chapter19
放課後、準備があると一度帰宅したミルシャは、母親にワンダー診療所へ行く旨を伝えた。
気の強そうなミルシャとは正反対の柔らかな雰囲気を纏うスクーテ夫人は、娘の顔を見て微笑し、出かけることを許した。
ミルシャは着替え終えると、取り巻きの少女マルタを連れて意気揚揚と家を飛び出した。
それから、少しだけ遠回りをして用事を済ませると、ワンダー診療所のある通りまでやってきた。
「さて、確かこの辺りだったはずですが……」
「お嬢様、あちらです」
マルタが目を向ける先に、二階建ての木造家屋が立っていた。近づくと、ドアに『ワンダー診療所、診察中』と札がかけてあった。
「いい建物ですわね」
「リリアンさんのお父様が建てられたそうです」
「流石はガラン様、いいお仕事をされていますわ」
褒め言葉もそこそこにドアへと近づくと、ミルシャが自らの手で開いた。
「ごめんくださいまし」
そして、目の前で見慣れぬ少女へ抱き着いているアルファの姿を見て、固まった。
「あ、こらアルファ、ちょっと離れなって。お客様だ」
「ミルシャ、マルタ、いらっしゃい」
幸せそうな顔のアルファが抱き着く少女の、頭のスカーフとエプロン姿から、話に聞いたサァフなる新従業員であると理解したミルシャの行動は迅速だった。
マルタが抱えていた二つの荷物のうち、シナイを取ってアルファにその切っ先を向けた。
「決闘ですわ、アルファさん!!!」
「……え?」
「お客様、落ち着いてください」
「お嬢様、落ち着いてください」
接客用笑顔のサァフと、最初から冷静なマルタに諌められ、ミルシャは深呼吸をして高ぶった感情を一度抑え、アルファを睨みつけた。
「決闘ですわ、アルファさん!」
その後、騒ぎを聞きつけたゼットとアンジュがやってきて、全員裏庭へ移動することになった。
そこでは、簡易防具をつけたリリアンと、騎士見習いのクラスメイト数名が待っていた。
「あら、ミルシャちゃん……何だか、怒ってる?」
「怒っていませんわ……」
マルタから防具を受け取り、手早く身に着けたミルシャと、同じく装備を纏ったアルファが裏庭の真ん中で対峙する。
アンジュは診療所内へ戻り、ゼットが監督役としてその場に残ることになった。サァフは副審なる役割を与えられ、ゼットの反対側に立って二人を見守ることになった。
「決闘っていうのはこういうものじゃないんだがなぁ……」
ぼやきながらも、ゼットは二人に諸注意を行い、構えさせる。
「始め!」
ゼットの掛け声の直後、アルファがミルシャへ猛進した。
「!」
ミルシャからは、数歩の距離を一瞬で詰められ、唐突にアルファが目の前に現れたように見えた。
ミルシャの腹部に衝撃が走り、打撃音が裏庭に響き渡った。
「アルファの勝ちだ」
あまりにも呆気ない結果に、最初放心していたミルシャだったが、やがて我に返ると、膝から崩れ落ちた。
「また、負けましたわ……」
「ミルシャ、大丈夫?」
アルファが心配そうに覗きこんできたので、ミルシャは防具越しに睨みつけた。
「どうしていつもアナタは……」
「やっぱりミルシャってば怒ってる……どうして決闘なんて挑んできたの?」
「それは……」
言いにくそうに目を伏せてしまうミルシャにアルファが困っていると、マルタが近づいてきて、抱えていたものを見せた。
「お疲れ様です、アルファさん。こちらを受け取っていただけますか?」
「え?」
「こちら、お嬢様から、アルファさんへのプレゼントです」
「マルタ、貴女!」
顔を上げたミルシャが見たのは、頬を赤く染めて驚き喜ぶアルファの表情だった。
それを目にしただけで、少し荒れていた心が静まり、安らいでいく気がした。
「ミルシャ、プレゼントって」
「……誕生日が、昨日だとは知りませんでしたから……その」
「嬉しい!」
アルファに手を取られ、ミルシャが今度は頬を赤く染めた。
それを見られないように、そっと顔を逸らす。
「ふ、ふんっ、貴女がこの前食べたがっていたスイーツです。庶民は中々食べられないものですから、感謝するといいですわ!」
「うん、ありがとうミルシャ!」
わざわざキツい言葉で照れ隠しをするミルシャだったが、アルファの笑顔に口元が緩んでいた。
「ところで、何で怒ってたの?」
「別に怒っていませんでしたわよ」
「アルファさんが新しいご家族と戯れている姿が」
「マルタ、少しお黙りなさい」
その様子を、ゼットたちは温かい眼差しで見守っていた。
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