫妻の酒屋の屋根からは箒が突き出されていて、それが店と自分が今どこにいるのかを示す、目印となっていた。そのすぐ近くにコーシェの家があるのだが、目印となる箒や看板が全く見当たらない。
そこで、ライカは異変の正体に気が付いた。
人の気配が全くないのだ。どの建物からも、人が生活している様子が感じ取られない。そして、見知ったように見える街の風景は、ありふれた建物の集合体だ。今自分たちは、地図にすら載っていない、全く見知らぬ場所を歩いているのだ。
「無人の迷路だ」
コーシェも異常の正体に気が付いたようだ。堅くなった声音と、見開いた目が恐怖を現している。
「セイクリッド様……」
「落ち着いてコーシェ。私から離れないで」
その場に立ち止まり、二人で周囲を警戒する。
「逢魔が時……」
コーシェがぽつりとつぶやいた言葉に、ライカは視線は周囲へ向けたまま言葉を繰り返す。
「オウマガトキ?」
「ゼットさんが言っていたんです。日が落ちるほんのわずかな時間では、魔性の者に出会いやすいって」
「あぁ、お伽噺によくあるわね。日が暮れる前に家に帰らないと化け物にさらわれちゃうって言う」
「えぇ。ですが、この状況は……まるで、妖精の神隠しです」
「妖精の悪戯って、もう少し可愛いものだと思っていたけれど」
ライカがそんな軽口を叩いた直後。
近くの建物の影から、何かが躍り出て、二人目がけて跳びかかってきた。
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