chapter27 決闘騒ぎ!④
人は私を天才ともてはやすけれど、もっと上の存在を知っている。
ミスロさんは、初めてできた部下の一人で、私が父上以外でどうしても勝てなかった、最初の人。
一度負けて、二度負けて……何度やっても勝てない。
この人の上に立つ者として、私はふさわしいのだろうか。
本当なら、この方は……。
ミスロさんの隣に、新しい人影が現れる。
黒髪の、見たことのない顔立ちの男の人。
弱い、弱すぎる……こんな方が、ミスロさんを鍛えた? ふざけるな。
こんな口先だけの奴の下よりも、私たちが鍛えた方が、ご息女のためだ。
医者なら国中にたくさんいる。ご息女は医者になるよりも、その才能を伸ばして騎士になったほうがいい。
騎士になったミルシャさんとアルファさんが仲良く歩いている。
あぁ、アルファさんが私を呼んでいる……ミスロ様も……ライカさんや、ベルさんたちを呼んでいる……?
あれ、私は……私は……。
待って、待って、私を置いて行かないで!!
「誰も置いていかねぇよ」
声が聞こえてくる。
「だから、そんな夢を見てないで、早く起きろ」
声に導かれるように副隊長は目を開いた。
薄暗い天井が見えた。首を動かしてあたりの様子を伺うと、駐屯地の医務室のようだった。
「……私は?」
「起きたか」
夢の中で聞いたものと同じ声に顔を動かすと、白衣のポケットに手を突っ込んだゼットとミスロが見下ろしていた。
「……どうやら、私は負けたようですね」
「勝たなくちゃならなくなったからな」
上半身を起こすと、ゼットとミスロは近くの椅子を二つ引っ張ってきて座った。
「内出血まではしていない。痛みも、今日中に消えるだろうから、明日の業務に支障は出ないはずだ」
「わざわざ自分で診たんですか?」
「俺も医者でね。許可はとってある」
「……私など放っておいて、早く帰ればよかったではありませんか」
「そう言う訳にはいかないんだよなぁ」
低い女性の声音に入口を見れば、一人の女性騎士がドアに手をかけて覗き込んでいた。
彼女を見て、副隊長と立ち上がったミスロが敬礼する。
「隊長……私は……」
「事情はベルたちから聞いた。全く、また暴走しやがって」
部屋に入った隊長は肩を竦めた。
「ディザイダ・エウィ副隊長」
「…………はい」
「今日たまった仕事は、明日中に終わらせておくんだぞ」
「処分は……?」
「お前、仕事が滞るの嫌いだろう? それが罰だ。精々足掻いて終わらせろ」
目を丸くする副隊長を一瞥すると、隊長はゼットに目礼して医務室を出て行った。
「俺も少し席を外すから、ミスロ、後は頼む」
「あぁ」
ゼットも部屋を出ると、見送っていたミスロに副隊長は声をかけた。
「名前で呼ばれるんですね」
「えぇ」
「彼は平民で、貴方は貴族で、騎士なのに……」
「まぁ……色々ありまして……」
「十年前に、ですか?」
「はい」
「……彼は、一体何者なんですか?」
「何者、ですか……」
ミスロは窓から見える夜空をしばらく見ていたが、やがて苦笑を漏らしながら、
「ただの街医者だそうです」
「ただの街医者が私を倒せますか」
「似たような言葉を、先日も別の誰かから聞きました」
そう言うミスロの表情は、どこか柔らかい。騎士団で仕事をしている時には、あまり見られないものだ。
だから、彼女にそんな表情をさせるゼットという人間に、少し興味が湧いてきた。
「十年前、何があったのですか?」
「……そうですね、少し長い話になりますが……よろしいでしょうか?」
「今日はもう仕事をするなと言われましたから、問題ありません」
「では……僭越ながら……」
星と月明かりに照らされる医務室で、ミスロの昔語りが始まった。
次回、エピローグです。




