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機巧のギルフェンセィア 天使の子守歌  作者: 胡桃リリス
第二章 決闘騒ぎ!
22/91

chapter17

お待たせいたしました。

 ワンダー家の朝はゼットの料理から始まる。

 フライパンにオリーブ油を入れて野菜を熱した『野菜炒め』と、味噌と呼ばれる発酵食品を使ったスープ、そしてゼット手製のパンだ。日によって野菜炒めに鶏卵が入っているが、丁度今日はそうだった。

 アルファも、その隣に座るサァフも、その甘く柔らかな香りに目を輝かせている。


「「いただきます」」

「い、ただきます?」


 アルファ、ゼットが手を合わせると、サァフが遅れて真似をする。


「なぁ、今のは何だ?」

「食べ物と作った人への感謝の言葉だよ」

「ふぅん?」


 アルファの答えに、サァフは目を少しだけ丸くした。

 国や地域によって差異はあるが、基本的に食事前の挨拶と言えば神々に対して行うもので、食材や料理人へ感謝する事は大変珍しい。

 その稀有な事を、この家では毎日ずっと行っている。


 稀有と言えば、この家には他では見られない風習や物品が多く見受けられる。

 出されている料理もそうだが、二人が使っている一対の棒『箸』や不思議な味わいと香りのする緑色の茶、柔らかな口当たりのパンなど、サァフが驚くものばかりだった。


「指がひきつりそうだ……!」

「お姉ちゃん、こうやってやるんだよー」


 アルファがサァフに箸の持ち方を指導していると、鐘の音が聞こえてきた。


「もう行かなくっちゃ! パパ、お姉ちゃん、行ってきます!」

「おう、気を付けてな」

「行って来い行って来い」


 アルファが玄関を開けると、リリアンが立っていた。


「おはようアルファちゃん」

「うん!」


 リリアンが家を覗き込む形でゼットとサァフに会釈すると、アルファは彼女の手を取って歩き出した。




               ααααα




 アルファが学校へ出かけると、ゼットが食器を洗い始めると、サァフも席を立った。


「手伝うぜ」

「んじゃ、拭いていってくれ」


 隣に並んでサァフが手伝っていると、鈴の音と共に元気な声が飛び込んできた。


「ゼットさん、おはようございまーす!」


 声の主であるアンジュがパタパタと台所へ顔を出してきた。


「あれ、サァフ……さん?」

「サァフでいい。って言うか、アンタ、朝っぱらから元気だな」

「元気が一番だからね。それより……」

「あん?」


 アンジュの視線が二人の間を行き来し、むすっと目を伏せた。


「むぅ、ゼットさんと一緒に食器洗いなんて……羨ましい」

「はぁ?」


 首を傾げて呆れ顔をしながらサァフはしっかりと仕事をこなし、ゼットから手渡された最後の皿を拭きあげた。


「住み込みで世話になるんだ、これくらいはして当然だろう」

「気を遣わなくていいと言ったんだがな? まぁ、その気持ちは受け取っておくさ」


 指定された棚に食器を片づけた後、事務所代わりの部屋に移動し、サァフは指定されたスカーフとエプロンを羽織ると、ふとアンジュへ尋ねてみた。


「なぁ、えぇと、アンジュさん、だっけか」

「私の方もアンジュでいいわよ」

「ん、アンジュ。いくつか質問してもいいかい?」

「私に答えられることならいいわよ」

「じゃあ……えと、ここって病院なんだよ、な?」

「正確には診療所よ。それがどうしたの?」

「いや、なんつーか……その、ここは明るいなって思ってな」


 その言葉に初めは首を傾げていたアンジュだったが、すぐにサァフの疑問に気が付いた。


「確かに、私が知っている昔の病院や診療所って、暗かったり、怖かったりしたわね」

「だろ? なのにここは明るいんだ。なんていうか、安心してしまいそうな、そんな雰囲気があるんだ」

「それはほら、あそこ」


 アンジュが指差した壁には、花瓶に収められた花の絵がかけられていた。オレンジ色の、太陽を思わせるような花は、見ているだけで元気が湧いてくるような感動があった。

 見たことのない画風だが、きっと名の知れた画家が描いたのだろう、とサァフは感想を抱いた。


「ヒマワリっていう花よ。実物は見たことがないけれど、夏を象徴する花なんだって。他にも色々な絵が飾ってあるわ。見ているだけで、落ち着くでしょ?」


 言われてみれば、壁や机の上にさり気なく飾られている植物や風景の絵に、サァフは納得したように頷いた。


「そうか、ただ飾ってあるだけじゃないんだな」

「他にも、日の光が入りやすいようにしているし、ここに本だって置いてある。新聞もあるのよ」

「……待っている間は、退屈しなさそうだな」


 診療所の雰囲気について理解したサァフは、じゃあさ、と続ける。


「私が入院している間、来客用の鈴は数えるほどしか鳴らなかったし、それもほとんど午前中だけで、午後から来るやつなんていなかった。患者との会話もあったみたいだったが、全員不安がったり、怖がっているところなんてなかったし、ゼットの事を信頼していることが声だけでわかった」

「へぇ、アンタ、よくそんなことに気が付いたわね」


 目を丸くし、アンジュは感心したように頷き、嬉しそうに微笑んだ。


「そう、この診療所に来る人は、皆ゼットさんに診てもらえれば絶対に大丈夫って信じているし、実際に助けられているんだよね」

「それは、アンタもか?」

「えぇ、そうよ」


 アンジュは答えながら、髪を後ろで一括りにしてスカーフを被る。


「ワンダー診療所はね、この街の人たちにとっての希望なのよ」


 振り返ったその表情は、誇りに満ちていた。


「……希望」


 サァフの脳裏にアルファの言葉がよみがえる。


「世界一のお医者様、か」

「え?」

「アルファが言っていたんだよ。アイツが治療しているところは見てないが、アンタの言葉を聞いていると、そうなのかもしれねぇなって」


 サァフが後ろ頭を掻きながら言うと、アンジュは胸を張って笑った。


「そうよ! ゼットさんは世界一のお医者様なんだから!」


 流石に、褒め過ぎだろう、とサァフは思ったが、口には出さなかった。代わりに、そうかと相槌を打っておいた。


「さて、と。じゃあ、仕事、始めるわよ!」

「おう」


 アンジュが表の掛け看板をひっくり返している頃、診察室ではゼットが気まずそうに口元を引くつかせていた。


 どうしたんだ、世界一のお医者様?


「やめてくれ……」


 顔を赤くして照れている様子は、どこにでもいる、普通の青年そのものだった。


お読みいただき、ありがとうございます。

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