chapter23
副隊長がため息をついた。それだけで、ベル、ミルシャ、他騎士見習いの子どもたちが顔を青ざめさせた。
アンジュも難しそうな表情になり、ゼットと副隊長を交互に見ている。
緊迫した空気の中で、普段通りだったのは、ゼットとアルファの父娘だった。
ゼットは飄々とした様子で、アルファは静かに副隊長の様子を観察していた。
「アルファちゃん……」
いつもはのんびりとした雰囲気のリリアンが緊張感を漂わせ、アルファの服の裾を掴む。
アルファは自分の手をその上に置いた。
「ワンダー先生、貴方は民からの評判もいいと聞いています。優れたお医者様であるのでしょう」
「ありがとうございます」
「ですが」
あまり感情を乗せていなかった副隊長の目に、怒気が乗った。
「王国の未来を担う騎士見習いたちに、貴方が剣術を教えることは許されません。見たところ、貴方は剣をあまり握った事がないように見受けられます。そのような方が、騎士の誇りを軽々と教えてはならない」
その言葉を直接向けられた訳でもないが、至近距離で聞いていたミルシャは打たれたように首を竦め、涙を浮かべた。マルタもミルシャの様子に気づいてはいるが、彼女自身も副隊長の威圧感に身動きが取れないでいるようだった。
それを見たアルファが思わず一歩踏み出す前に、ゼットが後ろ頭に手を当てて、腰を折った。
「申し訳ありませんでした。今日以降、私は剣を教えません。ですから、騎士見習いの方々や、ユーフィッド様方の事は、どうかご容赦を」
「それは、貴方や私が決めることではありません」
副隊長は下げられたゼットの頭を冷めた目で見下ろす。
「どれだけ優れた医者であろうと、貴方は民間人です。民間人が騎士の世界を荒してはいけない」
「はい」
「ゼットさん!」
「アンジュ、よしなさい」
落ち着いた声音で、普段は絶対に使わない言葉使いをするゼットに、アンジュは下唇を噛んだ。副隊長の言いたいことは分かるが、ゼットやアルファ、そして自分が強くなれた剣をバカにされることは悔しかった。
ミルシャとマルタは、短い時間内ではあったが、ゼット・ワンダーという人物を好意的に評価していた。彼の教える剣は実戦用で、華やかさのようなものはなかったが、どこまでも隙がなかった。型も、自分たちが鍛錬しているものと違う部分があり、そこで新しい発見がいくつもあった。
アルファが振るうシナイの本が、ここにあることを感じさせた。
他の騎士見習いたちも、副隊長の厳しい言葉に、それぞれ思うところがあった。
そして、それを聞いて、一番素直に怒りを現せたのは、アルファだった。
「パパは、騎士様たちの世界を汚していないもん!」
「アルファ!」
ゼットが鋭く止めの言葉を発するが、アルファは止まらない。
「ミスロお姉ちゃんもライカお姉ちゃんも、他の皆も、私も、パパの鍛錬で強くなったもん! 別に騎士様たちの剣術を蔑ろにしていた訳じゃない、それとは別の戦い方もあるよって、教えてくれただけなんだから!!」
「アルファちゃん、落ち着いてっ」
リリアンや近くにいた騎士見習いが興奮するアルファの腕を引っ張って抑える。
すると、ゼットよりも先に副隊長が動きを見せた。
「アルファ? 貴女が、アルファ・ワンダーですか?」
「そうですっ!」
「副隊長……」
「ワンダー先生には聞いておりません」
珍しく、少しばかり焦りを見せたゼットの言葉を副隊長は一蹴した。
副隊長はアルファの手前に立ち、目尻に涙を浮かべながら毅然と自分を見上げる彼女を見下ろした。
「噂には聞いています。スクーテ様を相手に無敗だとか」
「今のところは、です」
「結構。貴女が使う剣術は、お父上から教わったものと聞いております」
「そうですっ」
「なるほど……」
副隊長は頷くと、僅かに振り返り、見守っていたゼットを一瞥した。
「アルファさん、貴女の腕前は素晴らしいものです。我が騎士団が見習いに引き抜きたがるのもわかります」
「副隊長?」
何やら怪しくなった話の流れに、ベルが思わずつぶやいたが、副隊長は無視して続ける。
「スクーテ様やオージュ様、それにこの場にいる騎士見習いの方々は、将来優れた騎士となるでしょう。それは間違いない。そして……」
アルファを見下ろし、副隊長は微笑を浮かべた。
「アルファさん、貴女もそこに加われば、我が国の未来は更に明るくなることでしょう」
最初からそれが狙いだったか。
ベルは頭痛を覚え、思わず額を押さえた。
この後の流れが手に取るようにわかり、副隊長を本格的に止めようと思った。
だが、ベルの決意を知らないアルファは、何のためらいもなく首を振った。
「私は騎士にはなりません。私はパパの後を継いで、医者になります」
「ですが、あまり患者は来ないのでしょう? 何か副業をされているかは知りませんが、このままではいずれ経営できなくなるでしょう。医者になりたいなら、騎士団で医療班に入りなさい。そうすれば、この診療所にも多くの仕送りができます」
「騎士の医療班に入ったら、街の皆を、誰かが助けてって言っている時に、自由に動けない。私は、助けを求めている人をその時に助けられる、そんな医者になりたいんです」
今まで何度もスカウトを断ってきたアルファの決意が乗った言葉に、副隊長は目を細める。とても、好意的とは言えなかった。
「どうしても、入りたくないんですか? 騎士になりたい者は多く、見習いにすらなれない者は更に多い。そんな方々がいるというのに、才能ある貴女は診療所を継ぎたいと、我々の誘いを断るのですね?」
「はい」
何と言われようとぶれないアルファの瞳は、屈強な騎士である副隊長の強い眼力を真正面から受け止めていた。
しばらく二人は見詰め合っていたが、やがて、副隊長はため息をついた。
「アルファさん、貴女がお父上から教わった剣術で騎士団に入れば、この診療所で引き続き皆が鍛錬できるようになっていたのですが……残念です」
「っ、それは……」
アルファの瞳が若干揺らいだ。
副隊長の言わんとしていることがわかったのだ。
ベルも上司の考えを理解し、呆れかえっていた。
副隊長(この子)、ここにいる全員を人質にしたわよ……。
副隊長はたまにこういうところがあるのだ。
普段であれば、こういった場合はさっさと裏を取って違法なら潰し、そうでなければ放っておく。
話しを聞いてすぐさま自ら乗り込み、ここまでぐいぐい詰め寄っていく辺り、彼女の本気さを感じた。
こんな事なら、無理やりにでも訪問は明日するように誘導し、ミスロたちへ相談すればよかったと強く後悔していた。
こうなった彼女を止められるのは、身近な者だとミスロくらいしかいないのだ。
「さて、どうしますか。貴女が入れば、お父上も、騎士団も、国も、皆が幸せになれるのですよ?」
「わ、たしは……っ」
「アルファちゃん、ダメよっ」
「でも、皆が……」
アルファの表情が焦りと怯えに変わる。自分が入ればそれで皆が助かるが、それでは診療所は引き継げない。
ママのように、救えるかもしれなかった人たちを、救えない!!
普段は使わない領域まで思考を広げて……むっ、不味いぞ、このままでは――――。
「副隊長」
「パパ……?」
アルファが見上げると、ゼットは穏やかな表情を浮かべていた。
そこに焦りや怒りと言った感情はなく、普段の飄々とした様子に戻っていた。
「全ては私がしたことです。ですから――――」
「あのぅ、お取込み中失礼します」
ゼットの言葉を遮るタイミングで割り込んできた声に、全員の視線がそちらへ向けられた。
ベルの後ろにいつの間にか、妙齢の女性が立っていた。
斜陽が後光のように射し、幻想的な彼女の容姿を際立たせている。
唐突な彼女の登場に、しかしその場にいる者は誰もかれもが見惚れ、言葉を失っていた。
アルファとゼットだけが、またしても例外であった。
「ゼットさんはいらっしゃるかしら?」
「あぁ、フィナさん、いらっしゃい」
「フィナお姉ちゃん……」
フィナが診療所へ足を踏み入れる。明りをまだつけていないはずの部屋が、少し明るくなったような錯覚を誰もが覚えた。
次回、chapter24 決闘騒ぎ!




