chapter20
「はぁ、アルファったら……」
何やら寂しげにつぶやくアンジュへ、一足先に戻ってきたサァフは片手を振って見せた。
「よぉ、結構面白いものが見れたぜ?」
「どうせアルファが勝ったんでしょ」
「そうだ。アイツ、何だよあの動きは。十歳とは思えない強さじゃねぇか」
数日前まで塞ぎ込んでいた少女と同一人物とは思えない、その興奮した楽しげな様子に、アンジュも思わず苦笑いをこぼした。
「アルファはミスロ様やライカ様ともよく練習しているから、滅茶苦茶強いわよ」
「騎士から訓練をつけてもらってるのか……そりゃ強いわけだ」
「そうそう。まぁ、その前からゼットさんが練習してるから、余計事かもね」
「ゼットが?」
アンジュの言葉を受けて、ゼットと戦った時の事が頭に浮かんだ。
「なぁ、朝、聞きそびれたことがあったんだが」
「何?」
「……ゼットって、魔法使いか何かか?」
恐る恐るだが、真剣に尋ねたサァフ。しかしアンジュは目を瞬かせた後、噴き出して机に突っ伏してしまった。
「確かにゼットさんは魔法使いみたいに患者さんを治しちゃうけれど、魔法使いなんている訳ないじゃない」
「それは、例えば、急に体が動かなくなったりとか……」
「抑える場所によっては相手の動きを止めることができるけれど、手も触れずに金縛りに合わせるような魔法なんて使えたら、今頃王都に連れられて行ってるって。アンタ、変な夢でも見たんじゃないの?」
ひとしきりアンジュに笑われ、サァフは居心地悪そうに口をとがらせた。
「アイツ、何者だよ……」
「元々旅をしていたから、強くならざるを得なかったんだって」
「そうか? でも今はもうどこにも山賊はいねぇし……狼や熊を相手にしてたのか」
「馬鹿みたいなこと言わないの。まったく……はぁ」
「何だよ?」
「うぅん……別に。ちょっと考え事をしてただけよ」
「ふぅん? まぁ、いいけどよ」
サァフは興味なさそうに相槌を打った。
「それにしたって、アルファの奴は将来いい騎士になるな」
「アルファは騎士にならないわよ」
「あん? あれだけの腕があれば、この国の騎士団の方からスカウトしに来るぞ」
「確かに何度かあったけれど、全部断ってきたわよ。アルファは、この診療所を継ぎたいんだって」
「おいおい勿体ないな……訓練や任務は厳しいが、今のご時世、騎士になれば安泰してくらしていけるってのに」
「そうかもね。でも、あの子の意志はずっと変わってないわ。ミスロ様たちもそれに賛同してくれてるし、ゼットさんもアルファの意志を尊重するって言ってるし」
「騎士様たちまでもがねぇ」
自分の時は、両親共々喜んで送り出してくれた。普段のいい加減さが嘘のように威厳ある態度になった父から激励の言葉をもらい、母親から優しい言葉をかけてもらった光景がよみがえる。
サァフはそこで、アルファたちがまだ帰ってきていないことを確認してから、アンジュへ尋ねようとした。
「なぁ、アルファの母親ってさ……」
「十年も前に亡くなってるわよ。アルファを生んだ時にね」
言葉の途中で、アンジュが少し声を落として答えた。
「アイツらに聞かなくて正解だったな。ってことは、アルファは、自分みたいな奴が出ないようにここを継ぐってことか」
「そういうこと」
「まぁ、それがアイツの意志なら仕方ねぇか……」
自分は騎士の道を閉ざされたため、事情が事情でも、才能を持ちチャンスを掴めるアルファに、サァフは何とも言えない気分になった。
不満そうな様子が表情に出ていたため、それを見たアンジュが声の大きさはそのままに話を続けた。
「言いたいことはあるでしょうけれど、アルファなりに考えてやっていることよ。そうね、さっき来たミルシャ様って子は、スクーテ家のご息女よ」
「はぁ? スクーテって、ラトゥス七大騎士の一人の?」
「そうよ、それから隣にいたマルタ様も、騎士見習いできていた男の子が一人いたでしょ、あの子たちもそれぞれ七大騎士の家系よ」
「……なんでそんな奴らの子どもが診療所にわざわざ足を運んでるんだよ……」
「だから言ってるじゃない。ゼットさんが訓練をつけてくれるって。時々ミスロ様とライカ様が来て、稽古をつけてくださるときもあるのよ。私もたまに受けさせてもらうし」
「ここ、診療所じゃなくて道場だったのか?」
開いた口がふさがらないサァフに、アンジュは小さく笑って見せた。
「だからね、皆が騎士になって守ってくれるから、アルファは皆を助けるお医者様になるんだって」
「……そうか」
それだけ言うと、サァフは肩を落とし、首を振った。
「ねぇ、サァフは騎士を目指してたんでしょ?」
「おい、それ誰から聞いたんだ?」
「怖い顔しないでよ。手に剣ダコがあるし、何となく、雰囲気がミスロ様たちに似てるからそう思っただけよ。で、アンタさえよければ、稽古してみない?」
肝が据わっているのか、睨みを軽く流したアンジュの掌が視界に入ってきた。
「あぁ、これ? いいでしょ。私、学生時代は一番強かったし、今でも素振りはしているんだから」
剣ダコを見せて快活に笑うアンジュに、サァフは毒気を抜けていくように、肩の力が解れていくのがわかった。
「……私も、学校に行ってた頃は男女関係なく一番強かったぜ?」
「へぇ、いいわね。じゃあ、明日にでも手合せしてもらおうかしら」
二人はどちらからともなく手を取り、勝気な笑顔を浮かべ合った。
「んで、さっきは何しょぼくれた顔してたんだよ」
「いいでしょ、別に」
「なんだ? アルファが取られたーとでも思ったか?」
「そんなんじゃないわよ……」
「ムキになるなよ、認めてるようなもんだぜ? んで、アルファの奴だが、アンタのことも楽しそうに話してくれたんだよ。頼りになる、優しいお姉ちゃんだってさ」
アンジュは少しだけ目を見開くと、顔を俯けてしまった。
「そう……」
「あぁ」
それから、しばらく書類整理の作業をしていると、サァフが何気なくつぶやいた。
「ところで、患者、来ねぇな」
「いいじゃない、平和で」
「そりゃそうだが、いいのか?」
「いいのよ、少なくともウチはね」
「そうか」
その日は、もう患者が来ることはなかった。
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