chapter35
大変お待たせいたしました。
リリアンたちが帰宅した後、コーシェは応接間で、ゼットから約束の講義を受けていた。
「コーシェは、蜂蜜酒とリンゴ酒が好きだったな」
「はい。アスカスの名酒と言えば、この二つですね」
「そうだな。と言う訳で、今日は酒がテーマだ」
「はい、お願いします」
「んじゃ、早速だがコーシェ、酒ってな、生きてるんだ」
「お酒を造っている人たちは、皆さんそう言われますね」
「実はこの酒の中に、目には見えないくらい、小さな生き物がたくさんいるんだ」
「妖精ですか?」
「お前、妖精が好きだな」
「可愛いじゃないですか。実際にいたら、ですけど」
はにかむコーシェに、ゼットは片眉を上げた。
「まぁ妖精が作った酒は置いておくとしてだ。真面目な話として、酒に入っているこの小さな生き物たちがいないと、酒はできあがらない」
「え?」
「こいつらは酵母という……細かいところは省いて大雑把に言ってしまうと、菌類だ。こいつらが、例えば、蜂蜜の糖分――甘さの正体だ。これを食ってアルコール発酵を行ってくれないと酒はできあがらない。発酵とは、つまり微生物によってなされるものなんだ」
「えっ?」
「人類の歴史が酒と共にあったというのであれば、人類の歴史は菌類とも共にあったと言っても過言ではないんだよ」
「えぇっ?」
コーシェはキノコの正体を知った時とは比べ物にならない衝撃を覚えた。
「人類最古の酒と呼ばれているのが蜂蜜酒だ。これと、果実酒、ワインやビールが生まれ、他にも国や地域で特色のある酒が生み出されて現在に至るって感じか。酒は、人類の発展に大いに貢献してきた、最強最高の薬なんだよ。もちろん、飲まれると毒だけどな」
「はい、そうですね」
酒は人との交流を円滑に進めることができる宝であるが、度を過ぎれば猛毒になる。幼い頃からそう教わり、実際に目の当たりにしてきたコーシェは、ゼットの言葉に頷いた。
その様子を尻目に、ゼットがどこからともなく取りだした杯をコーシェの前に出した。
とても澄んだ水のようだが、独特のツンっとした香りとほんのりと甘い匂いが混じったそれが、酒であることを示していた。
「そして、こいつは俺の故郷の酒だ。口に合うといいが」
「え? ……っ! んぅぅっ、おいしいっ! おいしいですよ!」
華やかにはしゃぐコーシェの様子に、ゼットは「気に入ってもらえてよかった」と笑った。
「ちなみに原材料は米だ。酵母の他に、麹菌という微生物が入っている。お前の言葉を借りると、二大妖精の力でできた酒、ということになるな」
「え? ……ふぇぇっ?!」
ゼットの説明とウインクを受けたコーシェの可愛らしい驚嘆が、応接間に響き渡った。
CCCCC
一方その頃、ライカは患者のくる気配がない受付近くの椅子に座っていた。
受付にはサァフがいて、頬杖をついて暇そうにしている。
橙色の光が差し込む中、穏やかにも思える、無言の時間が流れていた。
最初に静寂を破ったのは、ライカだった。
「ねぇ」
「ぁんだよ」
「さっき、コーシェと何を話していたの?」
さっき? とサァフは首を傾げた。
「ぁー……アンタらが来る前にってことだよな?」
「えぇ」
「ここの連中はいい奴だとか、アルファは凄い奴だなぁとか……」
「それだけ?」
「それだけだ」
ライカはサァフを見やった。
こちらへ視線も向けず、今にも閉じてしまいそうなほど瞼が落ちている。夕日を受けたアンニュイそうな横顔は、同性のライカから見ても美しかった。
「……アイツさ」
不意にサァフが、顔も視線も動かさずに話し出した。
「どうも、気になる奴がいるらしい」
「へぇ? コーシェってば隅に置けないわね」
「かもな」
淡としたサァフの相槌に、ライカは「あれ?」と首を傾げた。
「え……それだけ?」
「それだけだ」
「他にないの? どんな人が好き、だとか」
「私が聞いたのはそれくらいだ」
「なーんだ」
ライカはつまらなさそうに口を尖らせる。
サァフはちらりと視線だけを動かして彼女を見やり口を開いた。
「……まぁ、相手が乗り気でなのかどうかがわかれば、もう少し応援しがいがありそうだったんだがな」
「え……っ?」
ライカが振り返るのと、アンジュが診察室から出てくるのは同時だった。
「サァフ、お待たせ。昨日の約束、果たしてもらうわね」
「あぁ、いいぜ。んじゃ、もう少しだけ待っていてくれよ、騎士様」
「ちょっと待った。今のってどういう――――」
呼び止めようとしたが、サァフは片手を挙げただけで、アンジュの後に着いて裏庭へ出て行ってしまった。
残されたライカは、しばらく呆然とした顔でしばらく固まっていたが、やがて頭を抱えて呻きだした。
*お酒は二十歳になってから。
サクラ大戦の新作が出ることを知ってちょっぴりテンションが上がっている今日この頃です。




