エピローグ①
夜遅くの診療所の居間で、ゼットとフィナが机を挟んで向かい合っていた。
蝋燭もないのに、部屋が薄明るい。
光源は、全身を淡く輝かせるフィナだった。
幻想的な空間には二人しかおらず、アルファはすでに二階でサァフと共に眠りについている。
「ご苦労様でした、ゼットさん」
「いえ……」
「ふふっ、機嫌を直してくださいよ」
「別に怒っていませんよ」
確かにゼットの雰囲気は普段通りだが、フィナに目を合わせようとしていない。
「ねぇ、ゼット」
肩を竦めたフィナが、口調を改めた。柔らかさはそのままに、親しんだ者へ接するように。
そこで初めてゼットが目をフィナへと向けた。
「フィナさん……俺は」
「違うでしょ」
ほら、呼んでと言われて、ゼットはため息をつきながら、姿勢を正した。
「ラトゥス様」
「よろしい」
口元をゆるめてほほ笑むフィナにつられるように、ゼットも苦笑を浮かべる。
「それで、ゼットは私の何が不満なの?」
「貴女ではなく、貴方がディザイダを戦わせるように誘導したことです。あのまま穏便に済ませる方法は、いくらでもあったのに」
「あらあら、そうしたらアルファがあの場で爆発したかもしれないわよ?」
「俺を信用してくださいよ」
「それはそれ、これはこれ。アルファだけではなく、アンジュやリリアンたちも心に傷を負うところだった」
「それは……いえ、あの後事情を説明するつもりではありましたが」
「言い訳無用。それに、あれはディザイダのためでもあったの」
「……と言いますと?」
「わかっているでしょ。あのままだと、ディザイダは孤立した人生を送るところだった」
「ミスロたちがいるでしょう」
「支えてくれる人がいても、わからないものはある。貴方の言葉でいう、『ざまぁ系』? だったかしら、そんな展開になる可能性もあった」
「つまり、民間人である俺が彼女を試合で負かすことで、今のうちにあの子の価値観を変えたかったと?」
「気に食わない?」
「俺はそんな柄じゃないんですよ。あの子を変えるなら、アルファにやらせればよかった。ディザイダは俺が見ても素晴らしい腕をしていた。剣を通せば、二人とも心を通じ合わせ、もっと別の解決道が……」
「できないのは分かっているでしょう?」
「……妹様、ですね」
そこで一度口を閉ざすと、二人は天井を見上げた。
「貴方が来て十年……そして、十年目にして、彼らはまた来てしまった」
フィナはどこか空虚さのある笑みを浮かべる。
「私や兄妹たちが討ち漏らした一体が、ミスロたちを襲った。ただでさえあの子にとって許せない事だったのに、それを倒されてしまった」
ゼットは何も語らない。
「もしかしたら、真っ先に変えなくちゃいけないのは、あの子かもしれないわね」
「恐ろしい事を仰られる」
「大丈夫、貴方への依頼は変わらない。だから、どうか――――」
その時、ゼットとフィナが同時に動きを止めた。
「……噂をすれば影……すみません、ゼット」
「わかりました。あちらは俺が対処します……ラトゥス様は、妹様の方へ」
「ご武運を」
フィナが言い終えるのと同時に、ゼットの姿が跡形もなく消えた。
小さく息を吐くと、フィナはまた天井を見上げ、
「では、いつも通りお願いしますね、ヴァンドラ」
つぶやいて消えた。
応接間は、薄暗さと静けさを取り戻した。まるで、最初から誰もいなかったように。




