chapter28
決闘騒ぎの翌日のこと。
アルファは階下の騒がしさで目が覚めた。
どこか聞きなれた声だなぁ。寝惚けながら着替え終えたところで、脳裏に該当する人物が浮かんで意識がはっきりした。
廊下に出て階段を降りると、朝食の準備をしているゼットが、若い女性に言い寄られていた。
身長はゼットよりも少し低いくらいで、華奢な印象を受ける体つきをしている。顔は幼さが残っているが愛らしく、まだ少女と言ってもいいのかもしれない。
真剣な眼差しで、胸の前で両拳を握り、前のめりになってゼットへ詰め寄る姿に、アルファは――――。
あぁ、またか。
と思った。
「ゼットさん、お願いしますっ! ボクを、今度こそ貴方の弟子にしてください!」
「断る」
手元のフライパンを見ることなく、ゼットは一切の躊躇なく一蹴した。
「それより、腹減ってるだろ? 座って待ってろ。それと……」
ゼットの視線を追った少女が、階段から見下ろしているアルファの姿を見つけ、顔を綻ばせた。
それはアルファも同じであり、階段を降りて少女へと駆け寄った。
「お帰りなさいっ!」
「ただいまアルファちゃん。誕生日に間に合わなくってごめんね?」
「うぅん、いいよ。お手紙とハーブ、ありがとう!」
「あはは、喜んでもらえたのなら、嬉しいよ。十歳、おめでとう」
姉妹のように喜ぶアルファたちを、ゼットは暖かい眼差しで見守っていた。
「あ、そうだ。新しい家族ができたんだよ」
「へぇ? 新しいヒヨコでも飼ったの?」
「違うよ。……あ、降りてきた。おはよう、サァフお姉ちゃん!」
アルファの挨拶に、音もなく階段を降りていた影――サァフが苦笑した。
「気づいていやがったか」
「えへへ」
「……んで」
サァフが片眉を上げた。アルファに抱き着かれている少女を見て、口を不機嫌そうに結んでいる。
「一体、誰なんだ?」
「あ、はい」
少女はサァフの不機嫌な様子に少し引きながらも、ゆったりと一礼した。
「初めまして。コーシェと言います」
「コーシェ?」
はて、どこかで聞いた名前だな、と思い、そうだ、誕生日の時にアルファへ手紙を送ってきた奴だ、と気が付いた。
途端に毒気が抜かれ、サァフはバツが悪そうに視線を逸らし、後ろ頭を掻いた。
「あー、そうか、アンタがコーシェさんか。すまん」
「え? あ、いえ、よくわかりませんが、大丈夫ですよ?」
怒るどころか気を遣い、穏やかにほほ笑むコーシェが手を伸ばしたので、サァフは苦笑を浮かべて自らも手を差し出した。
「サァフだ。一昨日からここで世話になっているモンだ」
「貴女がアルファちゃんの新しい家族なんですね。よろしくお願いします」
握手を交わし、先ほどまでとは打って変わって仲良くする二人に、アルファは嬉しさで口角が上がりっぱなしだった。
その後、アルファとサァフが洗顔などを終えて戻り、四人で食卓を囲む。いただきますの唱和を行うと、ワンダー家とコーシェの近況報告を交えた朝食が始まった。
「最近はレセでいくつか薬草を採取していました。でも、戻ろうと思って引き返そうとしたら街道が封鎖されていて、それで帰りが遅くなったんです」
「ミスロお姉ちゃんたちが言ってた。なんでだろうね」
コーシェと一緒に首を傾げるアルファの隣で、サァフが明後日の方角へ視線を向けていた。ゼットは「そう言うこともあるんだろ」と素知らぬふりをしていた。
「俺たちの方は見ての通り、同居人が増えた。アンジュと一緒に受付と助手をしてくれている」
「と言っても、やることはほとんどないけどな」
「病院に来る人が少ないという事はいいことですよ」
「そりゃそうなんだが、何でこれで経営できているのやら……」
「あはは、それはワンダー診療所の七不思議のひとつですね」
サァフとコーシェの視線を受けるも、ゼットは黙ってパンを齧った。黙秘である。
「ところで、アンタ、ゼットに弟子入りしようとか言ってたよな? 医者を目指してんのか?」
「いえ、ボクは薬師でして、ゼットさんにはその知識や技術を教えてもらいたくて、弟子入りを頼んでいるんです」
「こいつの知識と技術ねぇ……」
サァフの知るゼットの情報は、やたらと手当てが上手い事と、達人クラスの動きができること。後、見もせず手で触れもせずに相手を金縛りにできる。以上。
こいつは、医者よりも諜報員として働いた方がいいのではないか。自分よりも余程、暗部に向いている、とサァフは半ば本気で考えた。
「手当ての手際はいいがよ、それ以外でこいつの教えが必要になるのか?」
「もちろんです! ゼットさんはボクが知らない薬草の種類や効能に調合法を知っているんです。他にも学ばせてもらいたいことがたくさんあります!」
「お、おう……」
身を乗り出さんばかりのコーシェの勢いに、サァフは軽く仰け反りそうになった。
しかし、その勢いも束の間、コーシェは肩を落としてしまう。
「ですが、全然弟子入りさせてもらえなくて……今日もまたダメでした」
「みたいだな」
サァフはコーシェの弟子入り願望にさほど興味はなかったが、落ち込み具合を見ていて、少しは気の毒に思った。
「パパ、そろそろ弟子入りさせてあげればいいのに」
アルファは慣れているようで、冷静にゼットへ提案しているが、どことなく諦観しているような節が見受けられる。
弟子入りの案件は、もう何度も行われているので、結果などわかりきっているのだ。
アルファの予想通り、ゼットはにべもなく手を横に振った。
「別に俺に弟子入りしなくても、コーシェの薬師としての腕は確かだ」
「そうなのか?」
「おう。ウチで処方している薬は、コーシェが調合や調整をしたものが多いんだ」
「へぇ……!」
自分と同年代か、少し上に見える少女の腕に、サァフは思わず目を見張った。
「いえ、まだまだ腕を上げないといけないんですっ」
しかし、顔を上げたコーシェはどこか嬉しそうにしながらも、その目はやる気に満ち溢れていた。
あぁ、眩しいな。サァフは少し羨ましく思った。かつてはあのような希望を抱いて、騎士を目指していたのだ。だからだろうか、その一途な様子が嫌いではなかった
「なぁゼット先生よ。よくわかんねぇけど、少しはこいつの話を聞いてやってもいいんじゃねぇか?」
「何だよお前まで……」
珍しくサァフが自ら進んで、それも見ず知らずの他人を助けようとするのが珍しかったのか、ゼットが片眉を上げた。
「別に弟子入りなんてしなくても、技術なんて勝手に見て盗めばいい。今までもそうやってきていただろ」
「見ていても、全然理解できないものが多すぎるんですよ! 例えば、脱臼や骨折の治療の時に、患者に苦痛を与えずに処置なんて、熟練の治療師でも中々できないことですよ!」
「お前、そんなことができるのか?」
コーシェからは尊敬を、サァフからは半信半疑の目を向けられ、ゼットは観念したように諸手をあげ、厳かに告げた。
「呼吸を整え、エネルギーを作り出し、水面を伝わる波のような癒しを汝に与えたん」
「なんだそりゃ……」
「瞑想を利用した治療法だとは思うんですが、自分を癒すならともかく、他人に影響を及ぼせるくらいの力があるかと言えば微妙なところ、と言うか多分ないです。それに、水面を伝わる波のような癒しというのが、いまいちよくわからなくて……」
「生命讃歌って奴だ。もし万が一にでもわかったってなら、一つだけ治療法を教えてやるよ」
「それができれば苦労しないですよぅ!」
大きく肩を落とすコーシェに、サァフは同情した。
やっぱりゼットは魔法使いじゃないのか、とさえ思った。
その時、それまで黙って聞いていたアルファが、うーんと天井を見上げ、
「多分、パパはそれっぽい事を言っているだけで、絶対に答えが出ないことを言ってる気がするよ?」
「は?」
「アルファちゃん、どういうこと?」
「よくわからないけれど、パパと同じ知識を持っている人でないと答えられないと思う。それに、パパが接骨の時に使っている技術って、そう言うのとは違う気がするし」
アルファが何気なくそう言うと、コーシェとサァフは半眼になってゼットを見つめた。
愛娘の思わぬ裏切り(?)と、綺麗どころ二人から物言いたげな視線を浴びせられ、ゼットは肩を竦めた。
「わかったわかった。弟子入りはダメだが、後で一つ、何か適当に教えてやるよ」
「本当ですね?! やったぁ!」
「適当にって、お前らそれでいいのか?」
「何を言っているんですか! ゼットさんは適当なんて言っていますが、ちゃぁんとした事を教えてくれるんですから!」
「いや、まぁお前がそれでいいんなら、別に私はどーでもいいけどさ」
諸手を挙げて喜ぶコーシェを見て、サァフは呆れて口元をひくつかせてしまった。
だが、本人が喜んでいるし、新しい知識が手に入るみたいなので、サァフとしてはそれでこの話は終わり。さっさと食事に戻ろうとしたところで、
「よかったね、コーシェお兄ちゃん!」
「うんっ!」
アルファとコーシェの姉妹のようなやりとりに、しかし、何か違和感を覚えてしまった。
「なぁアルファ、今、なんて言った?」
「え? よかったね、コーシェお兄ちゃんって」
聞き間違えではなかった。
もう一度コーシェを見て、眉を潜める。薬草を採取するために歩き回っているためだろう、華奢な見た目だが、筋肉はついている。胸は真っ平だったが、しかし、肩幅や上がり方、そして骨格など、どこをどう見ても、男性には見えなかった。
「……いや、女にしか、見えねぇんだけど?」
「ぐはぁ……ッ」
容赦のない言の刃に、コーシェはショックを受けた。
「えー、コーシェお兄ちゃんは男の人だよ?」
「本当か……すまん、わからなかった」
「い、いえ……お気になさらず……」
本人はとても気にしている様子だったが、それ以上突っ込むのは憚られ、サァフは今度こそ食事に戻った。
やっぱりこの診療所には、変わった奴らが集まってるなぁ、と思いながら。




