chapter18
学校に着くと、アルファは早速リリアンにサァフの様子を言って聞かせていた。
その様子は、傍から見ればいつもの二人の談話そのものだが、一人だけ違う反応を見せる者がいた。
ミルシャである。
彼女は取り巻きの少女を引き連れて二人へ近づき、挨拶もそこそこに、表面上はいつものお嬢様然とした様子で話しかけた。
「ところでアルファさん、サァフさんとは誰の事ですの?」
「家で新しく働くことになった人だよ」
「そう……」
ワンダー診療所の特色を知るミルシャは、新しい従業員を雇う理由がわからずにいた。あそこは訪れる患者の数が極端に少なく、ゼットと助手アンジュがいればほぼ事足りるのだ。
まさか、アンジュさんが何かしらの理由で辞めるから、そのために……?
いや、そんな情報は入ってきていない、と浮かんできた思考を否定する。
楽しそうなアルファの様子に、ミルシャは釈然としないものを覚えていると、取り巻きの少女が耳打ちをしてきた。
ミスロとライカが倒れている旅人を助け、ワンダー診療所で身柄を保護しており、その人物がそうではないか、と言うことだった。
素直に考えれば、旅人が助けてもらった恩義を感じて、ワンダー診療所で働くことにした、と言うことだろう。
「そうですの」
「うん!」
納得のいったミルシャは、安堵に肩を下がらせながら、表だっては余裕のある笑顔を浮かべた。
リリアンと取り巻きの少女は二人を静かに見守っていたが、次のアルファの言葉によって、平穏な空間が音を立てて崩れ落ちていく様子を幻視した。
「えへへ、新しいお姉ちゃんなんだ。最高の誕生日プレゼントだよ!」
「……今、何と?」
笑顔のまま、ミルシャが尋ね返す。その声はどこか空虚さがあり、周囲にいた他の生徒たちが揃って一歩遠ざかった。
もちろん、そんなことなど気づかないアルファは、喜色満面の笑顔で答えた。
「え、新しいお姉ちゃんなんだよ、サァフお姉ちゃん」
「その次です」
「最高の誕生日プレゼントだよ?」
「そう、それですわ……アルファさん、貴女の誕生日は、いつですの?」
「昨日だよ。私、十歳になったんだ!」
胸を張るアルファとは対照的に、ミルシャの顔から表情が抜け落ちていく。
周囲の空気が重たくなっていく中、リリアンと取り巻きの少女は頬に手を当ててため息をついた。
「アルファさん」
「ん?」
「今日の剣術の授業で貴方を絶対に打ち負かしますわ!!」
「ぇ。ミルシャ、どうして怒ってるの?」
「怒ってなどいませんわ。十歳になった貴女の記念すべき初戦を敗北に塗り替えてさしあげるだけでしてよ」
「む、私も負けないよ!」
いつも通りの対応のアルファへ苛立った視線を向け、ミルシャはさっさと自分の席へと戻って行った。
「よぉし、十歳最初の試合、ミルシャに勝っちゃうんだから!」
「そうね、アルファちゃん、頑張ってね」
それから授業開始までの間、ミルシャの近くに座る生徒たちが予鈴まで遠ざかり、入ってきた女性教師が小さく目を丸くして一瞬固まると言ったことがあった。
そして、剣術の授業になり――――
「メェェェンッ!!」
防具に包まれたミルシャの額にシナイが叩き込まれ、独特の打撃音が校庭に響き渡った。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました……ま、た、負けましたわ……」
さっさと次の試合へ向かうアルファの背中を恨めし気に見やったミルシャは、やってきた騎士見習いの男子生徒を一撃で打ち負かし、同じく次の対戦相手を探すアルファへと足早に近づいて行った。
「アルファさん、もう一回やりますわよ!」
「でも、次はリリアンかカリンと……」
「や、り、ま、す、わ、よ」
「うん」
詰め寄られておずおずと頷き返したアルファ。
数秒後、手元を打たれてシナイを落とすミルシャだったが、今度は立ち直りが早かった。
「もう一回ですわ!」
「クトラやトーマ君がこっちを見てるんだけど……」
「クトラさん、トーマさん、今ならうちのマルタやリリアンさんが相手をしてくれますからそちらへどうぞ行ってみてはいかがかしら?」
アルファとの試合に固執するミルシャへ、担当教員が肩を落として近づこうとするのを、アルファが目線で止まってもらえるように伝えた。
「さぁ、やりますわよ!」
気合十分のミルシャだったが、結局、授業が終わるまでアルファに勝つことはできなかった。
「どうして、勝てませんの……?」
「どうしてって言われても……」
哀愁漂うミルシャの姿を見て、答えに困るアルファの脳裏に閃くものがあった。
「ねぇミルシャ」
「何ですの……?」
「学校が終わったら、家に来る?」
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